-4−
「お帰りー。ちょうどお茶入れるところだけど、飲む?」
ある日の午後のことだった。
外から帰ってきた俺に、愛美が声をかけた。
「ああ、そういう時間だと思ってシュークリーム買ってきた。」
俺たちが住んでいたマンションは、広くはなかったが日当たりだけは抜群に良かった。
「美味しいねー、このシュークリーム。新しいお店?」
「ああ、一ヶ月くらい前にオープンしたらしい。俺も全然知らなかったよ。」
「どこ?」
「駅前から渋谷側に一本入ったとこ。」
「分かりやすい説明をありがとう。」
愛美のことだから、明日あたり自分で見つけてくることだろう。
「でさ、仕事のことなんだけど。」
「うん。」
「今二つまで絞ったんだ。」
「一つはホテルの仕事。もう一つはユニフォーム屋さん。」
「・・・・・・。」
「聞いてる?」
「聞いてるけど、それじゃ全然わかんないから。」
「これから話す。ホテルのほうは、新横浜のホテルのフロント。半分ビジネスホテルみたいなもんだけど。最初は一番下っ端の見習いみたいなとこから。もう一つは武蔵小杉にあるユニフォーム屋さんで、デリバリーとルートセールス。いろんな会社でユニフォームとか着てるじゃん。それをレンタルして、クリーニングする会社。どっちもここから通えるし、給料は同じくらいかな。」
「・・・ふーん。ジョージにしては随分地味な仕事選んだね。不動産とかやらないの?」
「それも考えたんだけどさ、なんか、もう派手なことやるのが嫌になって。地味に、長く働けるようなところを探したんだ。営業だったら仕事はすぐあるし稼げるだろうけど、俺の性格だからすぐに飽きちゃうだろう。いろいろ考えて、これからは目立たず地道に生きていこうと思って。誠実に、コツコツと生きてみようと思うんだ。」
「・・・なるほどね。どういう心境の変化なのか知らないけど、いいんじゃない?やってみれば?」
「うん。ありがとう。」
それから取りとめもない話をした。
愛美にアメリカの話をしたのはそんな時だった。
今後の方向性も決まって、気が少し緩んだのだろう。
アメリカ行きの夢は確かにガキの頃からあったが、その想いは寝かしつけたつもりだった。
これからはここでコツコツと働きながら愛美と静かに暮らしていく。そんな絵を描いていた。
想いを憧れにすり替えて生きていけると思っていた。
何より、アメリカ行きなんて非常識な夢を理解してもらえるなんて思っていなかった。
俺にとっては愛美を取るか、アメリカを取るか。
迷うまでもない、愛美に決まってる。
歳を取ったら、若い頃はこんな夢もあった、そんな風に昔話として話せる日も来るだろう。
自分では割り切れたつもりでいた。