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レヴァールの華  作者: 紫音
婚約期間編

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33/52

主君と幼馴染

 その日の夜。夕食後に、フィオナは瑠衣と共に神琉の部屋を訪れていた。

 執務机で仕事中の神琉は、フィオナたちを見て眉を寄せる。その整った顔には、色濃く疲れが出ていた。側で手伝いをしていた燕は、肩を竦めて首を横に振っている。


「何の用だ、瑠衣? わざわざフィオナまで連れてきて」

「昨日もお伝えしたはずですよ、若君。今日こそは休んでいただきます」

「休んではいる」

「燕、本当ですか?」


 神琉の言葉の裏を取るためか、瑠衣は燕へと視線だけを移動させた。燕は視線を泳がせながら、頬を掻いている。神琉と瑠衣の双方から圧力がかかっているのだから仕方ないのかもしれない。


「まぁ、二時間くらいじゃないか」

「どこで?」

「そりゃ、そこのソファーしかないだろ? 寝室には姫さんが寝てるし」


 燕が指したのは、寛げる大きめのソファーだ。この部屋の中で横になれる場所は、そこしかない。


「燕、お前は戻っている時間のはずだが?」

「見てなくても分かるって。進みが早いし、ここにきたら既に仕事してるしな。間違ってないだろ、若様」

「……」


 図星を指されたからなのか神琉は黙った。次いで、大きく息を吐く。


「手遅れになる前に確認の必要があるからやっているだけだ。一段落すれば、休む」

「その間、フィオナ様はお一人で休まれていることになります。若君、婚約式からの一週間は花嫁にとって大切な時間です。極度の緊張から解放され、ようやく得た安息の日々なのですよ。その時に側にいなくてどうするのですか?」


 フィオナに限らず、魔族にとっての婚約式は特別な儀式に違いない。死の恐怖というまでではなくとも、受け入れなくては一緒には慣れないのだから、誰であったも緊張するものだと。だからこそ、婚約式から一週間は二人で過ごす時間を多くとるのが普通なのだと瑠衣は言う。フィオナにはわからないが、神琉も二の句を告げない状態であり、燕も何も言わないので瑠衣の言が正しいのだろう。


「燕、本日中のものは終わっていますか?」

「ん? あぁ、明日の分も神琉なら直ぐに終わらせるだろうから、明日は1日休みでも支障はないと思うぜ?」

「燕、何を勝手にっ!」


 バンっと机に手を付いて神琉は立ち上がった。燕はそんな神琉の腕を取る。


「まぁまぁ、神琉……瑠衣はかなりご立腹だ。姫さんを気に入ってるからな。ここは大人しく従っておいた方がいいだろ?」

「自分の身に降りかかる前に逃げるって言うことか?」

「瑠衣を怒らせると面倒なのは、神琉も知ってるだろ? 後で説教されるのは、確実だ。なら、姫さんのところに逃げた方がいいんじゃないのか?」


 こそこそと耳打ちをするように話す神琉と燕の言葉は、フィオナには聞こえていない。しかし、瑠衣は聞こえているのか笑みを崩していなかった。笑っているのに、圧力が増したようでフィオナは思わず一歩後ろに下がる。


「ご相談は終わりました?」

「瑠衣、その笑みは止めろ」

「あら? 女性に対して随分な言い様でございますね、若君。まさか、フィオナ様にまでそのような態度ではございませんよね?」

「当たり前だ……ったく……燕、後は任せる」

「はいよ」


 どうやら今日は仕事をするのを諦めたようだ。三人のやり取りに全く付いていけてないフィオナだったが、呆然としている間に近くに神琉が歩み寄ってきていた。


「行くぞ、フィオナ」

「え、あ、はいっ」


 フィオナの腕を取ると、そのまま寝室へと入っていく。部屋の中に入って扉を閉めると、室内には二人だけとなる。引っ張られたままのフィオナは、ベッドに座らせられた。隣に神琉も座る。


「はぁ……」

「あの、神琉様……?」


 やはり疲れているのだろうかと、フィオナはそっと顔色を伺った。すると、神琉はくしゃりと前髪を無造作に掻き上げる。


「悪かった……」

「えっ?」

「瑠衣の言うとおりだ。君の側にいられるのは俺しかいないということは理解していた。わかっているが、仕事を優先した。済まなかった……」

「神琉様……」


 日中はアンリや佳南らが側にいるが、夜は一人だ。寝室に入れるのは、神琉のみ。夜というのは、孤独をより感じる時間でもある。だから、瑠衣はあれほどに怒っていたのだという。


「ごめんなさい。私が、その言わなければ……お仕事の邪魔をしてしまって」

「君が言わなくても、瑠衣のことだ。近いうちに乗り込んできただろう……瑠衣は、フィオナを気に入ってる。それこそ、最初からな」

「えっ……?」


 最初、という言葉にフィオナは少しだけビクリと震えた。嘘を付いていた事実がどうしてもフィオナ自身から抜けきらないのだ。どこか、後ろめたい気持ちが残っている。そんなフィオナの様子に気がついているのかいないのか、神琉は話を続けた。


「悪いとは思うが、瑠衣は君自身を探るために側に置いていた。定期的に報告も受けていた」

「そう、ですか……そうですよね」

「人間を信用することは、魔族にとって容易ではない。君がどういう人間なのかを調べる必要があった……尤も、君はあまり相手を騙すことに慣れていないことは、直ぐにわかった。君が、あの強欲な王の娘でないことも知っていたんだ」

「え……えぇ? そ、んな……それじゃあ」


 どうやら、フィオナの演技は随分とお粗末だったらしい。いや、それ以上に人間の王が魔族の間で有名過ぎたのだろうか。神琉の話では、最初から……本当に最初から疑われていたらしい。

 フィオナはあれほど気を詰めていたのが、バカみたいに思えた。魔族の人たちは全て知っていたのだ。必死になっていたのは、フィオナとアンリのみで。


「君があの強欲王に利用されたこともわかっていた。連中の中には、君を始末するように進言していた者もいたが、父上が君を保護することにした。君自身に罪はない、と」

「……公爵様が」

「だから瑠衣は、初めから君を俺の婚約者として足りる人物かを見定めていた。それこそ初めから、君を人間の姫としてではなく君自身を見ている。あいつは、その上で本当の君を気に入っていた……」

「瑠衣さん……」

「瑠衣の観察眼は確かだ。だから、燕も君が俺の側にいることに文句はないんだろう」


 ふっと神琉が笑う。あまり笑うことのない神琉だが、瑠衣や燕の話になると、どこか口調が柔らかくなることにフィオナは気がついていた。こうして色々な話をしてくれるようになったのは、婚約式以降からだ。それまでは、フィオナから話題を振ることが多かった。神琉からすれば、婚約式が乗り越えられない可能性を考えて、余計な話はしなかったのかもしれない。


「……瑠衣さんをとても信頼しているのですね」

「フィオナ?」

「羨ましいです……」


 こうして神琉がフィオナの側にいてくれるのも、全て瑠衣がいたから。間違いなくそうなのだろうが、瑠衣がフィオナを気に入らなければ、神琉から歩み寄ってはくれなかったのかと思うと瑠衣の存在が羨ましかった。

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