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レヴァールの華  作者: 紫音
偽者編

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23/52

真実とは

神琉視点になります。

 

 泣きつかれて眠ってしまったフィオナを、己の寝室のベッドへと横たえて、神琉は執務室に戻ってきた。いつもの執務机の椅子に深く座ると背を預ける。


「……我ながららしくないことをしたな」

「何が、ですか?」


 扉が開くと同時に燕が入ってきた。一人だというところを見ると、アンリは置いてきたようだ。瑠衣がいる筈なので問題ないと判断したのかもしれない。

 燕が机の前に立つ。


「あちらさんには事情は説明した。婚約の話をしたら、顔を青くしてたがな」

「人間ならば、誰だってそうなる」

「そりゃそうだ。それで神琉、姫さんは?」


 燕の問いに、視線で寝室の扉を指した。ニヤリとする燕に、神琉は肩を落とす。


「誤解だ。泣きつかれて眠っているだけだからな」

「泣きつかれて?」

「……名前だ」

「名前? 姫さんの? 確か、フィオナだったか?」

「あぁ」


 それがどうしたと燕が首をかしげている。しかし、名を奪われ別人として生きることを強要されるのは、思いの外フィオナに負担を強いていたということなのだろう。

 先程の神琉との話の中で、一番反応したことが名前だった。神琉自身は、エルウィンの名を呼んだことはないが、瑠衣や佳南は違うはずだ。


「真実の名を呼ばれることはもうないと考えていたのだろうな……俺たちにとっては、名よりも姓が重要だが……人間とはそうではないのだろう」

「なるほどね……んで、今日はどうするんだ?」

「どうするも何もない。このままだ」

「このまま? 神琉、お前自分の言ってることわかってる?」


 当たり前だと返そうとして、寝室の存在に目をやる。再び口角を上げてニヤニヤし始める燕。何を想像しているのかがわかると、馬鹿馬鹿しいと立ち上がった。


「婚約式が終わるまで手は出さない。元より当人の意志など合ってないようなものだ。わかってるくせに聞くな」

「とか言いつつ、実は結構気に入ってるだろ?」

「……」

「瑠衣も俺も気に入ってる。どこぞの令嬢よりよっぽど良い。お前には、ああいう子があってる」

「俺は父上のところに行く。戻るまでここを頼む」

「素直じゃないよな……ったく。まっわかったよ、()()


 そのままスタスタと扉を開けて、部屋を出る。酷く疲れた気分になるが、まだやることはある。戦から戻って来て簡易的な報告で済ませていたので、面と向かって報告をしなければならないのだ。

 屋敷内を歩き、目的地へ着くと扉をノックする。


「入れ」

「失礼します」


 中に入れば、書類仕事をしていた煉琉がいた。訪ねてきたのが神琉だとわかると、手を止める。


「……ご苦労だったな、神琉」

「いえ」

「報告は聞いたが、お前から詳細を聞こうか」

「はい……まずは」


 神琉は人間の国に入ってからの行動を順に話を始めた。

 人間の国への侵入はそれほど難しくない。魔法を使う魔族にとっては、だ。突然近くに現れた神琉たちに、人間たちは驚き騒ぎだした。村人たちは武器は持っていない。攻撃手段を持たない相手ならば、人間であろうと攻撃するのは魔族としての誇りが許さなかったので、こちらから攻撃はしないと宣言をした。と言っても信用は出来なかったのか、警戒を解かれることはなかったが。

 村を包囲した後、村人の中から責任者を呼び出してもらい、そこで事情を説明した。人間の王が交渉を破ったことと、自分らが魔族であることを伝えた。案の定、村人らは怯えて泣き叫んでいたが、その程度の反応は良くあるものだ。気にする程のことじゃない。


「結果、村はこちらの陣営に加わることを強行しました。話にならなかったので」

「……なるほどな。それで、あの少女の素性は?」

「村で生まれ育ったのは本当でしたが、現国王の叔母の系譜だそうです」


 人間の王であるヘルムート=グラコスの父が、病弱だった異母妹を碌な治療もせずに見殺しにしたというのは、人間の貴族らの間では一時期噂として蔓延していたらしい。王座を得た時と同じ時期に、病死と公表されており、その姿は表に出ることもなかったため噂程度に留められていたようだが、実際は弱り切っていたのを生母の騎士が連れて逃げていたため、無事だった。興味がなかった兄は、いなくなったことにも気づかず、そのまま病死と公表してしまった。そのため、王族として生きられなくなったことで村へと流れついたとのこと。その後、騎士との間に一子を儲けるが元々弱っていたこともあり、程なく亡くなった。残された子がフィオナの産みの母親。フィオナを産んですぐになくなったため、今の両親に引き取られたという話だ。


「なるほどな……その話の根拠は?」

「彼女の両親が持っていました。これを」

「それは、何だ?」


 神琉が差し出したのは、短剣だった。さび付いており、実用性はない。だが、その鞘には王家の紋章が入っているのだ。


「先帝の異母妹が父王よりもらった唯一、らしいです。彼女の両親たちの話からすれば、もう受け継がせるつもりはなかったということで、彼女にも実の両親については何も知らせていないと」

「そうか……まぁいい。これは預かっておく。連中を黙らせる道具にはなるだろう」

「わかりました。では、俺はこれで」

「神琉」


 踵を返そうとしたところを、煉琉に呼び止められ足を止めた。


「愚かな犠牲者の一人だ……大切にしてやれ」

「わかっています」

「ならいい」

「失礼します」


 振り返ることなく、神琉はその場を後にした。扉を閉めると、深く息を付く。

 愚かな犠牲者。人間の国では、こういうことはよくあるものだ。権力者は己の保身のために、平気で相手を傷つける。神琉は、己の拳を握り力を籠めた。

 無駄な争いは好まないが、今回ばかりは神琉も怒りを覚えていた。もとより人間側が仕掛けてきたもの。不利になると友好条約を結ぼうと和平の交渉を持ち掛けたと思えば、それさえも真摯ではなかった。


「……下種が」


 低い声色。普段なら絶対に言わない言葉だ。その時、藍色のはずの神琉の瞳は蒼く輝きを放っていた。








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