プロローグ
プロローグ~
「なんだとっ⁉ 娘を寄こせと言うのかっ⁉」
「はい……そうでなければ和平には応じない、と」
「ぐっ……」
玉座に座る男、人間族をまとめる国王ヘルムート=グラコスは拳を固く握りしめた。
国王には娘が二人いるが、一人は既に臣下に嫁がせており残りは一人しかいない。17歳を過ぎても尚婚約者すらいなかった。その名をエルウィン=グラコスという。
それは父である国王が溺愛するが故、よりよい家柄の元へ嫁がせようとしているからだ。
今回はそれが裏目に出た。
魔族の国、シュバルツ。
長年国境沿いで争いが絶えなかったが、ここ最近はそれが悪化するばかりであった。
人間よりも長命であり、人間を凌駕する力を持っている魔族との闘いは、誰が見ても人間が勝てる相手ではない。
そんな中でこぎつけた和平交渉。
突っぱねれば、再び闘いになる。闘いをするにも準備ができていない今の状態では勝機は全くと言ってない。
ヘルムートは決断を迫られていた。
「陛下……」
「何だっ⁉」
「……魔族に姫様を差し出す必要はありませんよ」
宰相を務める男、キール=カバルケード公爵が進言するがそれは和平交渉をしないと同義。
ヘルムートは眉をひそめた。
「何を言うかっ‼ 和平をしなければ、我が国は魔族に奪われてしまうのだぞ!」
「和平交渉をしないわけではありません」
「……どういうことだ?」
和平をする条件を呑まなければ交渉することもできない。力は圧倒的にこちらが不利なのだ。
だが、このカバルケードは知略に長けた宰相。ヘルムートは先を促す。
「身代わりを差し出せばよろしいのです」
「身代わり、だと? あちらは姫の容姿を知っているのだっ⁉ そんな愚策が通用すると思うのかっ?」
「容姿、だけでございます。会話は勿論しておりませんので、姫様のことは容姿以外何もご存じありません」
「……容姿さえ似ていればごまかせる、と申すのか?」
「その通りでございます」
カバルケードの言うことは最もだ。
ただでさえ、エルウィンは王宮からはほとんど出たことがない。容姿は知っていたとしてもそれ以外は知る由もないだろう。
だが、エルウィンの容姿は人間としては整っており、王族の特徴をよく受け継いでいた。
代々王族は金髪碧眼がほとんどだが、エルウィンはその中でも王族にしかないと言われる紫の瞳をしている。
それと似ている容姿など、王族以外で見つかるとはとても思えなかった。
「……カバルケードよ。エルウィンと似た容姿など無理だ。あやつは王族の色彩を色濃く継いでいる。それこそ王族以外では無理な色を……代わりなど見つかるわけがない」
「それがいるのです、陛下」
「なっ⁉ 馬鹿なことを言うな! 紫の瞳は王族のみが宿すことのできる高貴なる色だ! 代わりなどいるわけがない‼」
「落ち着いてください陛下。勿論、姫様ほどの色ではありません。ですがあれば薄くとも紫に近い色、姫様であるとごまかすことも可能でしょう」
「……それは本当なのだろうな」
カバルケードの言うことは信じることはできない。
だが、娘を魔族に差し出すなどできるはずもないのだ。ヘルムートは決断を下した。
「本当ならば、連れてくるのだ。この目で確かめてやる」
「御意に」