揃えられた環境
屋敷内を案内された後、神琉とは別れて与えられた部屋へと戻ると、アンリらが荷物整理を始めていた。持ってきた衣装の他に、元々衣装部屋にもいくつか服があり、これらの服は瑠衣の話からすると、神琉の母が用意したものらしい。
ワンピースやドレスをはじめとして、靴やアクセサリーなども揃っている。サイズもフィオナにピッタリだった。
「……凄い」
「本当ですね。いつご用意されたのでしょうか」
直ぐに用意出来るものではないことは、フィオナにもわかる。少なくとも、フィオナがこの国に来てからだろうが、それにしても準備がいい。
すると、瑠衣がクスリと笑った。
「瑠衣さん?」
「皇王陛下が神琉様の婚約者として迎えると仰ってから直ぐに、大奥様が整えられたのです。それはそれは楽しそうにしておりました」
「そ、それはとても嬉しいですが、でも私は死んでしまう可能性もあったわけですし」
そこまで早く動いて無駄になることもあったのだ。結果的にはフィオナも生きているので、身に付けることも出来る。しかし、それはあくまで結果論だ。
「……恐らく大奥様は、準備をすることで未来を払拭したかったのではないでしょうか」
「佳南?」
「フィオナ様も、聞いていると思いますが神琉様は皇家の血筋の中でも特にその血が色濃く出ているお方です。かつての皇王様の婚約者様と同じようなことにならないようにと……験を担ぎたかったのだと思います」
フィオナもその話は何度も聞いた。神琉が特殊であるということは。だが、皇王と同じこととはどう言うことなのだろう。
「皇王陛下の婚約者様は、その……」
「はい。婚約式において、命を落とされたそうです。皇王様にとって、婚約者と言うだけでなくとても仲の良い恋人でもあったと聞いています」
アンリの疑問に佳南が答えた。この国では有名な話だそうだ。現在、皇王は結婚をしていない。契りを交わしていないので、子もいないそうだ。婚約式で亡くなった恋人を忘れられないのだという。だから、同じような力を持つ神琉なら、同じようなことが起こりかねなかった。万が一にでも生き延びるなら、それはそれで皇家に人間の血が入ることを嫌っている者たちもいる。しかし、それ以上に儀式を無事に終えることが出来るのかという不安もあった。だから、容易に貴族令嬢を婚約者に据えることも出来なかったのだ。
人間ならば死しても構わないという風潮があったのは間違いないが、神琉の母は兄である皇王と同じようなことが起きないことを案じていたという。ちゃんと迎えると準備をすることで、その先を考えることで、無事に儀式が終わると己を信じさせていたというのだ。
「万が一、フィオナ様が命を落とされても、恐らく口では何も言わないでしょう。ですが、神琉様が傷つくことは間違いありません。そして、次の婚約を断っていたでしょう」
「そうですね……そうかもしれません」
佳南の推測に、神琉をよく知っている瑠衣も同意する。
フィオナは皇王にそんな過去があったのを初めて知った。婚約式で亡くなった人がいることを。そして、それは同じように力を持つ神琉にもあり得たことだと。其の事実を聞いてなくて良かったとフィオナは思う。知っていたら、もっと恐怖を感じていたはずだ。
実際には、婚約式直前に色々とあったので、半分以上諦めの気持ちが強かったから、変わらなかったのかもしれないが。
「……あの、神琉様のお母様に何かお礼を、しなければならないですよね?」
ここまで整えていただいて、何もせずにはいられないだろう。聞けば、この部屋の内装なども神琉ではなく、神琉の母の指示だという。
「それは、そうですが……ご心配には及びませんよ、フィオナ様」
「佳南?」
「1週間後には、大奥様がこちらにいらっしゃいます。なので、その時で宜しいかと思います」
「へ……えぇぇ! こ、ここに?」
「はい」
ニッコリと頷く佳南。瑠衣を見ても笑みを浮かべているだけだ。
手紙か何かで伝えると思っていたフィオナは、まさかの直接ということに動揺する。話によると、暫くの間はこの邸に滞在するという。その目的は、勿論フィオナだ。
フィオナ自身も忘れていたが、花嫁教育は神琉の母がすることは煉琉から聞いていた。初めの頃に言われたので、完全に忘れていた。
「婚約式を終えたばかりですので、迷惑にならないようにということです」
「め、迷惑だなんて、そんな……」
「大奥様は、自分が居ては二人の時間の邪魔になるのではと」
魔族の常識ではなく、人間としての考え方でいくと、今は新婚と同じ状況である。つまり、二人の時間というのは、そういうことなのか。何故か凄く恥ずかしい気がして、フィオナは顔が熱くなっていくのを感じていた。
「まぁ、真っ赤ですわね、フィオナ様」
「本当に……」
微笑ましいものを見守る姉のような二人に、居たたまれなくなりアンリへと助けの視線を向けるが、アンリの眼差しも同じだった。
「フィオナ様……神琉様がお好きですか?」
「っ……瑠衣さん……は、い……」
柔らかく微笑みながら問われ、フィオナも素直に答えた。
意識するようになったのは婚約式が終わってからだと思うが、良く良く考えてみれば初めて会った時から惹かれてはいたのだと、今ならば思える。
フィオナは偽者だったから、常に気を張って無意識のうちに考えないようにしていただけで。偽らなくなってから、全てを素直に言えるようになって、改めて気がついたと。
「……これからは、もっと神琉様のことを知りたいと思っています。私は自分のことばかりで、必要なことしか知ろうとしなかったけど。……ちゃんと、ここで、神琉様と生きていたいと、今は思っています」
「……ありがとうございます、フィオナ様」




