二話~悪魔の天敵?11~
アルをまた丁寧に寝かせたオレが、ゆっくりと立ち上がる。
絶対許さない。これ以上、大切なひとを――
「頭冷やせ! バカマスター!」
「ぃいッ……!」
後頭部を力いっぱい叩かれ、オレの視界に星が飛ぶ。ついでに意識も飛びそうになるが、それは留めた。いや、襟元をぐいっと後ろに引っ張られ、強制的に保たせられたと言った方がいい。
オレは、ギロッと後ろを睨んだ。
「……っんすんだ! フェリー!」
「あなたが望めば、あたしはこの世界を滅ぼす。目の前の男も、殺してあげるわ」
「ッ……」
「それでもよければ、望みなさい。本能のままに、命じればいい、マスター」
冷淡だが、諫める声音と美しい金色の炎のような瞳は、オレのヒートアップした思考を一気に冷却させる。一呼吸おいて、オレは首を横に振った。
「あんがと、フェリー。もう大丈夫」
落ち着いて、男と対峙する。
「おまえは、誰だ?」
逆光になっていても、男の口端が釣り上るのが分かった。
「名乗るなら、急に襲わないだろう?」
「それもそうか」
以前戦った男を思い出した。
目的も、恐らく同じだろう。
「渡さない。おまえのような奴には絶対にな」
「交渉決裂。仕方ない」
黒い風が唸り出す。
「君のせいで、この街は今日で地図から、消える」
「させるか!」
オレは意識を風に向ける。
「ほお? 俺と風で対決か?」
黒い風が店の中の書物を巻き上げた。相当重い本棚がガタガタと鳴り、石壁も軋んでいるような不穏さがあった。
このままでは、アルが危ない。街にもかなりの被害がある。
本当にこれ以上は――
「……させない。もう誰も傷つけさせない。風の精霊よ、頼む。応えてくれ」
が、オレの術では、謎の男についた風の精を引き剥がすのは無理だった。前、オレに術で競り負けたことも根に持っているらしい。
「まだまだ半人前のようだな」
ガタンガタンと本棚が倒れていく。驚いて、集中力が切れてしまった。
「もう、ほんと甘ちゃん」
ばさりと赤い翼が、オレの視界を守った。
「ここ、窮屈だったのよね。礼を言うわ」
本棚が倒れたことで、フェリーが翼を広げられたようだ。
「あたしの感謝の気持ち、しっかり受け取りなさいね」
「なっ……!」
「うわっ!」
黒い風を薙ぎ払う赤い突風。ついでに吹っ飛ぶオレ。
「吹っ飛んでる暇ないわよ、マスター!」
「どわっ」
首根っこを掴まれ、身体が完全に浮く。
気づけば、外に飛び出していた。満天の空が近い。
「飛ぶわよ!」
「もう飛んでるぅ!」
オレは叫んでいた。
前方に黒い旋風が逃げていた。男は風の精を味方につけ、空をも飛べるのだろう。それだけ強い術者ということだ。
眼下では、家々から立ち上る火が上空を行くオレを責めているようだった。目を逸らしたい。でも、この惨劇は確かにオレのせいだ。
アルも、オレがカフカに立ち寄らなければ、もしかしたら。
「もし、なんてない。この先も、マスターが『今』選択したことしか起こらないわ」
「分かってる! 分かってるけどさ、……ごめん……アル……ごめん」
「マスターのせいじゃない」
「でもっ」
「悪いのは、あたし。幸福という災厄の悪魔のせいよ」
「なら、なおさらマスターのオレが責任を負う。フェリーのせいじゃない」
至極当然のことを言ったはずだが、くすりと笑い声が聞こえる。
「なっ……なんで笑うんだよ?」
「ありがとう」
「……え? えぇ!」
今一瞬穏やかに礼を言われた気がした。が、急激に傾いた身体に、思考も回転しそうだった。
「降りるわよ!」
