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レヴァールの華  作者: 紫音
婚約期間編

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29/52

新たな始まり

 

 寒気を感じて動くと温かな温もりが側にあった。覚醒しきっていない頭で、温もりに身を寄せる。すると、胸板が目に前にあった。


「……っ!」


 一気に覚醒すると、ぶわっと顔が熱くなった。恐らくは、真っ赤になっているだろう。

 己の状態を見ても、同じく何も着ていなかった。昨夜の情事のことが思い起こされる。ふと、上目遣いで見れば、そこには端正な顔立ちの神琉が眠っていた。藍色の瞳は伏せられており、見えていない。こうしてじっくりと顔を見ることなどなかったので、この機会とばかりにじっと見つめる。


「はぁ……本当に綺麗な顔だなぁ」

「男には誉め言葉じゃないがな……」

「え……?」


 声が聞こえてきたかと思うと、ゆっくりと瞼が開けられた。藍色の瞳が現れ、フィオナの姿を映し出している。少し声が掠れているのは、寝起きだからだろう。いつもより幼く見えるのもそのせいかもしれない。


「その……おはようございます」

「あぁ」


 身体を起こした神琉に習って、フィオナも毛布で身体を隠しながらその身を起こした。当然のことながら、神琉も何も身に着けていない。どうしようかと考えていると、神琉はそのまま近くに落ちているシャツを羽織った。フィオナも探すが、どこにあるかわからないし、そもそもこの状態では動きようがない。

 戸惑っているフィオナに気づいたのか、神琉が助け舟をだしてくれた。


「佳南を呼ぶか?」

「え……その、でも」

「俺は少し出てくるから準備は急がなくていい」

「……は、い。えっと、お願いします」

「わかった」


 そのまま部屋を出て行く神琉の後ろ姿をどこか寂しそうに感じながら、フィオナはふぅと息を吐いた。

 普通に話をすることが出来てほっとしているのだ。昨夜のことを思い出すと、我ながら恥ずかしいことをしたという自覚はある。後悔はないが、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。結果的にはフィオナから誘ったようなものだ。神琉は気にしていないだろうが。

 コンコン。


「あ、はい」

「失礼しますね」


 珍しく、佳南一人だった。その手には、着替えを持っている。フィオナのだろう。元々神琉の寝室なので、フィオナの服を常備してはいないのだ。


「おはようございます、フィオナ様」

「おはよう」

「……昨夜は、おめでとうございます。無事、契りを交わされたそうですね」

「えっと……はい、その」


 フィオナの状態を見て、それ以外には見えないだろう。照れながらもフィオナは頷いた。


「湯あみはどうされますか?」

「……いえ、夜にその、入れてくださったので……」

「……そうですか。神琉様が。それは良かったですね」

「はい……」


 逐一報告しているようで、たまらずフィオナは顔を伏せる。何をしていたかを話しているわけではないのだが、居たたまれない。

 すると、佳南がそっと傍に寄ってきた。


「お体は大丈夫ですか? どこか辛いところなどは?」

「大丈夫です……その、少し……違和感があるだけ、で」

「歩けますか?」

「はい」

「……随分と手加減をされたのですね。無体を強いらなかったのは流石でございますが」

「佳南?」

「いえ、こちらのことです」


 何か小さく言っていたのでフィオナには聞き取れなかった。だが、微笑む佳南にそれ以上聞いてはいけない気がして、フィオナは追及するのをやめる。初夜後ということで動きやすいような服装を選んできてくれたようで、佳南に着せてもらうとフィオナは漸くベッドの上から離れることが出来た。

 服を着て落ち着いたからか、外を見れば随分と陽が高いことに気づく。どうやら、結構な寝坊をしていたらしい。

 朝食の時間は既に過ぎており、じきに昼食の時間になる。それまでに何かを入れておいた方がいいということで、佳南から軽食をもらうことにした。


「昼食を終えましたら、移動の準備をしますので」

「移動?」

「はい。フィオナ様が正式に神琉様の伴侶となることが決定しました。今後は、神琉様のお屋敷で暮らすことになりますから」


 佳南の説明によると、フィオナが目覚めなかったため遅れていたが、婚約式を無事に終え生還したことで、誓約は整ったと判断されたということらしい。これは、人間でいうところの婚姻と似たような意味を持つ。

 本来、神琉は領地の屋敷で領地を治めることが仕事で、皇都にいたのはフィオナが滞在しているからだった。正式な伴侶以外を領地に連れ帰るわけにはいかなかったため、婚約式が終わるのを待っていたということのようだ。

 そこで、フィオナは神琉の正妻となるべく教育を受けることになる。教育を終えれば、披露宴により正式に表舞台へという流れだ。既にアンリらによってフィオナの荷物は移動している最中とのことで、アンリがここにいないのはそのためだった。


