二話~悪魔の天敵?2~
起きた瞬間の筋肉の悲鳴は、ここ最近なくなった。
「良い体つきになってきたんじゃない?」
上着を脱いだオレの足元で、赤い猫が言った。この猫こそ、幸福の悪魔フェリーキタースの仮の姿だ。オレに仕えている時は、魔力が足りなくてこの姿なのだと、オレは最近知った。申し訳ない気持ちもあるが、フェリーの本来の姿が近くにいたら、きっと研究にも集中できなかっただろう。この猫の姿から想像できないほどの美しさなのだ。
「……マスターって、ほんと意外とエッチよね」
「なっ……」
忘れていた。オレの考えは、フェリーに筒抜けだ。
「まぁ、いいわ。ちゃんと身体も心も強くなってきてる」
「そう、か?」
ネクロマンサーと戦って以来、毎日身体も鍛えているが、変わっているのか実感は湧かない。でも、フェリーに言われると、照れ臭さと嬉しさがある。
「さっ、今日もビシバシいくわよ!」
「えぇ! まだやんのか?」
「あのねぇ、マスター。続けなきゃ意味ないでしょ。魔術の訓練と一緒」
「うぅ」
オレは元々体力に自信がない。運動神経というものが人よりも少し足りない。フェリーには、『よく今までこれで戦いを切り抜けられてたわね』と驚かれたくらいだ。
「まずは腹筋百回から!」
金色の瞳がきらりと光る。
これは、オレの苦しんでいる姿を見て楽しんでいるのではなかろうか……
そんな疑問さえ浮かぶ。
「マスター、だから思ったことは筒抜けよ。楽しんでんじゃない。マスターのために、このあたしが直々に指導してるんじゃない」
「それは光栄に存じます」
「思ってもないことを口にしない」
今度は厳しさを乗せた金色の眼に、オレは思わず口を噤む。
「いい? あなたの言霊は、嘘でも真となり得る。あたしが傍にいる限りね」
だから、気を付けなさい。
フェリーの眼は、言わずともそう語っていた。
オレは静かに頷く。これだけはオレもフェリーの言葉に素直に従う。
魔術を使う者は心に留めておかなければならない。言葉は、諸刃の剣だ。オレにとっては確かに武器で、しかし敵にもなるのだ。相手を傷付ける言葉は、必ず自分にも返ってくる。オレはそれを意識しなければいけない。無意識が一番恐ろしいとフェリーは言う。
人を呪わば穴ふたつ。どこかの国の言葉だそうだ。
オレが素直に頷いたことに、フェリーは満足げだった。
「さぁて、はじめるわよ!」
まずは、腹筋百回。
必死で上半身を起こすオレの横で、フェリーが軽やかに数える。
気付けば、ちょこんとベッドに座る小さな影もある。地の精霊のテウだ。子どもの顔に逞しい顎鬚の彼の表情は、それほど変わりない。最近になって、動きの大小から彼(顎鬚があるから多分男だと思う)の感情が少しずつ分かるようになった。今は小さな足をベッドの端でゆらゆらと揺らしている。きっと寛いでいるのだろう。
悪魔フェリーキタースと地の精霊テウが、オレの傍にいる。
これが、いつもの朝で常になっていた。




