国の成り立ち
煉琉と神琉が席を立った後で、瑠衣に呼ばれてフィオナは別室へと通された。そこは一種の図書館のような場所で、広い部屋に本棚が沢山あり、中央にテーブルとイスが置かれてあった。促されるままイスへと腰掛けると、瑠衣はフィオナの目の前に同じく腰掛けた。
「エルウィン様、何か朝食の場でお話があったそうですね」
「はい・・・」
朝食の場であった話。婚約式と結婚式の日時、そして領地へ移動することなどを瑠衣にも話した。瑠衣はそれは聞いていなかったようで、少し考え込むように目を伏せた。それはさほど長い時間ではなかったが、ただ待つだけのフィオナには短いとも感じられない。
「神琉様は私にお命じになるでしょう。今ここに私がいるのも、その一つのようなものですから」
「瑠衣さんが、ですか?」
「婚約式までに必要なことは私も知っています。マナーなどは恐らく別の方が指導した方がいいでしょうが、それ以外は私の方が適任でしょうから」
「それは……どうして、でしょうか?」
「ここでエルウィン様に好感を抱いている者は多くありません。それは理解しておいてください」
要するに、瑠衣ならば少なくとも嫌悪しているわけではないから、ということなのだろうか。それを質問するには、フィオナもまだこの場所を知らなすぎる。言葉を飲み込み、フィオナは瑠衣が教えてくれる内容を頭に叩き込むことに専念した。
魔族の国の歴史。
それは人間の国で学んだものとは全く違っていた。人、という種族で括るなら、魔族にも人はいる。
遥か昔、人間と獣人族、妖精族、長耳族は隣人として暮らしていた。
しかしある日、人間が一人の長耳族を死に追いやったことからすべては変わってしまった。 長耳族は人間を嫌悪し、森に引きこもり交流を絶った。それに獣人族と、妖精族、が習い、人間は人間だけの国家を築くこととなる。人間だけの国。それも平和であったのは数十年だった。人とそれ以外の種族との混血という形で人間の中にも魔法を扱うものが現れ始めたためだ。剣技よりも鋭く、弓矢よりも早い魔法の力は、その力を持ちえない人に恐怖を与えた。混血児は異端とされ、迫害の対象となり、国から逃げるようになったという。人間の国は広い。安穏とした暮らしをすることはできない。できないのであれば、勝ち取ればいい。そうして立ち上がったのが、魔族の国シュバルツの祖と言われている。
人間以外を認めない国が今の人間国の祖。シュバルツは力がすべての国。種族の差別はさほどない。だが、人間国に対しては長年の恨みがある。それが相容れない理由の一つらしい。
魔族という定義は、魔の力を持つ一族。強いて言うならば、人間以外のすべてである。獣人族、、妖精族、長耳族も魔族の定義内だ。実際、ここシュバルツの貴族の中には長耳族や他の種族の者もいるらしい。
この成り立ちを聞いただけでも、フィオナの知っていることとはまるで違っていた。
「大丈夫ですか?」
「はい……ちょっと戸惑っただけですから」
「そうですか……一息入れましょう。お茶を準備しますね」
瑠衣は席を立つと用意してあったティーセットに手を当てる。不思議そうに眺めるがそれを気にする風でもなく、瑠衣は準備を進めた。
ほどなく、湯気を立てた紅茶がフィオナの前に差し出された。ここに来るときに準備されていたのだから、温かいはずはない。けれど、目の前の紅茶は間違いなく熱いのだろう。
「不思議、ですか?」
「え⁉・ はい……その何が?」
「魔法、です。少々ずるにはなりますが、火の応用ですね」
「これが、魔法……」
何が起きたのかは全く分からなかった。そもそもフィオナが魔法をみるのは、これが二回目。こちらに来た時のあれも魔法なのだろうが、何がどうなったのか不思議で仕方なかった。そんなフィオナの様子に瑠衣はクスリと笑う。
「私の魔法はあまり生活に特化していませんのでお見せできるかはわかりませんが、この国にいれば魔法はいつでも見ることができると思います」
「そう、ですか?」
「はい……いずれ神琉様の魔法もお目にかかれるでしょう」
「神琉様も魔法を使うのですか?」
「神琉様はこの国でも特に優秀な方です。魔法についても私たちはその足元にも及びません。優秀すぎる、ということも言えますけど……」
「瑠衣さん?」
最後は小さく呟いたようだったが、フィオナには聴こえていない。瑠衣は、ゴホンと咳払いをして再び席に座った。
「それと婚約式についてですが、通例と同じようなことをするかはわかりません」
「え? どういうことですか?」
「貴方様が人間であることを考慮するなら、血承の儀式は早めにすべきと考えるのが普通です。ましてや神琉様がお相手なのですから。ですから、その内容については確認したのちにお教えします」
「そうですか。わかりました」




