朝食の時間
朝食は大きなテーブルに食事が3人分あった。煉琉と神琉と、フィオナのものだ。現在、ここの屋敷には他の家族はおらず、領地の方にいるらしい。
広いテーブルの上座、いわゆるお誕生日席には煉琉。その左隣に神琉、その向かい側にフィオナの順で席に着いた。軽く挨拶は交わしたが、それ以外の会話はない。運ばれてくる豪華すぎる朝食に、フィオナは気後れしながら手を付けた。王宮でエルウィンとして教育されていた時でもマナーの訓練はした。大丈夫だとは思っていても緊張するのは否めない。美味しいはずの朝食なのだろうが、フィオナには緊張で味がわからなかった。
ようやく朝食が終わり、食後の紅茶が運ばれてきた。フィオナもやっと一息をつくことができる。
「エルウィン嬢」
「は、はい」
突然、煉琉がフィオナに視線を向け声を掛けてきた。心構えも何もしていなかったため声がわずかに上ずってしまったのは仕方ないだろう。そんなフィオナの様子には気を留めることもなく、煉琉は話を続けた。
「昨夜はゆっくり眠れたかな?」
「はい。お心遣いありがとうございます」
「そうか。今日からのことなのだが……神琉も聞け」
言葉の途中で神琉へも顔を向け、話を聞けと促す。どうやら二人に関係のある話のようだ。神琉は答えるわけでもなく、ただ紅茶に手を伸ばしていた。
「はぁ……まぁいい。エルウィン嬢、貴方はこれより我が家へ嫁ぐため色々と覚えてもらわなければならないことがある」
「承知しております」
魔族のことすらわかっていないのだから、教育以前の問題だとは思うが、ここでは口にしない。後ほど瑠衣から教えてもらうことが決まっている。あえて言う必要もないだろうし、言ったところで不敬を買うだけだろう。
「婚約式はひと月後、式はその一年後と決まった。婚約式後は、エルウィン嬢にも領地へと移動してもらう。そこで生活に慣れながら、花嫁修業をやってもらうことになるだろう」
「……ひと月も皇都にいる必要がどこにあるのですか?」
口を挟んだのは神琉だ。フィオナにはただ従うことしかできないのだから異論など挟めるはずもない。
「お前がここにいるのだから、一緒にいるのがよいだろう?」
「俺にも都合があるのですが……」
「婚約式が終われば、お前は半年以内には爵位を得ることになる。名実ともに、だ。フィーアとしての自覚を持ってもらうためにも、すべきことがある。わかっているだろう?」
「……一応聞いておきますが、俺はまだ成人していません」
「それがどうした?既に力を見せているのだ。多少早まったところで問題はない。それにこれは皇王の決定によるもの。反論は認めない」
「……」
皇王の決定。それを言われてしまえば文句は言えないのだろう。神琉は目を閉じて、それ以上は何も言わなかった。
「さて話が変わってしまったが、ここにいる間は神琉に教育を任せる。教育係もそれに従ってくれ。花嫁修業は、想像しているかもしれないが私の妻が行う」
「はい、わかりました。宜しくお願い致します」
煉琉の妻、公爵夫人。要するに神琉の母親ということだろう。フィオナにとって義理の母となる人物。 その前に婚約式。結婚式は一年後。
気になることは沢山あるが、示された役割に対して仕事が明確になったのかもしれない。時期がわかったのだから。それでもこれからすべきことに不安があるのだけは変わらない。魔族に嫁ぐ日。その第一段階がひと月後に迫っているということだけは確か。その日が、フィオナの命運を分ける日になるだろう。
「神琉様、今日から宜しくお願いします」
フィオナは立ち上がり、神琉に告げた。その藍色の瞳がフィオナの姿を映すと、神琉はため息を吐き仕方なさそうに立ち上がった。
「……こちらこそ、な」




