瑠衣の報告書
連続投稿失礼します。こちらは神琉視点です。
「神琉、瑠衣からの報告だ。あのお姫さん、中々頑張り屋さんらしい」
「……」
燕から資料を受け取り、神琉はそれにさっと目を通す。瑠衣はエルウィンの教育係と同時に監視をしている。人間の国から来た者をそう簡単に信じるほどここはお人好しな場所ではない。
報告を見る限り、人間の国は魔族に対する偏った考え方がいまだに根強いようだ。そもそもあの人間の姫は、魔族の姿を人と同じだとは思っていなかったらしい。この国へ来て、人間と魔族の姿も生活もなんら変わらない。これまで考えていた姿と現実の違いが多すぎて困惑している。瑠衣は意図的に人間の国では印象操作を行っているのではと考えているらしい。恐らくそれは正しくもあり、間違ってもいるだろう。
知らないのだ。本当に。人間は魔族という存在を。姿を見せることが少ないということも原因の一つだろう。実際、人間の国にも魔族は存在している。だが想像とかけ離れた姿、人と変わらない姿であるために魔族だと認識されていないだけで。当初、この操作を行ったのは魔族と敵対していた頃の人間の王たちだろう。それをご丁寧にいつまでも信じているところは、愚かだとしかいいようがないが。逆に言えば、それだけ人間はその時代の王を信じているともいえる。魔族を恐れ迫害した王。その教えが根強いのなら、人間が魔族を受け入れないのも当然だ。
幸か不幸か、あの姫はその教育を受けていない。それはつまり、王族として当たり前の教養がないともいえる。やはりというか、あの姫には何かがあるということになる。皇王が定めた相手である以上、神琉は拒否をするつもりはないものの、このままではいずれあの姫は始末される。限りなく黒に近い灰色。魔族の中ではそう評されているのだから。
だが、瑠衣はあの姫を気に入りつつあるらしい。瑠衣はそれなりに戦闘力がある魔族。しかし姫は瑠衣に対して恐怖は感じていないという。そればかりか、憎しみなども一切ない。良くも悪くも素直な人間。それが姫という人間のようだ。
加えて人間の国からやってきたのしては、魔族に対して恐怖以外のものを感じていないというのも不思議だ。根底にある光の魔力がそうさせているのか。それとも、それがあの姫の本質だからなのか。それどころではないから気が付いていないだけなのか。この辺りは当人にしかわからないことだろう。
現在、姫は魔族の国について勉強中だ。知識量が多くないからこそ、得るモノは多い。姫なりに魔族の国を知ろうと努力している。人間というだけで判断するのではなく姫自身を見た時、その姿勢は評価できるものというのが瑠衣の総評だ。
「そうそう、あの姫さん、お前に興味があるらしいぜ? どうするよ?」
茶化すように燕が言う。興味があるのは当然だろう。何せ、自分の命を握っている相手だ。どうするも何もない。それに、もしあの姫がそうではない可能性が高い今、今後どうなるかはまだわからないのだ。だが、それは燕にはまだ知らせずともよい。神琉は何でもない風に装いながらぶっきらぼうに返す。
「……このままいけば、あの姫は俺の正妻ということになる。特に問題はないだろう?」
「そういうことを言っているんじゃないんだが……」
「人間の姫という立場上、俺を味方にする必要がある。俺と接触するのは悪い考えではない」
「興味を持たれて当然ってか……お前さぁ、その固い考え何とかしないと、お姫さんも打ち解けられねぇんじゃねぇの?」
燕は呆れたように息を吐いた。馬鹿にしているわけではなく、本当に呆れているのだということは神琉にもわかったが、それについて言及するつもりはない。考え方を変えろと言われても、今更無理な話だ。そもそも姫に興味など持っていない。否、今は持ってはならない言った方が正しい。
「……お前には関係ないだろ。大体、女なんてのは碌な奴がいない」
「それはお前が相手だからだ。公爵家の若様なんだから、お前に嫁ぎたかったんだろう。誰もが羨むレヴィンフィーアの妻だ。こぞって競うのは当然。となると、あのお姫さんも世の令嬢たちに色々言われるだろうな……神琉、守ってやれよ」
「社交の場に行けば俺がエスコートする。魔族の中に人間が一人だ。一人にするつもりはないから安心しろ」
「はいはい……俺と瑠衣は外からの護衛に専念しますよ、若様」
「何を怒っている?」
燕と神琉は幼馴染だ。プライベートでは敬称も付けずに気軽に話すほどには。その燕が敬称をつけて神琉を呼ぶのは、決まって神琉へ怒っている時だった。
「別に。せっかく婚約者ができたってのに、冷たい若様だなんて思っていませんよ」
「冷たい?」
「ったく世話の焼ける……社交に参加するにも今のお前が一緒なら、姫さんも気疲れするだろう!お前に付き合ってられるのは俺らくらいだよ、本当に」
妙にあの姫に肩入れする燕。そのことからあることに気づき、神琉は意外過ぎて目を見開いた。
「……燕、お前、あの姫が気に入ったのか?」
「……少なくとも、瑠衣からの報告書を見る限りは悪い奴には見えない。あっちも被害者って感じだしな。それに……他のどの貴族の令嬢より、マシだと思うぜ。これは瑠衣も同意見だ」
他の貴族の令嬢を比較に出され、神琉は一瞬想像してしまった。気位の高く、媚びを売り、自らの本心を隠した令嬢たち。神琉の前の表情と、それ以外の時の表情が違い過ぎることに驚いた。既に過去のことだが、それでも女性とはそういうものだと思わされていた。いつかは皇王、もしくは父により定められた相手を受け入れることになる覚悟はしていたが、それが人間だとは思いもしなかった。
魔族の相手として人間を迎えることは、辺境では少なくない。だが、貴族の中には純血を支持する者もおり、混血には居心地がよくなかった。だからこそ筆頭貴族である自分に仕える瑠衣や燕が、あの姫を神琉に合っているということが、神琉は意外でならない。
「仮にも人間だ……反発も未だあるだろう」
「そいつらは自分の娘をお前に娶ってほしかったから悔しいだけだろ?人間にも良い奴はいる。それを知っているのは他ならぬお前だ、神琉」
「……」
すべての人間が悪ではない。それを神琉は知っている。ずっと前から。あの姫は悪い奴ではない。それは何となくだが神琉にも気が付いていた。さほど話をしたわけではないが、神琉の護衛でもある瑠衣の言葉。加えて、そのような人物を神琉にあてがうはずもない。皇王の人を見る眼は確かなのだから。
「……姫を受け入れるかどうかは、姫を見てからだ」
「そうかよ。まっ、鈍いお前がどこまでできるのか楽しみだ」
本当に容赦のない幼馴染だ。神琉はぶっきらぼうに言った燕に対して苦笑するしかなかった。




