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レヴァールの華  作者: 紫音
偽者編

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26/52

婚約式の後で

神琉視点です。

 

 クタリと、力をなくしたフィオナを神琉は左腕に抱えた。片腕では支えきれずに、その場に膝をつく。

 フィオナの顔色を伺えば、青白くなっていた。しかし、息はしっかりとしている。ざわめきながら力の本流がフィオナの体内を巡り、その身に宿ろうとしているのが感じられた。元は神琉の力だ。読み取ることは造作もない。


「どうだ、神琉?」

「……まだ馴染むには時間がかかるかもしれません」

「そうか……そうだな」


 結果はまだわからない。仕方ないだろう。だが、この場で死に逝くことがなかっただけでも良い方だ。皇王は、神琉の肩に手を置いたかと思うと、しゃがみこんでスッと神琉の傷ついた右手に触れる。ボワッと光ったかと思うと、その傷痕が消えた。


「陛下」

「そのままでは運べまい。誓約は見届けた。下がるがよい」

「……はっ」


 頷くと、神琉は両腕でフィオナを抱き上げた。意識はないはずなのに、フィオナが神琉にもたれ掛かってくる。温もりを求めているのだろう。そのまま、揺らさないように注意しながら神琉は、聖堂を出ていった。



 馬車に乗り込むと、そのまま屋敷へと戻る。

 エントランス前には、瑠衣、燕、佳南にアンリらが、今か今かと待ちわびていた。神琉に抱き抱えられたフィオナを見て、一同の表情が固まった。恐らくは、誰もが最悪を想定したのだろう。


「神琉、まさか……」

「心配するな、生きている。まだ安心はできないがな。まずは俺の部屋に寝かせる」


 異常が起こるとも限らない。この場合、対処できるのは神琉だけだ。


「では、若君」

「あぁ。準備をしてくれ」

「かしこまりました」


 生きている。その言葉を聞いて、瑠衣と佳南は我に返った。しかし、アンリはフィオナを見たまま微動だにしない。神琉は、アンリの側に寄る。


「アンリ、フィオナは生きている。生きたい、そう願った」

「か、んるさま……フィオナさま、は」

「燕、アンリを頼む。側についていてやれ」

「わかった」


 不安定なアンリを燕が肩を抱いて連れていった。アンリも心配だが、今はフィオナが優先だ。そのまま、執事らにも指示をすると神琉は自室へ戻る。奥の寝室は既に瑠衣らが整えてくれていた。そのベッドへ横たわらせる。


「着替えを頼む」

「はい」


 そのまま瑠衣たちにフィオナを任せると、神琉は寝室の隣にある別室に入る。ここには、神琉の服が置いてあるのだ。堅苦しい礼服を脱いで壁に掛けると、シャツを羽織った。今日はもう人前に出ることはない。ラフな格好に身を包むと、緊張が解れてくるのを感じる。さほど疲れることはしていないが、柄にもなく神琉も緊張していたようだ。

 徐々に実感する一人の人間の命を握っているような感覚。たかが血ではあるが、魔族にとってはそれを操ることは難しくない。儀式の目的の一つには、伴侶となる相手を手中に治めるという意味がある。意のままとまではいかなくとも、殺ろうと思えばいつでも出来る、と。相手を拒否すれば、その時点で死に至る。そう、魔族の間では信じられていた。実際には、それほどの力を持つ魔族は少ないので、そこまでのことは起こらないと言われている。しかし、現皇王もそうだが、神琉も強い力を持つため、これまでの常識は当てはまらない。今の神琉には、フィオナの中に己の力があることを感じられる。魔力を注ぎ込めば、暴走させることも出来るだろう。

 そこまで考えて、神琉は歯を食い縛った。感情を押さえつけているため、普段は表に出ることはないが、それが抑えられなくなりそうだったのだ。血を流すことなど滅多にない。だが、儀式という形とは言え、血を流したことで本能が姿を表したのだろう。今にも血が暴走しそうだった。神琉は壁に寄りかかる。


「なるほど、な……伯父上が、慎重に、なるわけだ……」


 伯父である皇王、槐は過去に婚約者を殺している。儀式の場で、亡くなったらしい。受け入れようとした婚約者を見て安堵した瞬間、魔力が暴走したという。お互いに愛する相手だったということもあり、今なお皇王にとって深い傷だった。そんな話を幼い頃から聞いていた神琉は、感情を抑えながら過ごしてきた。

 フィオナは特殊だが、もしこのままフィオナが亡くなったとしたなら、神琉は次の婚約者を迎えることはないだろう。伯父と同じく、一人で過ごすことを選ぶ。望んで、命を殺めたいとは思わないからだ。


「……はぁ……」


 深く息を吐いて心を落ち着かせる。騒ごうとする力を押さえつけ、壁から身体を離すと寝室へと入った。

 ちょうど支度は終わったようで、フィオナは寝間着に着替えさせられていた。顔色はまだ変わっていないが、苦しそうにしている様子はない。


「若君、大丈夫ですか? 随分と時間がかかっていましたが」

「問題ない……」

「意地を張らないで下さい」


 何でもない様に答えたつもりだが、瑠衣は誤魔化せてはくれないらしい。ハンカチを取りだして、神琉の顔を拭った。知らないうちに汗をかいていたらしい。


「……反動、ですか?」

「いや……血が騒いだだけだ」

「だ、大丈夫なのですか?」


 佳南も取り乱す。神琉の力を少しでも知っていれば、ただ事ではないことは理解できる。もう、収まったと告げれば二人とも安心はしたようだが。


「フィオナ様は、どうなるのでしょうか?」

「……馴染むまで時間がかかる。魔族ならば直ぐにでも目覚めるだろうが……相手が俺だ。2日、いや3日はかかるかもしれないな」

「フィオナ様は人間ですからね……では、今宵は?」

「意識がない相手に、何かをするわけにはいかないだろう」


 人間の国は知らないが、魔族の間では婚約式を終えれば正式に夫婦と認められたも同然だ。そのため、所謂初夜が今宵ということになる。だが、フィオナは意識がないし、神琉にもそのつもりはないので、目覚めを待つのが先だろう。


「わかりました。では、そのように通達しておきます」

「頼む」

「若君は休まれますか?」

「……いや、まだいい」


 式を終えた今、フィオナと共に寝ても構わないのだが、まだ不安定な状態では気を抜くわけにはいかない。


「軽いものを何か頼む」

「……わかりました。お疲れでしたから休んでくださいね」

「わかっている」


 瑠衣は佳南を伴って寝室を後にした。静まり返った室内には、フィオナの寝息だけが響いていた。



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