「……今日中に移動なの?」

「はい。といっても、一瞬なので時間がかかるわけではありませんが」

「それって……」


 初めてこの国に来た時のような、魔法のことだろう。

 移動魔法というもので、高度な魔法の一つであり、誰にでも使用できるものではないそうだ。公爵家でも神琉と煉琉しか使用できないものらしい。魔法の知識がないフィオナからすれば、どういう仕組みなのかも理解できないが、これは佳南たちも同じようだった。神琉も煉琉も、所謂天才肌という奴で、説明が説明になっていないそうだ。出来る者にとって、出来ない理由を知ることは容易ではないということだろう。



 そして昼食前になって、フィオナは神琉と共に煉琉の執務室に出向いていた。呼び出しを受けたのだ。フィオナからすれば、儀式以降会っていない相手なので、不敬をしていたのではないかと、気が気ではない。ギュッと気を引き締めて、煉琉の前に立っていた。

 緊張しているフィオナに、当の煉琉はフッと笑みを向ける。


「それほど堅苦しくしなくていい、フィオナ嬢。貴女には、ある意味で感謝をしているのだから」

「……え?」

「父上?」


 神琉以上に堅苦しい煉琉にしては、柔らかく話すので神琉でさえも驚きを隠せないでいた。そんな息子の困惑も無視して、煉琉はフィオナへとまっすぐに視線を向ける。


「……失礼だが、私は貴女が生きてこの場に立っていることなどあり得ないと考えていた。人間に、息子の血を受け入れることが出来るはずがない、と。如何に貴女の素性が特殊でも、だ」


 素性が特殊。フィオナの頭の中には、己が王族の血を引くという事実が過ったのだろう。わずかに表情が陰った。しかし、ここで煉琉が言っているのはそこではない。フィオナが知らない力のことだ。神琉にだけは、煉琉の言葉の意味するところを正確に理解した。それが、フィオナの光の素質であるということを。


「無暗に殺めたくはないと思っていても、結果としてそうなるだろうと考えていた。皇王陛下と同じ結果になるだろうと。それならそれで構わないと」

「っ……」


 すなわち、フィオナが死のうと構わないと言っているのだ。口調は柔らかくとも、言っていることは決して優しくはない。それでも、フィオナは煉琉の言葉を遮ることはしなかった。聞かなければいけない。そんな気がしていたからだ。


「だが……貴女は生きてここにいる。一生、伴侶を得ることはないだろうと思っていた息子の伴侶に。皇王陛下は賭けに勝ったということなのだろうな」

「賭け……父上は伯父上とそんなことをしていたのですか……」

「これでも心配をしていたのだ。だから……礼を言わせてほしい、フィオナ嬢」


 煉琉が頭を下げた。これには、フィオナも驚くしかない。魔族の中でもトップにいる人だということは、フィオナにもわかっている。そのような地位にいる人が、ただの娘であるフィオナに頭を下げたのだ。いや、ここではきっと公爵という立場ではなく、一人の父としての態度なのかもしれない。

 フィオナは、そっと隣にいる神琉を見た。苦虫を嚙み潰したような顔をしている。初めて見る顔だった。


「……顔を上げてください、煉琉様。私は……いえ、私の方こそ感謝しても足りません。煉琉様に連れてこられなければ、きっと私は死んでいました。ここで、神琉様と引き合わせてくださったから……神琉様だったから、私は受け入れることが出来たんです。煉琉様……ありがとうございました」

「フィオナ嬢……」


 今度はフィオナが頭を下げる番だ。皇王からの命令だとはいえ、煉琉がフィオナを最初に受け入れてくれなければ、別の魔族の元に嫁がされていただろう。そして婚約式で命を落としていた。魔族という種族を受け入れられたのも、ここに来たからだ。だから、礼を伝えなければならないのはフィオナの方だろう。


「……人間にも優しい者はいる。フィオナ嬢、君もその一人のようだ。どうか、息子を頼む」

「私にできる限りのことをしたいと思っています」

「そうか……それとフィオナ嬢、私のことはどうか義父と呼んでほしい。それが、私が……この公爵家が貴女を神琉の妻と認めた証拠になる」

「……は、はいっ。その……善処、いたします」


 笑ってはいないが、煉琉の顔はどことなくほころんでいるようだった。話を終えて、神琉と共に執務室を出ると、話題の中心となっていた神琉が深い息を吐いていた。


「神琉様?」

「……何でもない……少し、衝撃だっただけだ……」

「そうですか?」


 酷く疲れていそうな神琉と、先ほどまでの煉琉を見比べる。その様子はやはり親子ということを感じさせられた。義父と呼んでほしいと言われたからだろうか。村の両親らの姿が浮かんでしまう。会いたい、と思ってしまう心をフィオナは必死に押しつぶした。





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