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隣の席が空いているとはいえ、やはり飛行機の座席は窮屈だ。寝ているつもりでも体が固まった状態で全然寝た気がしない。
それでも3〜4時間は寝たのだろうか。窓から外を見てみるともう明るかった。
飛行機の中は起き出した乗客でざわつき始めていた。
とりあえずフライトアテンダントにコーヒーをもらってタバコに火をつける。
到着まではまだ数時間あるはずだ。のんびり行こう。
隣のおっさんも昨日で懲りたのだろう、まったく話しかけてこなかった。別に他人と話すのが嫌なわけじゃないが、そんな精神状態でもなかったし、何より面倒くさかった。
前のスクリーンで日本のニュースをやりだした。ヘッドフォンをつけてチャンネルを合わせる。
天気予報やら、経済ニュース、芸能ニュースなどやっているが、どれも面白くない。しばらくは俺には関係ないことばかりだし、頭が一杯なのか空っぽなのか分からない状態だった。
バッグから成田で買った本を取り出して読み始めたが、目で活字を追っているだけで全然頭に入ってこない。まあいいさ、どうせこの本は何回も読み直すことになるんだ。
トイレに行ってみたら、まだ歯ブラシが残っていた。順番が違うがまあいいだろうと、とりあえず歯を磨いて顔を洗った。ひげは伸ばしっぱなしだからそのままだ。
出てみると何人かが順番待ちをしていた。朝は皆トイレに行くものだ。皆を待たせてちょっと気まずかったが、少しさっぱりして席に戻った。
ほどなく朝食が配られた。飲み物はと聞かれ、オレンジジュースとコーヒーと答える。コーヒーは後でまたお持ちしますがと言われるが、かまわずもらった。カップに一杯や二杯では全然足りない。
それにしてもアメリカのオレンジジュースはどうしてこんなに美味しいのだろう。初めてアメリカに行ったとき飛行機の中で飲んで以来、俺はオレンジジュースが大好きになっていた。
食べ終わる頃に、入国のために必要な書類が配られた。俺はビザを持っているので税関の申告書だけでいいのだが、ビザウェーバーの用紙なども手元に来た。
すぐに書き終わったが、隣のおっさんが手間取っているようなので声をかけてみた。
案の定、日本語と英語の両方で書いてあるにも関わらず、書き方が分からないらしい。
別に嫌っているわけではなく話すのが面倒だっただけだし、ちょっと悪かったかなという気もしていたので、罪滅ぼしのつもりで手伝ってやると、とても喜んでいた。
そこから先はそのおっさんとどうでもいい話をして時間を過ごした。
と、アナウンスが入る。
「当機はまもなくロサンゼルス国際空港に・・・・・・」
やっと到着か。飛行機に乗った時の気負いはどこへやら、普通の旅行者のようにやれやれという気持ちになっていた。
一回大きく伸びをしてから座席を元に戻し、シートベルトをした。ちょっと早かったが、どうせ後でやることだ。多分あと三十分くらいはあるだろうから、うとうとしたままでいよう。
飛行機が高度を下げ始める前に愛美の写真を一度見て、軽く目を閉じた。
肩の力が抜けて、いい意味で開き直っていた。
ここまで来たらもうどうしようもない。やるしか俺に道はないのだから。