屋敷での生活
整理を終えた頃には日が沈みはじめていた。そろそろ夕食だということで、フィオナはアンリらと共に食堂へ移動する。中には入ると執事服を来た人が出迎えてくれた。着いたときにもいた老齢の男性だ。
「お待ちしておりました。どうぞ、若奥様」
「は、はい」
慣れない呼称に戸惑いつつも、案内された席へと座る。まだ神琉は来ていないようだ。
「申し遅れました、私は屋敷の筆頭執事をしております津南=バースでございます。以後、宜しくお願い致します」
「こ、こちらこそお願いします……? その、もしかして」
姓がバース。佳南と同じだ。視線を佳南に向けると苦笑していた。
以前に聞いていたのだ。神琉の屋敷で、両親が働いていると。津南もフィオナの言葉の意味するところを理解してくれたようで、話を続けてくれた。
「如何にも、若奥様付きの佳南は、我が娘でございます。何か粗相はしていないでしょうか?」
「いえ、佳南にはとても良くしていただいています!」
「そうですか。何かお困りのことがあれば、佳南へお伝え下さい。若奥様が健やかにお過ごしになれるよう、若様より仰せつかっておりますので」
「神琉様が……ありがとうございます、津南さん」
「我々は使用人ですから、津南で構いませんよ」
その言い方にフィオナは、佳南に初めて会った時のことを思い出した。同じ事を言われたのだ。呼び捨てにしてほしいと。
見た目は全く似ていない父娘から同じ言葉を聞いて、フィオナも思わず笑顔になる。
「はい、お願いしますね、津南」
「えぇ」
そうして暫くすると神琉がやってきた。神琉が席に座ったタイミングで食事が運ばれてきた。こういった食事にも慣れてきたので、フィオナも躊躇うことはなくなった。
ゆっくりと会話の少ない食事の時間を終え、温かい紅茶を飲む。
「荷物の整理は終わったのか?」
「あ、はい。その……衣装も沢山、用意してありました」
「あぁ、その辺りは母上が好きにやっていた。気に入らないものがあるなら、処分しても構わないから」
「そんなことできません! どれも素敵でしたし……私が、本当に着てもいいのかと」
貴族ではなかったフィオナからすれば、どんなものも高価であることに違いない。姫としてここに来た時も、内心は衣装に臆していた。王族として来ている以上、顔に出さないことに必死だったのだ。だが、もう取り繕うことはないので、正直な想いを神琉に伝える。
すると、神琉は一瞬だけ動きを止めてフィオナを見た。
「臆するなという方が無理、か。だが、これからは慣れていってほしい……俺には女性の衣装のことなどわからないが、母上が選んだのなら間違いはないはずだ」
「本当に、いいのでしょうか?」
「俺がいいと言っている」
「神琉様……はい、ありがとうございます。大切に、着させていただきます」
「そうしてくれ。母上も喜ぶ」
紅茶を飲み終わると神琉は出て行った。フィオナも移動や整理などで疲れていたので、部屋へと戻ることにした。湯あみを終えて、寝室へと向かう。
広いベッドは整えられており、いつでも寝られる状態だ。とはいえ、今日は先に寝ているようにと神琉から言われている。一人で寝るには広すぎるベッドにフィオナは横たわる。ふかふかのベッドはとても寝心地が良く、フィオナは直ぐに夢の世界へと旅立った。
翌朝、フィオナが目を覚ますと隣には温もりがなかった。もう起きてしまったのか。この時はそう思っていた。しかし、それから二日間、神琉が寝室に来ることはなかった。
食事は共に摂るし、会話もする。だが、寝室に来た気配が一向にない。どこで寝ているのかと、気になるがフィオナには聞くことが出来なかった。
元々、寝室を一緒にすることは神琉から提案されたことだ。だから、避けられているということはないだろう。ならばどうしてなのか。
「瑠衣さん、何か知っていますか?」
「……全く、若君は」
そう瑠衣に尋ねると、盛大なため息が返ってきた。フィオナに対してではなく、神琉に対して呆れているらしい。理由がわからなくて、フィオナは困惑するばかりだ。
「あの、瑠衣さん?」
「あれほど休んでくださいと言っているのに、身体を壊したら元も子もありませんし」
「えっと……」
「フィオナ様」
「はいっ!」
名前を呼ばれてつい、背筋を伸ばしてしまった。瑠衣は、そんなフィオナに満面の笑みを浮かべる。
「燕には言っておきますから、夕食後は神琉様のお部屋へ行きましょう。今夜は、無理やりにでも休んでもらいますから」
「えっと、つまりは」
話を聞くに、暫く領地から離れていたことで、領主としての仕事が溜まっていたということのようだ。皇都でできるものは無論やっていたが、領地に居なければできない仕事というのも多分にある。それをこなすため、寝る時間を惜しんで仕事をしているらしい。
燕や瑠衣らが何度か休みを促していて、返事はするようだが……実行はしていないということだ。顔では笑っている瑠衣だが、実はかなりご立腹のようだ。フィオナは、黙って従うのが賢明だと、瑠衣の提案に黙ってうなずいたのだった。




