初めての夜
フィオナが目覚めたその日の夜。フィオナと神琉の二人で、晩餐を頂いた。神琉は特に何を話すこともなく、今までと変わりなかった。一方のフィオナは、衝撃的な事実を聞かされて、チラチラと神琉へ視線を泳がせる始末だ。
既に、夫婦と同じだと聞かされてフィオナは、信じられなかった。フィオナの認識では、婚約とは結婚を約束したことで、式は別に行われる。同じ家で暮らすのも、全て結婚式が終わった後だと思っていた。しかし、魔族では違うらしい。
魔族の間では、子どもが産まれにくい。そのため、なるべく早く子を成すことが求められている。
特に魔力が高い者ならばそれは顕著で、子の数は少ない傾向にあるらしい。皇族ともなれば現在籍を残すのは皇王と神琉、神琉の弟妹と神琉の母だけ。神琉の両親の間に複数の子どもがいるのは、身分から考えても極めて稀なことであり、その事から次代の皇王に神琉を推す声も多いらしい。
よくよく考えれば、とんでもない相手だ。
容姿も整っているし、能力も優れているというのに、さらには次代の皇王候補。人間が本来嫁ぐ相手ではないのは確かだ。皇王が定めたこととはいえ、本当に良かったのだろうか。
再びチラリと神琉を見るが、フィオナを気にすることはない。いつもならば気に留めない事だが、今日はこの沈黙が気になって仕方なかった。
そのまま一言もなく、寝る時間を迎えてしまった。丁寧に洗われて、ナイトドレスに身を包む。元より広いベッドなので、二人で眠る分には困らないだろう。だが、これからどうなるのかフィオナはガチガチに緊張していた。
ガチャリ。
扉が開けば、神琉が入ってくる。当然だ。ここは神琉の部屋なのだから。
神琉は寝るときの服装なのか、上は肌触りの良さそうなシャツを羽織っているだけだった。思わず、赤面してしまうのは仕方がないだろう。
「……どうかしたか?」
「っ……いえ、その……えっと」
神琉は動揺しているフィオナの隣へと座る。フィオナが据わっているのはベッドの上だ。だから自然と近い距離に居ることになる。
「……そこまで緊張しなくてもいい。心構えが出来ていないのなら、何もしない」
「え……?」
「俺たちにとっては当たり前の慣習だが、人間側がそうでないことは知っている。目覚めたばかりで、無理をさせる訳にもいかないしな」
「えっと……その」
気を遣ってくれているのだろう。確か佳南は言っていた。神琉次第だと。神琉ならば、無理に事を運ばないことを知っていたのかもしれない。
「ただ、寝室を共にすることは許容してくれ。下手に別々にすれば、変な連中に隙を与える事になりかねないからな」
「……それは、私のため、ですか?」
「まぁ、それもある。だが……こう言っては気を悪くするかもしれないが、俺に子が生まれなくともいいんだ。ただ、表向き良好だということを示しておかなければ、次を宛がわれかねないからな」
要するに、夜を共にしていなければ別の女性を伴うように言われるということだろうか。神琉自身は、子どもに拘ってはいないという。恐らく、そこに含まれる意味は、このまま清い関係でいても構わないということだろう。そういうことをしなくてもいい。ただ、共に寝てるだけでいいと。それを選択しても、神琉は別の女性を作らないと言ってくれているのだ。
「で、ですがそれでは」
「俺は血が濃い。子どもが授かりにくいんだ。だから、バレることはないし、勘繰られても相手にしなければいいだけだからな」
何も問題はない。そう言い切った。これで話は終わりだと、神琉は立ち上がってベッドに横になろうとする。
神琉の言葉は有り難いことだろう。フィオナは今日聞かされて、どうしようかと困惑していたのだ。それがなくなるのなら、安心するはず……なのに、フィオナは心がざわめいていた。
気がつけば、横たわろうとしている神琉の手を取っていた。
「……フィオナ?」
「……わたし、その……私は良くわかっていません。これまで、生きることとか騙していることとかで頭が一杯で、とてもそれ以外のことを考えられませんでした。ですが……この手は、とても温かい気持ちになるんです……触れられて、嫌ではありませんでした。だから……その……」
フィオナ自身、何を話しているのかわからない。引き留めて、どうしようというのか。だが、重責から解き放たれたためか、別の感情が涌き出てくるようだったのだ。これまで抑えてきたものが、塞き止める必要がなくなったことで溢れ出てくる。これが何かはわからない。
「その……わたし」
「感情が追い付いていないのなら無理はするな。俺は別に」
「無理はしてません。私は、触れて欲しいんです……その、神琉様なら……構いません、から」
「……フィオナ」
それでもここで何かをしなければ、ずっと同じ関係を続けるのだろう。勢いのまま出来るのは、今宵だけだ。これを逃せば、もう神琉から触れてくることはない。感情が追い付いていなくとも、それは駄目だとフィオナの中の何かが告げていた。ここで逃げてはいけないと。
そう思ってしまう時点で、フィオナは神琉に惹かれているのだろう。だから、仮面夫婦のような関係にはなりたくないのだ。
必死に言い募るフィオナに、神琉は身体を起こすとそのまま頬に手を添えて近づいてきた。
「あ……」
「黙っていろ」
「ん……っ」
重ねられた唇。儀式の時と同じように、深く重なる。スッと唇が離されると、神琉がフィオナを抱き上げてベッドの上に横たわらせてきた。覆い被さる神琉は、真っ直ぐフィオナを見下ろす。
「神琉様……」
「後悔しないか?」
「……はい」
「……わかった」
そうして再び下りてきた口付けに目を閉じてうけいれ、フィオナは神琉の首の後ろへと手を回した。
上手く表現できなくて、すみません・・・。