「だからぁ! 降りる前に言ってぇ……のぉ!」
飛び立つ時よりも身体の中身がぞわっとする。気持ち悪い。落ちる恐怖に全身が震え上がっていた。
「はい、とぉちゃく」
「『とぉちゃく』、じゃねぇよ!」
産まれたての子鹿のように膝をガクガクさせているオレに、フェリーは呆れ顔だった。
「もうちょっとカッコイイとこ見せてよね」
「誰のせいでこうなったと思って……」
「来るわよ!」
「どわぁ!」
間髪入れずとは、まさにこのこと。
オレの横を黒い旋風が通る。地面が抉られていく。砂埃が舞った。
「しっ、視界が……」
「目に頼らない。術者の気の流れを読むのよ!」
「わっ、分かった!」
「素直でよろしい」
これほどの術を使う者だ。魔力の流れはダダ漏れのはず。
オレは、黒い刃となる風を、不格好にも避けながら、術者の方へと攻撃をしようと試みる。
「きっ、木の精霊よ、我がことだぁ……はわぁ!」
「そんな言霊ないでしょ!」
「ぺっ! おえぇ……! 口開けてたら、砂がぁ……」
喋る度に、口の中がじゃりじゃり音を立てて、気分が悪い。
「我慢する!」
「あぁ! くそっ!」
その間にも、辺りは強大な黒い風に凪ぎ倒れされ、時に抉られていく。その後は、見るも無残な光景が広がるだけだった。
街中から移動してよかったと心底思う。
「戦い慣れしていない内に始末しておいた方が良さそうだ」
物騒な言葉が風の奥から聞こえた。
「……なぜ、こんな半人前に『悪魔召喚の書』が……」
やはり、それが目的か。
フェリーの金色の瞳が、ぎらりと光る。
「彼が半人前なら、あんたは半分もなってないわ」
「言ってくれな、幸福の悪魔フェリーキタース」
フェリーの挑発も、術者は動じない。
「半人前以下の人間に従う屈辱を味あわせてやる」
「残念。あたしは、あたしが従いたい者ににしか従わない」
フェリーは「だから」と続ける。
「あんたには絶対に従わないわ」
言葉の応戦に、オレは置いていかれていた。
「ちょっと、マスターもぼぉっとしてないで!」
「どえぇ!」
ぽかんとしていると、また黒い風に襲われた。巻き上がる砂埃と一緒に、オレの身体も浮き上がる。
「フェリイィィー!」
「何してんのよぉ」
オレの悲鳴に、緊張感のないフェリーの声が下から聞こえた。彼女に抱き抱えてもらっている時よりも気持ち悪い。
「げえぇ……」
胃の中がシャッフルされている。込み上げる酸っぱい何かを飲み込む。砂埃と一緒になってすごく不味い。
「うっ……げぇ!」
地面が近づいてくる。荒れ狂っていた風が、オレの身体だけ空中に置き去りにする。
「しっ……」
恐怖を感じる前に、どんどん近づいてくる地面。激突は免れない。
「……え?」
確かに、地面に落ちた。が、ふわっと身体が跳ねた。
「ん? えっ? ぃでっ!」
何回か身体が跳ねた後、尻餅をついた。痛みはそれだけだった。
どうなっているのかと思って周りを見渡せば、地面からひょこりとテウが顔を出す。どうやら、土の精霊であるテウが、仲間と共に地面を柔らかくしてくれたようだ。
「テウ達が助けてくれたんだな! ありがと! 助かったぜ!」
オレが立ち上がれば、テウは嬉しそうにぴょこぴょこと周りを跳ね回った。
「またテウに助けられたのね」
赤い翼を広げたフェリーがオレの横に降り立った。
「……それにしても、丁度嫌なとこに」
「へ?」
フェリーが落胆に近い表情で、ある一点を見詰めた。
敵かと思い、オレもその方向を見れば――
「あ……あれは……」
夢で見た教会が、オレの目の前で静かに聳えていた。




