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レヴァールの華  作者: 紫音
偽者編

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22/52

本当の名前

 

 燕からの視線に耐えられず、フィオナは俯いた。

 人間の国との交渉は決裂した。膝の上に置いた手を握り締める。そうしないと、涙が溢れてしまいそうだったからだ。もしバレればフィオナの家族に害が及ぶ。そう告げられていたからだ。両親、兄、弟妹。顔は直ぐに思い浮かぶ。


(……お父さん、お母さん……)


 決裂した今、残る問題は偽りの姫であるフィオナだと、燕は言った。悪いようにしないと伝えられても、身構えてしまうのは仕方ないだろう。じっと、耐えるようにしていると、再び燕からため息が聞こえてきた。


「そう身構えなくても……っと、そうもいかないか。全く……」

「……」


 その時だった。ガチャリと扉が開いたのだ。フィオナは恐る恐る顔を上げて、扉の方を見る。


「あ……」

「神琉? 予想より早かったな」


 神琉だった。いつもとは違い、きっちりとした服に身を包んでいるが、所々に汚れが付いていた。


「……あぁ。ご苦労だったな、燕」

「指示通りにしただけだ。瑠衣は?」

「あちらの客人の相手をしてもらっている。お前もいけ」

「彼女はどうする?」

「連れていけ。傷一つつけるな」

「御意……じゃ、行こう」


 指示されて燕はアンリを引っ張って行った。アンリ自身は、困惑してひたすらフィオナと燕を何度も見ておどおどしながら、部屋を出ていく。

 バタンと扉が閉まると、部屋には二人だけとなる。

 神琉は上着を脱ぐと、近くにある椅子へとかけた。気が動転していて気が付かなかったが、ここは神琉の部屋だ。この間まで話をしていた場所だった。


「話は聞いたか?」

「っ……は、い」


 フィオナの目の前に神琉が座る。その顔を見るのが怖くて、つい俯いてしまう。


「俺が占領してきたのは、人間の村。無抵抗の人間相手に怪我など負わせない。安心しろ」

「えっ?」


 安心。何故、フィオナが安心するのだろう。思いがけない言葉に、フィオナはつい頭をあげてしまった。意味がわからない。

 神琉は一体何の話をしているというのか。


「……リンゲージ」

「っ⁉」

「俺が攻めいったのはそこだ。父の命令でな」

「あ…………」


 リンゲージ。それは、紛れもなくフィオナの生まれ故郷の村の名前だった。絶望が襲ってくると同時に、神琉の言葉の意味を理解する。


「ち、父は! 母は、無事何ですか? 兄は――」

「安心しろと言った。皆、無事だ。死なれては困るからな」

「良かった……? えっ?」


 安堵したのも束の間。死なれては困る。それはどういう意味なのか。全く表情を変えずに、神琉は口を開いた。


「お前の素性を知るには、生き証人が必要。だから人間らに殺されては困る。ならばと、あの愚かな王が気づく前に村を攻めた」

「私の、素性……」

「一応、本人から聞いておくか……お前の名前は?」

「そ、れは……」


 その口振りからすると、既に神琉は知っているのかもしれない。たが、フィオナの口から聞きたいということなのだろう。変わらない表情だが、じっとフィオナを見つめる視線が偽ることを許していない。


「わ、私は……私は、フィオナ、と申します」

「フィオナ、か」

「はい……リンゲージで生まれて、突然……城に来るように言われました。魔族へ嫁ぐように、と」

「断れば家族の身が危うくなるとでも、脅されたか?」


 コクリと首を縦に振った。フィオナ。その名を告げるだけで、仮面が剥がれていくようだった。


「……本当に、愚かな種族だな人間は」

「ご、ごめんなさい」

「お前には言っていない……」


 フィオナも人間なので、反射的に謝罪をしていた。対する神琉は、何度目かわからないため息をついていた。


「今日はこの部屋で過ごせ。まだ屋敷内も混乱している。お前に何かをするとは考えたくないが、明日が終わるまでは用心しておくにこしたことはない」

「明日、ですか……」


 何らかの処分が下されるのだろう。元々小さな村の出身というだけの人間だ。占領したということは、村に帰されるのか。それとも、別のところで働かされるのだろうか。

 気落ちしているのが目にもわかるようだったのか、またまた大きなため息が聞こえた。


「……お前、明日が何の日かわかっているだろう?」

「えっ……」


 眉を寄せて怒っているような居間までより低い声。それはあまり、聞いたことのない声色だった。


「明日は、婚約式だ」

「明日……でも、私は――」

「お前は人間の王族の傍系に当たることがわかっている。その容姿が何よりの証拠だ。お前の家族から確認が取れている。だから……俺の正妻はお前だ、フィオナ。それは変わらない」


 フィオナ。神琉がそう呼ぶ。思わず涙が溢れてしまった。決して呼ばれることがないと思っていた名前だ。呼んでくれるとは思わなかった。


「わ、たし……かんるさま、わたしっな、まえ、うれしくて」


 二度とないと思っていたことが嬉しくて涙が溢れるのを止められなかった。名前を呼んでくれたことが嬉しいと、伝えたくとも言葉にならなかった。

 加えて家族の無事もわかった。偽りの姫だということがバレれたとわかったときに諦めていたのに。何もかもがフィオナにとって都合が良すぎることばかりだった。これならば、もし明日、命を落とすことになったとしても後悔はしない。

 嬉しさで、胸がいっぱいで、それ以外は考えられなかった。




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