二話~悪魔の天敵?3~
太陽が天辺に昇る少し前に、オレの腹の虫が鳴き始める。
「そろそろ?」
「うぅんっ……そうだな」
体力をつける訓練が終わり、魔術の研究に移っていたオレは、自分の腹具合と背後でテウと寝そべっていたフェリーの言葉に、大きく伸びをして応えた。凝り固まっていた肩回りと背中の軋む音が、耳奥で聞こえる。だが、それが気持ち良い。
フェリーの言う「そろそろ」というのは、オレの食事時でもあるが、この町一番の食事処アケルへ行く時間のことを指している。料理はもちろん絶品だが、オレがそこをこの町一と称している理由は他にもある。
「そろそろフローラに告白したら?」
「ばっ……そんなことできるわけないだろ!」
外に出る準備をするオレを、フェリーがからかってくる。
フローラ・リッグは、アケルの看板娘だ。確かにオレは、彼女に憧れはしている。
「なぜ? まさか、気がないから、とか言うんじゃないでしょうね? マスターの心は、マスター以上にあたしがよぉく知ってんだから」
「ちっ、……」
違う、とは言えなかった。でも、やっぱりそういうのではない気もしている。
そんなオレに、フェリーは肩を竦めた。
「異性があるって複雑なのねぇ」
「悪魔は違うのかよ?」
「そもそも悪魔に性別なんてないもん」
「え? そうなの?」
悔し紛れに言った言葉に、まさかの答えが返ってきて、オレは驚いた。
だとしたら、フェリーは女性ではないということか。
「あるにはある、が正解かしら」
「どっちなんだよ?」
「あたし達にはあたし達の摂理があるってことよ。ここは、人間の道理や常識だけで動いてるんじゃないわ」
「そうだろうけど……」
オレは地の精テウも見る。彼はこくこくと頷いていた。
この世界は、人間だけのものではない。オレはそのことをよく理解しているつもりだった。でも、人間の物差しで測ってしまうのはなかなか抜けなかった。
「まだまだね」
欠伸をするフェリーに、オレは少しだけ申し訳ない気持ちになる。
彼女のマスターは、本当にオレでいいのだろうか?
彼女は、まるで『いいのよ』とでも言うように、また欠伸をした。オレがそう思いたかったのかもしれない。
フェリーの真の姿は、幸福の悪魔フェリーキタース。悪魔の中でも、高位であり、最も恐れられている力を持つとされる。
幸福がなぜ最も恐れられているのか、オレはよく分かっていない。
みんなが幸せになれるなら、良い力だと思うんだけど……
「こんな時に」
「えっ?」
フェリーの嫌そうな声に、我に返った。
同時に、ドアをノックする音がする。テウがゆっくりと姿を消す。精霊の姿は常人には見えないけれど、彼は極度の恥ずかしがり屋でもあるらしい。
フェリーもあまり人に触られたくないようだが、オレのために、少しだけ我慢してくれている。が、この時は少し開いた窓からするりとどこかへ逃げてしまった。
それで誰が来たのか分かる。
「開いてるよ、ディーン」
オレが言えば、建てつけの悪いドアが軋みながら開いた。
この町でオレが知人と呼べる数少ないディーン・ハートが、驚いた顔で立っていた。
「どうして俺だって分かった?」
「えっ、まあ、オレの家に来る人間は、ディーンしかいないからな」
オレの言い訳に、ディーンは「それもそうか」と納得した。
「納得するなよ」
「そろそろアケルに行く時間だったんだろ? 邪魔して悪いな」
「別に」
「フローラとあれからどうだ? 手くらい握ったか?」
「なっ……」
赤面するオレに、ディーンは笑いながら入ってきた。が、すぐに表情を険しくする。その顔に、ディーンの職と本来の目的を思い出させる。
ディーンは、憲兵隊の、しかも若き班長でもある。いわばエリートだった。
「町に来るとは思っていたが、聞かれたくないことだったんでな」
「また何かあったのか?」
オレの問いに、ディーンはさらに顔を強くする。
「……死んだんだよ」
「え……?」
急過ぎる答えに、オレは戸惑った。
誰が?
オレのその問いは、喉の奥に詰まってしまった。
だが、答えはある。
「先月、フローラを誘拐して、おまえが捕まえた自称元王の……グレア・アレクサンが」
雷に打たれるとはまさにこのことか。
なぜ? どうして?
それらも結局言葉として出ることなかった。
問いが喉の奥を塞ぐ。呼吸が浅くなる。目の前がチカチカと点滅しているようだった。
「ダリア、大丈夫か?」
ディーンが支えてくれた。
でも、オレはしばらく何が起こったのか、何が起こっているのか理解できなかった。




