思わぬ真実
翌朝。朝と言うにはまだ暗い時間だが、目が覚めてしまった。重たい瞼を開ければいつもと違う天井が見えていた。
「あれ……ここは? わたし……」
広い天盖付きベッド。間違いなくフィオナの部屋ではない。起き上がって周りを見回しても、知っているモノはなかった。
その時、ガチャリと扉が開く。
「起きたのか」
「っ? か、神琉様?」
昨日とは違うラフな服装をしている神琉が入ってきた。シャツに上着一枚を羽織っているだけだ。と、言うことはここは神琉の寝室ということになる。昨日の醜態を思いだしフィオナは、顔を真っ青にした。
「も、申し訳ありません‼ わたし、その」
「疲れたんだろう。今日も疲れさせるから、そのまま眠ってもらった。気分はどうだ?」
「はい……その、ゆっくり寝ましたので、ただ……」
疲れはないと思う。しかし、瞼が重たい。泣いたあとそのままにしていたからだろう。
スッと神琉が近くに寄ってきて、顔を覗き込んできた。端正な顔が目の前に現れて、身体が強張る。
「瞼が腫れているな……」
「あ、えっと、その」
「……」
神琉の手が瞼に触れた。反射的に目を閉じてしまう。すると、温かい何が入ってくるのがわかった。じんわりと入り込むそれは、とても心地いいものだ。
「……これでどうだ?」
「え……?」
神琉の手が離れるのを感じて、目を開ける。パチパチと瞬きをした。瞼が軽くなっているのだ。
「え?あれ?どうして……」
「あのまま人前に出るわけにはいかないだろう。これで問題ないな」
「も、もしかして……」
「佳南と瑠衣を呼んだ。3時間後、迎えに来る。それまでに準備をしておいてほしい」
「は、はい」
近くにいた神琉はそのまま離れて部屋を出ていった。終始困惑していたフィオナは、お礼さえ伝えられなかったのだ。そっと、神琉に触れられた瞼を触る。
「……魔法、よね」
確かに腫れていたはずの瞼。その腫れが引いている。俄かには信じられない現象。それが魔法というものなのだろう。魔法を見るのは、これが二度目。いや、正確には今回のは見たわけではないのだが。
何ということもなくやっているところを見るに、神琉たちにとっては何でもないことなのかもしれない。
そんなことを考えていると、ノックの音が届いて佳南と瑠衣がやってきた。一緒にアンリもいる。
「あ……アンリ」
「姫様……」
そっと傍に近寄るアンリは、先ほどまでのフィオナと同じように泣きはらしたようで目が腫れていた。だが、構うことなくフィオナを見て抱きしめてくれる。良かったと。本心で思ってくれているのが伝わってくる。
「アンリ」
「……姫様、いえ、フィオナ様」
アンリが少しだけ身体を離す。呼ばれた名前に、フィオナは胸が高鳴るのを感じていた。
「申し訳ありません。事情は全てお二人にお話しました。フィオナ様、勝手をしたこと、どれほどお詫びしても―――」
「いいの……ありがとう、アンリ」
頭を下げるアンリ。その肩に手を添えると、フィオナはにっこりと微笑んだ。そうして、後ろに立っている二人へと顔を向ける。
「瑠衣さん、佳南さん……私はお二人を騙していました。この地に来て、とても良くして頂いたというのに、それを裏切っていたんです。ごめんなさい……いくら謝っても謝り足りないですが、私にはこれくらいしか出来ません。本当にごめんなさい」
フィオナは手を付いて頭を下げた。取り繕うことを止め、素のままの言葉を伝える。それで許してもらえるとは思わない。それでも、フィオナは言わずにはいられなかった。
「……頭をお上げ下さい」
予想外に柔らかな瑠衣の声が届いた。従うようにゆっくりとフィオナは顔をあげる。恐る恐る二人をみれば、瑠衣も佳南も微笑んでいた。
「瑠衣さん、佳南さん」
「改めまして、フィオナ様と呼ばせていただきますが、宜しいですか?」
「い、いえ、フィオナで結構です。私は、ただの村娘ですから……」
本当のフィオナは、平民。村娘。なので、身分は瑠衣たちの方が上だ。敬称など必要ない。むしろ、付けるべきはフィオナの方だ。しかし、瑠衣は首を横に振る。
「いいえ、フィオナ様には若君の正妻になって頂くのですから、このままで宜しいのです」
「そ、れは……でも、私は平民で、神琉様とは身分が違いすぎます」
