二話~悪魔の天敵?14終~
朝はいつだって無情にやってくる。いや、それがいいのかもしれない。
朝が来ない人もいるのだから。
オレは、古書堂カフカの店主アルベルト・ガリヴァーことアルの母屋で、忙しく動く街の人々を窓から眺めながら思った。横では、包帯を体中に巻いたアルが眠っている。寝息がさっきよりも安定していることに、安堵していた。
が、オレの罪が軽くなるわけではない。
「……ごめん」
「なに、謝ってんだ……?」
思わず呟くオレに、答える声があった。
「アル……!」
振り向けば、アルが薄っすらと目を開けていた。
「傷、痛むか? あっ、水を持ってくる! あと何か……」
「ごちゃごちゃ言わなくて、いい……ちょ、と、手伝ってくれ」
「えっ、あ……まだ起き上がったら……」
「いいから手伝え」
起き上がろうとするアルに、オレは慌てて手を貸した。
安定していた息遣いが、また荒くなっている。オレは心配に押し潰されそうだった。
「ごめん……アル」
「だから、何に謝ってんだ? おまえは」
オレの頭に、大きな手が乗せられた。
温かさが懐かしい。
父さん……
視界が歪んだ。
オレは急いで手の甲で目を擦った。
「オレ、水取ってくる……!」
部屋から出て、ドアを閉めると、オレの足は情けないことに震えていた。その場にがくりと蹲る。
膝を抱えるなんて、何年ぶりだ。もうしないと思っていたのに。
失う怖さを、また味わうことになるとは思わなかった。
「情けない」
「ッ……ぐっ……」
いつの間にか、赤い猫が目の前にいた。
「泣く時があってもいいと思いますよ、私は」
ぱさりと青い小鳥がオレの肩に止まる。
「ミセリア……」
昨夜召喚した不幸の女神ミセリアも、フェリーと同じく普段は仮の姿である青い小鳥でオレの近くにいるようだ。声も、オレにしか聞こえない。
「我慢しても、良いことはありませんから」
優しい声音に、オレの視界はますます揺れた。
「もう、ミセリア、甘やかさない。マスター、魔王になるんでしょ? そんな精神力でどうすんのよ?」
「うっ」
「悔しかったんじゃないの? 言いたい放題言われたさ。あたし達のマスターなら、ビシッとしなさいよね」
「フェリーさん、あんまりマスターさんをいじめないで」
「優しさだけが良いとも限らない。今マスターに必要なのは、自分の力で立つことよ」
フェリーの言葉が突き刺さる。抱えた自分の膝が今のオレの世界のようだった。
オレの情けない顔を、赤い猫の金色の瞳が見据えている。
「狭い世界にいたいなら、別にいいけど」
「……いや」
オレは、膝を抱えていた腕を解き、両手足に力を入れた。ゆっくりと立ち上がれば、もう震えは治まっていた。
「ありがと、フェリー、ミセリア」
もう片方の肩に、乗ってきた者がいた。
「もちろん、テウも。ありがとう」
それに、テウが嬉しそうにオレの頬に自分の頬っぺたを擦り寄せてきた。
「こんなに精霊に好かれる方をはじめて見ました」
ミセリアが言った。
「あんたみたいに、ドジばっかしてる女神を、あたしははじめて見たわよ」
「ちょっ……フェリーさん、それは言わないで!」
青い小鳥が恥ずかしそうに翼で顔を隠した。
「ごめん、オレも少し知ってる」
「なっ……どうしてですか?」
慌てるミセリアに、フェリーが大きな溜息を吐いた。
「人間の口に戸は立てられないみたいね」
「そっ、そんなぁ……私のイメージがぁ……」
もう手遅れだと思う。
オレの頬は自然と緩んでいた。
もう大丈夫。もう目的を忘れない。
「オレは、魔王になる。幸福の悪魔フェリーキタースと不幸の女神ミセリアを召喚した者として」
オレの宣言に、フェリーがにやりと悪い顔で笑った。
「そうこなくっちゃ」
「わ、私、そんな悪いこと……って! 不幸の女神ってどういうことですか!」
「今さらぁ?」
ミセリアの悲鳴に、フェリーが呆れた。オレとテウは、笑っていた。
アルが、首を傾げながら、ふらふらと部屋から出てきた。オレは急いで彼を支える。
ひと時だけ、父さんといるような感覚がした。
オレは忘れない。忘れてはいけない。
いつも通りの朝がこないこともある、と。
オレは、アルの姿を見て、あっという間に姿を消した幸福の悪魔と不幸の女神、地の精霊と歩むことを固く誓ったのだった。




