三話~呪いの書と悪魔と女神の怒り1~
古書堂カフカの一日は、正直――
「幸せだぁ」
「暇の間違いじゃない?」
カウンターで新しく入ってきた魔導書のみならず、各地の伝承や物語、レアな古書を読み漁り、緩む頬で呟いたオレに、フェリーが大欠伸をしながら答えた。彼女の定位置は、カウンターの後ろにある棚の上に備えられた小さな寝床だ。ここの店主であるアルベルト・ガリヴァーがわざわざ作ってくれた。
「いいじゃないですか、フェリーさん。こういったお時間も大切ですよね? マスターさん」
青い小鳥がオレの肩に留まった。これが、不幸の女神ミセリアの借りの姿だ。
幸福の悪魔フェリーキタースと、不幸の女神ミセリア。
正反対の存在が、オレの魔王になりたいという心に応え、今ここにいる。
そして、オレがここにいるのは、店主のアルが大怪我をしたからだった。しかも、オレのせいで……
だから、オレはお詫びとして、アルが回復するまで店番を買って出た。
今ではその罪悪感よりも、本を読める幸せに浸ってしまっているオレである。
「魔王になる人間が、こんな冴えない古書店で店番ねぇ。ま、お似合いだけど」
フェリーの金色の瞳が笑う。
「……嫌味か?」
「そう聞こえたんなら、どうぞそのままお受け取りくださいませ、マスター様」
フェリーは慇懃にぺこりと頭を下げ、また大きく欠伸をした。
ムッとしたが、彼女の欠伸にオレの苛立ちは呑み込まれていった。
平和――そんな気がした。
ガチャリ、と店のドアが開く。中年の、どこにでもいるような顔の男だった。
「あっ、いらっしゃ……」
「こっ、これを……この本をもらってくれ……!」
入ってきたかと思えば、男はカウンターに真っ黒い書をバンッと置いた。挙動不審なその態度に、オレも戸惑ってしまう。
それに、この真っ黒い書――異様な気を漂わせている。
明らかに絶対関わってはいけない物だ!
「いやっ、今店主がいないんで、オレには……」
「金はいらんっ……と、とにかくもらってくれ! じゃ、じゃあ」
「まっ……」
男を引き留めようとしたが、あっという間に彼はその場から立ち去った。
残されたのは、真っ黒い書物と異様な空気。
オレは、ゆっくりと視線をカウンターの上に戻す。
「あぁあ。まぁた厄介な物を」
「呪いの書、ですね。しかも、かなり強力な」
赤い猫と青い小鳥がさらりと言った。
「ど、………………どぉしよぉ⁉」
オレの叫び声に、さっきまでの平和は吹き飛ばされてしまった。




