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二日ほど経って、親方に呼ばれた。
「リュウさんだ。うちの会計をやってもらってる。」
リュウさんは所謂華僑というのだろうか。日本で生まれ育って、もちろん日本語もペラペラだし、見た目も日本人そのものだ。
そのリュウさんから説明を受けた。
「給料は月に手取りで$1200ドル。その他にちょっとチップが入るから。休みはとりあえず週一回だな。仕事の事はヤマさんに聞いてもらうとして、チェックでいいの?」
チェックと言うのは、小切手で給料を払うという意味らしい。
「まだ銀行口座作ってないんで。今度の休みにソーシャルセキュリティ取って口座作ってきます。」
実は俺がビザにこだわったのは、このソーシャルセキュリティナンバーのためだった。
この番号があれば銀行口座も作れるし、税金を納めることができる。
税金を納めていないと、永住権を取った時にそれまでの分を全部払えと言われた、という話を聞いたことがある。一度に払うのは苦しいが、毎月ちゃんと払っていれば、後で苦労しなくて済む。
それにしても、拍子抜けするほどまともな条件だ。
ビザなしだと、もっと安い給料でハードにこき使われるのかと思っていた。
店でメシは食えるわけだし、部屋代とタバコ代くらいしか金はかからない。思っていたより全然楽だ。
後で聞いた話だが、実は店で働いている日本人の半分は永住権もビザも持っていなかったらしい。
もちろん、働いているメキシコ人は皆非合法移民だ。
なるほど、俺がビザなしでもまともに扱ってくれるわけだ。
それからしばらくは、毎日同じことの繰り返しだった。
朝起きて、仕事に行って、皿を洗って、親方に怒鳴られて殴られて。メシ食って休憩してまた皿洗って。掃除してクタクタになって帰って寝る。それを単調に繰り返していた。
ドラマチックなことなどそうそうあるものではない。ある意味退屈とも言える毎日だった。
ただ、毎日ものを考える暇もないほど忙しいのと、体が限界近くまで疲れていたので、退屈なことにすら気がつかなかった。
店の人ともある程度打ち解け、仕事のペースにも慣れてきた。相変わらず皿洗いと、少しラーメンのトッピングやオーダー通しをやらせてもらえるようになっていた。オーダーに合わせて皿や丼を出したり、ご飯を盛り付けたり、少しづついろんな事をやらせてもらえるようになったが、全然他の人達のペースに追いつけず、怒られ続ける毎日だった。
「俺は進歩しているのか?」
と、ふと冷静になった時に考えては自己嫌悪に陥った。