「若君は、フィオナ様を正妻にすると、宣言なさいました。長老方にも納得していただく、と仰せです」
「でも……」
「お聞きではないですか?」
昨日は泣きつかれて寝てしまった。エルウィンが偽りだとバレてしまい、絶望を感じていた。しかし、それは早とちりで脅迫されて役割をこなしていたことも神琉は知っており、家族の安全も確認できた。その上、フィオナと呼んでくれたのだ。それが嬉しくて、気が抜けてしまった。だから、記憶は曖昧だ。
「昨日……すみません、私は混乱していて……」
「今日は、若君とフィオナ様の婚約式の日です。覚えておいでですよね?」
「……そ、れは……でも」
「フィオナ様は、王族の血筋のお方です。証拠もあります。ですから、堂々としていてください」
「……え……?」
ふと、神琉の声が甦る。
『お前は人間の王族の傍系に当たることがわかっている。その容姿が何よりの証拠だ。お前の家族から確認が取れている。だから……俺の正妻はお前だ、フィオナ。それは変わらない』
確かにそう言っていた。家族から確認が取れている、と。
言われて直ぐには理解できなかった。王族の血筋。いや、フィオナの両親は村で過ごしていた。村から出たことはなく、祖父も祖母も村民だ。貴族でさえない。なら、それはどういうことなのか。
即ち……フィオナは、両親の子どもではないということではないのかと。
「え……わた、し……お父さんの子どもじゃないの……」
「……フィオナ様」
「どういう、こと……わたし、聞いてない。だって、私の髪はひいおばあちゃんからだって」
聞いていない。一人だけ、兄弟姉妹と容姿が違うのはわかっていた。金髪なのは、村の中でもフィオナだけだ。瞳の色も、同じ色を持つ人は誰一人としていなかった。だが、誰も気にしなかった。家族も何も言わなかったから、気にすることはなかったのだ。あれは、嘘だったのだろうか。フィオナが貰い子であることを隠すための。
「フィオナ様の髪と瞳の色は、王族特有のものです。王族以外、持つことは出来ません。先祖帰りということも考えられますが……」
瑠衣の言葉は追い打ちをかけるようだった。だとしても、その系譜に王族がいなければ成り立たない。
フィオナは、足下が崩れ落ちるようだった。
「嘘……」
「……嘘ではありません、フィオナ様」
「じゃあ、じゃあ私は……私は、家族じゃなかったの……お兄ちゃんも、知ってたの……」
今にも泣きそうなフィオナに、側にいたアンリが今度は強い力で抱き締めた。
「……フィオナ様、私はご両親にお会いしてきました。フィオナのことを、本当に案じておりました。ご兄弟も皆さま、フィオナ様の無事を知り、泣いておりました。確かに、血の繋がりはないかもしれませんが、皆様は間違いなくフィオナ様のご家族です……フィオナ様を、とても大切に思っています」
「ア、ンリ……」
「大切なのは、血の繋がりだけではありません。過ごした時間の長さです。それとも、フィオナ様はアンリのことはお嫌いですか?」
「そんなっ!」
勢いよく首を横に振るフィオナ。アンリがいたから、魔族の中でも寂しさを紛らわすことができた。生きてこれたのだ。一人だっなら、騙し続けることに疲れ果てていただろう。
両親や兄弟たちも同じ。家族との思い出が、フィオナを勇気づけてくれた。それを忘れてはいけない。間違いなく、両親はフィオナを娘として大切に慈しんでくれていたのだから。
衝撃的な事実に取り乱して、大切なものを見失うところだった。
フィオナは、息を大きく吸ってゆっくりと吐く。
「……ごめん、なさい……取り乱して……もう、大丈夫。ありがとう、アンリ」
「はい」
「瑠衣さん、佳南さんも……ごめんなさい」
「……いいえ、混乱して当然ですから」
「そうですね。ですが、フィオナ様、私のことは佳南で宜しいですよ。これからも、宜しいお願いします」
「佳南さ……はい、宜しくお願いします、佳南」
フィオナの言葉に満足そうに頷いた佳南は、瑠衣とアンリに目配せをした。
「では、式が迫ってきてますし、準備をしましょう」
「神琉様が見惚れるくらいに、着飾りましょうね」
「え、あ……その、ほどほどに、お願いします」




