表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/37

一話~出会い11終~

 二の腕が震えて、オレは床に突っ伏した。

「だぁ……もぉ無理だぁ……!」

「ほぉら、まだ五十三回目よ。あと四十七回!」

「腕が死ぬぅ!」

「自分でやるって言ったんでしょうが。泣き言言わない!」

 フェリーが、尻尾をぶんぶんと振った。

 へばるオレの顔の横で、小柄な人影がぴょこんぴょこんと跳ねている。どうやらオレを励ましているらしい。

「ありがと、テウ」

 テウと呼ばれて、小人は手足をバタつかせて、また飛び跳ねた。これが彼(顎鬚があるから多分)の嬉しい時の行動だと、オレはなんとなくだが理解した。

 テウは地の精霊で、先日のネクロマンサーとの戦いの時、オレを助けてくれた。それは、オレが彼を助けたからのようだが、実際はよく分からない。フェリーは、波長が合うのだろうと言った。だからなのか、いくら地に戻れと言霊を伝えても、テウはオレの傍から離れない。さっきまでオレが身体を鍛えている横で、自分も真似をしていた。

「テウにはお礼を言って、あたしにはないわけ?」

 尻尾の振りを激しくして、フェリーは本来円い金色の眼を細めた。

「眠いのに付き合ってあげてんのよ?」

「面白がってるくせに」

「当たり前じゃない。いい? こういうことは、辛いって思ってたらただしんどいだけ。強くなった自分を想像してみなさい」

「想像?」

「あたしの美しい真の姿を、思うままに操る魔王になった自分を」

 確かにそれは恰好良い。オレの理想とする魔王像だ。

「うぅん」

 フェリーの言葉に、オレは胡坐を掻き、思い浮かべる。

 フェリーの真の姿。真っ赤な翼と艶やかな髪、白い肌と、それからたわわな――

「ちょっと、あたしを想像してどうするんの?」

「えっ?」

「マスターのえっち」

「えぇ! なんでっ……」

「前にも言ったでしょ? マスターの考えてることは、契約しているあたしには筒抜けなのよ」

 忘れていた。オレは火が出そうなほど、顔を赤くする。

「ったくもう。あたしにちゃんと見せてよね」

 いつも見ているフェリーの呆れた表情が、普段と違うように見えるのは、オレの願望だろうか。

 隣でテウが小首を傾げていた。切り替えるように、フェリーが言う。

「さあ! あと四十三回! この後は、腹筋百回よ! あたしの真の姿が、てか胸が見たいんでしょ?」

「ちっ違う!」

 オレの必死の否定に重なるノックと声があった。

「ダリア君、いる?」

「いるに決まってるだろ? 引きこもりなんだから」

 引きこもりは余計だ。

 オレは、眉間に皺を寄せて、ドアを開けた。

 そこには、アケルの看板娘であるフローラと憲兵隊の若き班長のディーンが立っていた。フローラの持つトレイの上には、温かくて美味しそうな香りを漂わすポテトのクリーム煮が乗っている。オレの昼食にと持って来てくれたようだった。彼女はあれから毎日のように昼食か夕食のどちらかを持って来てくれる。

「身体の調子はどう?」

「うん、もう平気だよ」

「ほんとか?」

 中に招き入れるオレに、ディーンがすかさず突っ込む。この男はいろいろと鋭い。オレの身体がまだ本調子でないことを気付いているようだった。

 でも、オレは「ああ」と笑ってみせる。魔王になる者として、これくらい堪えなくてどうする。

 そんなオレの意地にも、ディーンは気付いていたみたいだが、これ以上は何も言わず、肩を竦めるだけだった。

 いつの間にか、フェリーもテウもいなくなっていた。来客があると、すぐにどこかへ隠れてしまう。来客といっても、このふたりくらいだが、それでも前よりはここに人が訪れる。それを自分が少なからず喜んでいることに気付き、オレは驚いていた。

 魔王は孤独な者。そう思っていたから……

 でも、きっと独りだと、あのネクロマンサーのようになってしまうのかもしれない。誰も信じられなくなる。大切なことを、人を忘れてしまう。

 魔王は、孤独だけれど、独りであってはダメなのかもしれない。

 あの男は今、何を想い、独房にいるのだろうか。オレも、この先力に溺れてしまえば、ああなってしまうのか……?

「おい、ダリア」

「ダリア君?」

「……え?」

「『え?』じゃない! 湯が零れるだろうが!」

「えっ、あっ……あっち!」

「大丈夫ッ?」

 我に返り、慌ててポットを上げれば、湯が手の甲に飛び散った。フローラも急いでオレの傍に寄ってくる。

「冷やさないと」

「だっ、大丈夫」

 突然手を握られて、ドキッとした。

「ダメ! あとで水膨れになったりするんだから。布ある?」

 フローラはそう言って、辺りをキョロキョロと見回す。だが、丁度良い布切れがなかった。

 オレとしては、このままフローラに手を握っていてもらえるなら、なくてもいい。

「見せつけてくれるな」

「お熱いことは結構だけどさ」

 ディーンの嫌味が、真横から聞こえた。と同時に、どこからともなく現れた赤い猫の声もする。

「はい、布」

 その声が重なった。

 オレは床を、フローラはディーンを見た。

 ディーンとフェリーが、同じように、同じような布を持って、口の端を釣り上げていた。

「べっ、別に見せつけてるわけじゃ……!」

「そっ、そうだよ! 何言ってんだよ!」

「ダリア? どこに向かって言い訳してんだ?」

「え……?」

 ディーンに言われて、オレはやっと彼の方を向いた。

 無意識にフェリーに言い訳をしていた。猫の姿の時のフェリーの声は、オレ以外に聞こえない。

「あっ、いや……」

「そろそろ慣れてよねぇ、マスター」

 笑って誤魔化すオレに、フェリーは呆れていた。言い返せないことが歯痒い。

「フェリーちゃん、こんにちは。お邪魔してます」

「おまえ、猫なんて飼ってたのか?」

 はじめてフェリーを見たディーンは意外だという風に、オレを見た。

「あたしは猫じゃない」

 フェリーの不機嫌な声が聞こえて、オレはつい吹き出しそうになった。

「マスター、何笑ってんのよ?」

「ニヤニヤして気持ち悪い奴だな」

 ディーンにはフェリーの声が聞こえていないのだが、言っていることが似ていて、最後にはオレも笑ってしまった。

「ど、どうしたの? ダリア君?」

「やっぱ、あの時頭を打ち過ぎたか?」

「打ってねぇよ!」

 倒れた後、ここまで運んでくれたのはディーンだった。

 起き上がれるまで看病してくれたのは、フローラだった。

 何も言わないけれど、傍にいてくれたのはテウだった。

 そして。

「マスター、いい加減手を冷やしたら? ついでに頭も」

 なぜかずっとここにいてくれる。そう信じられる存在。

 オレは必ず魔王になる。幸福の悪魔フェリーキタースと共に、人を幸せにする魔王に。

「それはいつになることやら。せめてマスターが生きている間にしてよ」

 当然だろ! オレはぐっとその言葉を呑み込んだ。

 オレの心を読んだ赤い猫は、オレ達人間の真ん中で、金色の瞳を細めて笑った。




一話〜出会い〜終

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