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一話~出会い7‐②~

「あ、そういえば、ダリア君、知ってる?」

 不意に、フローラがこちらに話を振ってきた。項辺りで纏められた肩までの曲毛が、彼女の動きに合わせて、ふわりと揺れる。その拍子に、仄かな良い香りを感じた気がしてドキリとしてしまった。

「え? 何を?」

 泳ぐ視線を誤魔化すように、オレは問い返した。

「近隣の村を荒らしてた山賊が捕まったんですって。それも、また変わった捕まり方をしてたみたいよ」

「へぇ、そうなんだ」

 今度は別の意味で視線が泳いだ。

 小さな町では、情報があっという間に広まる。オレは毎回惚けていた。オレに依頼をしてくる知人も、決して他言しないと約束している。

「もしかすると、神様がお仕置きしてくれたのかも」

「そうかもしれないね」

 神はいる。でも、人間の味方ではない。神はただ存在しているだけだということを、大半の人々は知らない。

 でも、オレは「悪いことはできないってことだよな」と、フローラに合わせた。

「そうよね。あ、ごめんね。話してばっかで。もうちょっと待ってて」

 フェリーを十分撫でたフローラはそう言って、キッチンになっている奥へと消えた。キッチンでは、彼女の父親のゲルが、都で鍛えた料理の腕を振っている。何でも十数年前までは、領主お抱えの料理人だったらしい。が、厳しく頑固で、一見無愛想なゲルは、若い料理人達から疎まれて、最終的に追い出されてしまったようだ。これは、すべて本人の口からではなく、娘のフローラから聞いた。フローラにとって、どんなに厳しく頑固で、ぶっきら棒な父親でも、心から尊敬する人物なのだろう。それは、オレも分かる気がする。父親とは、そういう大きな存在だった。

「マスターって、不器用」

「え?」

 突然、隣から言われて、オレは我に返った。

「不器用ってどういう意味だよ?」

「そのまんま。恋はもっと積極的にいかなきゃ」

「べっ、別に恋じゃ……」

 思わずいつも通り話してしまい、オレは慌てて口を閉ざした。フェリーの声はオレだけが聞こえる特別なものだということを、たまに忘れてしまう。

 しかし、フェリーはそんなことお構いなしに、話しかけてくる。

「憧れで誤魔化してたら、フローラは一生マスターの手に入らないわよ。奪いにいくくらいの気持ちでいないと。恋は甘くないわ」

「だっ、だから……」

 そこでまたぐっと堪えた。反論できないことが歯痒い。

 オレが何も言い返さないことをいいことに、フェリーの恋への熱弁は続いた。

「いい? マスター。恋は、男と女の真剣勝負よ。マスターが今までどんな恋をしてきたのかは知らないけど……まあ、その気になれば、記憶を覗けちゃうんだけど、今までの経験は一旦……」

「ちょっと待て」

 反論しないつもりでいたが、ある言葉にかなり引っかかりを覚えてしまった。眉を潜めるオレに、フェリーは少しだけ「しまった」という顔をした。

「記憶を覗ける?」

「あ、言ってなかったっけ?」

 フェリーはさらりと流すつもりだったようで、しかし問いにもあっさりとしたものだった。

「あたしと、っていうか、悪魔と契約するってこういうことよ」

「どういうことだよ?」

「理解力ないわねぇ」

「ちゃんと説明しろ!」

「マスターの心は、あたしと繋がってるってこと」

「え?」

 驚くオレに、フェリーは「ほんとに知らないの?」と呆れた。

「勉強してたんじゃないの?」

「し、してるけど、召喚するための勉強で、召喚した後のことは知らなかった……」

「マスター、さっき悪魔全員と契約するって言ってけど、その分、マスターの心ん中は駄々漏れだかんね」

「そっ……」

 言いかけた時、背後でがたりと椅子が鳴った。

 忘れていた。もうひとり、客がいた。傍から見たら、オレは大声で独り言を言う変人だ。

 恐る恐る後ろを振り返れば、男はドアノブに手をかけていた。フードのせいで横顔すら見えない。カランカランと備え付けてある鐘が鳴る。不審な目で見られるのではないかと冷や冷やしていたオレは、ホッとした。

 だが、キッチンから飛び出してきたゲルに、またビクッとした。

「ど、どうかした?」

「食い逃げだ」

 オレが尋ねると、ゲルは鋭い目付きで答えた。

「え?」

「きな臭い野郎だと思ったんだ」

 そう言って店を飛び出しそうになるゲルを、フローラが慌てて止めた。

「やっ、やめて! 父さん! 追いかけて、何かされたらどうするの!」

「食い逃げは許さん!」

「そっ、そうだけど……ダリア君も手伝って!」

 父親の力に振り回されるフローラに助けを求められたら、手を貸さないわけにはいかない。

「ゲルさん、落ち着いて!」

「ダリア、おまえまで食い逃げ野郎の肩を持つ気か!」

「違いますよ!」

「ダリア君も父さんの身を心配してるの!」

「まだ何にもされとらんだろ!」

「何かされるかもしれないじゃないですか!」

「若いもんには負けん! 現におまえ達ふたりも、おら! この通りだ!」

「わっ」

「きゃっ」

 ゲルの太い両腕にしがみ付いていたオレ達は、軽々と持ち上げられてしまった。

「どんなもんだ!」

「趣旨が逸れてきてるわね」

 席でひとり高みの見物をしているフェリーが、冷静に言った。

「おまえがちっせぇ頃は、よくこうして遊んでやってたな、フローラ」

「そういうこと言ってるんじゃないわ! 今は食い逃げを……」

「あ! そうだった! 食い逃げ野郎!」

「なっ、なんで話を戻すんだよ、フローラ!」

「ごっ、ごめん!」

 結局、食い逃げ犯の食事代をオレが払うという理不尽な提案で事は収まった。が、オレの懐と腹は、収まる物すらなくなってしまったのだった。

 こんな理不尽な世の中、魔王になって絶対に変えてやるー!

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