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一話~出会い8‐①~

 朝と違って、夜はひっそりと忍び足でやってくる。オレは、その足音を聞くのが好きだった。夕陽が山間に沈み切り、茜空がゆっくりと藍色に、そして漆黒へと変わる。家々から漏れていた夕食の香りと家族の温もりを仄かに残しながらも、ガラーナは静寂に包まれていた。研究と勉強が捗る時でもある。

 が、今夜は想いにも魔術の勉強にも耽ることなく、収まらない腹の虫にオレは身を任せている。

「なんでオレが食い逃げ野郎の食事代を払わにゃならんのだ!」

「それは災難だったな、ダリア」

 オレの怒りを淡々と受け止めたのは、壁に背を預けた長身の青年だった。

 彼は、ディーン・ハート。憲兵隊の若き班長であり、オレの魔術の腕を買ってくれた男だ。昨夜の山賊捕縛の依頼は、彼からだった。が、これは彼とオレだけの秘密だ。

 ディーンは昨夜の依頼料を持ってきてくれたついでに、オレの愚痴も聞いてくれていた。

「憲兵隊が全力を持って捕まえるよ」

「そうしてくれ。で、刑はオレにメシ代を倍にして返すことだ!」

「それは無理」

「未来の魔王の命令!」

「ケチくさい魔王だな」

「うっさい!」

 せっかくの依頼料は、当面の生活費と新しい書物の購入資金にするはずだったが、生活費だけで消えそうだ。

 オレが落胆している横で、ディーンは積んである一冊を手に取っていた。

「相変わらず、勉強熱心だな」

「触んなよ」

「あ、すまない」

 ディーンの申し訳なさそうな表情に、オレは小さく息を吐く。

 フェリーもそうだが、ディーンも本にすぐ触れる。乱雑に積んであるようで、オレにはどの本がどこにあるのか把握しているから、移動させられると迷惑だった。

 フェリーはというと、ディーンが来る度に、姿を隠す。オレでさえどこに隠れているのか知らなかった。ディーンはもちろん、この家に猫が、いや、悪魔がいるとは思ってもいないだろう。オレもさすがにそれは伝えていなかった。

 ディーンが肩を竦める。

「また何かあったら、おまえにお願いするよ」

「何もないことが一番だけどな」

「それはそうだが、人間が生きている限り、犯罪はなくならないさ」

「おまえがそう言ってどうする?」

「俺達だからそう思うんだ」

 ディーンは冷静に答えた。

 以前フェリーも似たようなことを言っていた。

 人間は欲深い生き物だから、生きていけるのだ、と。良い服が欲しい、美味しいものが食べたい、良い暮らしがしたい、金が欲しい……みんな平等ではないから、それは爆発する。人が人を傷付ける。裏切る。見捨てる。見捨てられる。

 オレの親父のように――

「ダリア! ダリア、いるか?」

 焦っているような声音のアケルの調理人に、オレとディーン首を傾げた。

 ドアを開ければ、やはりそこにはゲルが立っていて、いつもは血色の良い顔を蒼くしていた。

「どうしたんです?」

 こんな時間に、というオレの言葉は、ゲルに思わぬ問いに遮れた。

「フローラはいるか?」

 ゲルはオレを押し退けるようにして、中を覗いた。

「ディーンじゃないか」

「どうも、ゲルさん。フローラがどうかしたんですか?」

「それが、帰って来ねぇんだ」

「え?」

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。ゲルがもう一度言う。

「だから、ダリア、フローラが来なかったか?」

「なっ、なんでオレに訊くんです?」

「来ているのか、いねぇのかどっちだ!」

「き、来てませんよ」

 ゲルのあまりの気迫に押され、オレはしどろもどろに答えた。それにゲルは「ちくしょう」と吐き出す。

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