一話~出会い2~
『その声……あたしを呼ぶ、あなたの声は――』
オレは、大きく目を見開いていた。空になった薬瓶が、こちらに向かってころころと床を転がる音が、浅くなったオレの呼吸に重なる。
「ふぁあ……よぉく寝たぁ」
声がする。
まさか……成功、したのか? これ。
九十九日かけて描いた魔法陣の上に立ち込める靄の向こうで、赤く煌めく小さな影が鮮明になっていく。喜びと不安が波のように押し寄せて、鼓動が速まる。
靄が晴れる。そこに、望んでいた者がいる。
「……え?」
人は心底驚いたら、言葉が出ないのだと実感した。
オレの飛び出さんばかりの目玉を、煙が完全に引いたそこで伸びをしたそれは、円らな金色の瞳で見返してくる。
「うぅん……あっ、ヤダ……! いるならいるって言いなさいよね」
声からして女の子なことに、オレはまた口をあんぐりと開けた。しかも、かなり気が強いようだ。何か言おうと思ったけど、やっぱり言葉にならなくて、オレの下顎は上下するだけだった。
これは、失敗……か?
「そんなにジロジロ見ないでよ?」
あまりに何も言わないオレに焦れたのか、それは金色の双眸を不機嫌そうに眇めた。
オレは慌てて「ごっ、ごめん……」と謝って、視線を外す。が、ちらりと横目には捉えていた。
その姿は――まるで宝石のような金色の瞳に、艶やかな深紅の毛並み。細く長い尻尾の先が忙しなく揺れ、尖った耳は居心地が悪そうにぴくぴくと動いている。それは、いや、声は女の子だから彼女は、間違いなく真っ赤な猫だった。
「で?」
「え?」
問われてオレは問い返す。と、また棘のある声音で「だから」と彼女は続けた。
「名前よ、あんたの名前」
「あ、……えっと」
「えっと、って名前なの?」
「ちっ、違うよ!」
「さっさと応える。で、さっさと契約しちゃいましょ」
「契約って……じゃあ、じゃあ! やっぱりキミは……!」
成功した。オレはついに――
「名乗る気ないなら帰るわ」
感極まるオレに同調することなく、ぷいっとそっぽを向いた彼女は、立ち上がり、すたすたと扉に向かい出した。
「えっ! あっ、ちょっ……ちょっと待っ……はわっ!」
大慌てで引き留めようとしたオレは、一歩踏み出した途端、なぜか天井に星を見た。そこで意識は途絶えた。