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竜のねぐら

作者: 増尾裕子

 ポコポコ火山には一匹の竜が住んでいます。山の洞窟のねぐらには黄金の財宝を蓄えて、それを眺めて暮らすのが大好きな大きな銀色の竜でした。

 この竜の存在は周囲の国々に知られていて、竜の大切な財宝目当てに、もしくは竜の首を取った勇者としての名誉を求めて、何百人もの騎士や戦士たちが山を登っていきましたが、生きて帰るものはほんのごくわずか。遠目に竜の巨大な姿に肝をつぶして逃げ帰るような男たちばかりでした。

 さて、ある日のことです。竜は黄金の山をじっくり眺めながら、大きくあくびをし、いつものようにお昼寝をしようと身体をまるめました。すると、そこへ小さな声が聞こえてきました。

「竜さん、竜さん、すみません。竜さん」

 重いまぶたを引き上げて声の主のほうへぎょろりと赤い目玉を向けると、ほっそりとした可憐な少女が竜を呼んでいるのです。

 いつもここへやってくる人間とはずいぶん違う姿だな。

 興味を覚えた竜は、もう一つ大きくあくびをすると、ゆっくりと身体をおこしてうんと伸びをしました。そして、長い首を少女の方へ伸ばして、かあっと牙を剥いてみせましたが、少女はおびえる様子もなく、竜に向かってじっと手を合わせているだけです。竜はじっくり少女を観察しました。動きやすい布のシャツとズボンを身につけ、小さな皮袋と水筒を腰にぶら下げているだけの軽装です。今まで竜の元へやって来た人間たちは、みんな重い鎧に身を固め、大きな剣をふるったり、矢を射ようとしてきましたが、この少女はそういった武器はまるで持っていないようでした。

 なんだか調子を狂わされた竜は、少女に問いかけます。

「どうした、人間の女。私に何か用か?」

 すると少女は、ぽろりと一粒の涙を流して口を開きます。

「二〇日ばかり前に、こちらに銀の鎧と黄金の剣を持った立派な騎士は来ませんでしたか」

「ああ、来たなあ」

 人間たちはいつも似たような姿形でやってくるのですが、たぶんここ最近では最後にやってきた、まだ少年に近いような青年のことでしょう。記憶をたどると、彼は大きな声で名乗りを上げていました。

「リチャードとかいう人間か?」

「そう、そうです! すみません、竜さん。リチャードはこちらまでやって来たのですね」

「ああ」

 竜はこっくりとうなずくと、少女は手の甲で涙をぐいっと拭きました。

「竜さんはリチャードはどうしましたか?」

「うーん、殺したよ」

 当たり前のように竜は答えました。いつだって、人間たちは竜を殺しにやってきます。竜は、特に人間に恨みがあるわけではないのですが、相手が殺しにかかってくるのでごく当然に返り討ちにしているのです。

 あっさりと答えた竜の言葉に、またもや少女は涙を流し、その場に崩れ落ちてひっくひっくと肩をふるわせて号泣し出します。竜は言葉なく、その様子を眺めていました。かわいそうだという感情はこれっぽっちも浮かびませんでしたが、彼女がリチャードを大切に思っていたということだけは理解できました。きっとリチャードという騎士と恋仲だったのでしょう。

 ひとしきり泣くと、少女は面を上げ、顔をくしゃくしゃにしながらぺこんと竜に頭を下げました。

「泣いてごめんなさい。竜を倒しに行ってくると私に告げてもう何日もたっていましたから、覚悟はしていたはずなのに、改めて竜さんから聞くとつい泣いてしまいました。それなら、お願いがあります。どうかリチャードの形見を私にください」

 形見、形見か。あのリチャードという若い青年は、鎧と剣とわずかな食料と水以外にはなにも持っていなかったような気がします。

「人間の女よ。リチャードの形見というのは剣や鎧でもいいのか?」

 この言葉に、少女の顔はぱっと明るくなりました。うれしそうにその場で飛び跳ね、

「そうです、そうです。剣や鎧でいいので、形見が欲しいのです。そうでないとお墓だって作れません」

 今までそんなことを訴えてきた人間はいないが、変わった人間もいるものだと竜は感心し、少女の願いを叶えてやろうと思いました。

 竜はのっそりと身体を反転させ、彼女が入ってきた洞窟の入り口とは逆の方を向くと、少女に対して首を振ってついてこいと合図をしました。

 少女ははいっと大きくうなずき、大喜びで竜の後に続いていきます。洞窟の奥を進んでいくと、下にぽっかりと口を開いた大穴が開いていました。

「形見なら、たぶんこの中にある。悪いがわしはリチャードとやらの鎧や剣がどんなものだったのかちゃんと覚えていないのでな。人間の女よ、リチャードの形見でなくとも、この中から好きなものを持ち帰ればいい。もしかしたら、人間が大好きな名剣とやらも混じっているかもしれないぞ。わしはちゃんとした黄金が好きだから、あんな武器や鎧には興味ない」

 少女は恐る恐るへっぴり腰で大穴の淵へ近づき、膝をついて中をのぞき込みました。とても深い穴で、底の方には泥のようなものが溜まっています。そして、ところどころにきらりきらりと光を放つ物が見えました。もしかしたらリチャードの金の剣が、あの光の中にあるのかもしれない、と少女は穴の中に入ろうと決心し、そしてにっこりと笑顔をむけて竜にお礼を言いました。

「ありがとう、竜さん。おかげで形見が手には入るかもしれません。ところで、この大きな穴はいったい何なのですか?」

 竜は生臭いため息をつき、やれやれと首を振ります。

「この穴はわしの便所だよ。リチャードとやらも、ほかの人間も、みなわしは一飲みにしてしまうからの。ついさっき、一ヶ月ぶりにひとひねりしたばかりだから、多分リチャードの形見はそれほど奥にはないから探しやすいだろうね」

 その言葉を聞くと少女はその場にぺたんと尻餅をつき、しばらく呆然としていましたが、やがて両手で顔を覆ってしくしくと泣き出しました。

 竜はもう少女に関心を無くし、ゆっさゆっさと身体を揺らしながらねぐらへと戻っていきます。

 なんであんなに少女がショックを受けたのか竜にはさっぱりわかりませんでした。

 だって、物を食べればみんなうんことなって出て行くのは人間だって同じことなのですから。

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