表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/9

第一章8 『装備を買おう』



 やはり異世界トリップは、二度寝たとて夢落ちエンドにはならなかった。


 硬いベッド、小さい布を丸めただけの枕もどきと風通し最悪のフトンには慣れることはないだろう。腰にヒビが入ったようだ。はやくもっとグレードの高い宿に移りたい。どの口が言うのかとツッコみたくなるが、現代の甘やかされた都会っ子がこんなベッドで熟睡なんてできるわけがない。



 当たり前だが、質の高い睡眠はそれだけ疲労回復に役立つ。俺自身は気づかないが、慣れない環境で思ったよりもストレスが溜まっているようで、節々にその片鱗を味わっている。



 今日着替えるのは、制服ではない。昨日買った上下セットの安物の服だ。少しざらついているが、さほど気になるほどでもない。


 さて、今日は何をするのかだが、まずは初日から計画していた制服を売りに行こうと思う。


 一般人からすると服が割高なこの世界では、古着売買はかなり浸透しているようで、高級店でも買取を行っているらしい。デルタに旨を伝えると、オススメの店を紹介してくれた。



 いくらになるのかは服に疎い俺では見当もつかないが、それなりに高く売れると思う。というかなってくれないと資金的に困る。


 そのあとは残金と相談しつつ装備を見回って、姿だけでも冒険者っぽく整えようと思う。

 最後は迷宮に潜って実践練習だな。魔術の練習をしたいし、戦闘の感覚を忘れないうちに剣を振っておきたい。



 いったん今日の宿泊費は払わないでおいた。制服が高く売れれば違う宿に移りたいからな。


 

……残金が宿泊分もないというのが本音だが。無駄遣いをしていないというのにカツカツだ、一人暮らしの大変さがよくわかる。


大通りに出ると、まだ朝だというのに喧騒の具合は昼と変わりなかった。朝は街の外に出て魔物を狩るパーティーが多いためか、武装した人をよく見かける。

そういえば、殺せば死体が消え、魔石だけがその場に残る迷宮とは違い、普通の魔物は死体が丸ごと残るらしい。



素材を解体して剥ぎ取らなくていい異世界の便利システムには感謝していたが、どうあっても解体の道は通らなくてはならないようで辟易する。異世界なのだからそのへん夢があってほしい。



迷宮の魔物と外界の魔物とどういう違いがあるのかとデルタに聞いたら、どうも成り立ちに相違点があるようだった。


迷宮――すなわちダンジョンとは、一個の魔物であると分類されているらしい。迷宮は生きている。だから時間が経てば構造は変わるし、中の魔物の生態系も変化する。



迷宮の深奥には『ダンジョンコア』と呼ばれる魔石の核があり、その魔力の結晶が意思をもって迷宮内に作用することで魔物が作られる-。


交尾ではなく魔力によって作られた魔物は、大意ではあるが外側だけの存在であり、肉体は存在しない。一説では召喚魔法の一種ではないかと言われている。

だから迷宮の魔物は倒しても素材が落ちず、魔石だけが落ちるのだ。例外はあって、迷宮の中で長く生きた個体は実体化してドロップアイテムを落とすそうだが。

長々と何が言いたいのかというと、解体して剥ぎ取るのがいやだというだけである。



「はあ……」


 魚くらいしか捌いたことがない俺にはハードルが高すぎる。

 服屋は中心部にあった。信用のおける店ということもあって、その分敷居は高そうだった。


 中に入ってみると、装飾品を山のようにつけた貴婦人らが……ということはなく、普通に裕福そうな一般人がいるだけだった。よく見ると、客の大体がさりげなくナイフや剣を差している。ここは金に余裕のある冒険者がメインの客層のようだった。



 冒険者といってもここにいるのは酒場で飲んだくれている野卑な連中とは違い上品、または大人しそうな男女が品定めをしていた。


 今のボロい服装では少々浮いている。


「んんっ……!」


 入り口で辺りを見回していると、精算所にいた男の店員に目を付けられてしまった。『入る店間違えてるぞ田舎もん』とか思われてそうだ。

耕作機械に乗って「田舎っぺ馬鹿にするでねえ!」とか言って追いかけ回してやりたい。



 とはいえこれ以上金もなく物色するのも憚れたので、素直に精算所に歩いていった。あんまり良い雰囲気ではないので、用を済ませてとっとと出よう。


「すいません、服の買い取りをお願いしたいんですが、ここでいいですかね?」


「ええ、かまいません」


 さっきの店員は何食わぬ顔をして営業スマイルで迎えてくれた。背嚢に入れておいた冬用制服上下セットを取り出す。カッターシャツは着心地が良いのでそのまま使うことにした。



「これでお願いします」


「はい、少々お待ちくださいませ」


 店員は制服を見ても、別段驚きもしなかった。制服の構造が緻密すぎて超高値で買い取られるご都合展開を期待していただけに残念だ。

 機械的に服を広げ、汚れなどを確認していく。査定はすぐに終わった。



「お客様にお持ちいただいた物はとても状態が良いので、金貨二枚で買い取らせていただきたいと思いますが、その値段でよろしいでしょうか。」


ほう、金貨二枚!


喜んでみたが、実際のところいくらくらいなのだろう。貨幣価値がまだしっかりと理解できたわけでなく、価値を地球基準に換算するのに時差があるから不便だ。

適当に計算してみると、金貨一枚が十万ちょっとだから、二十万か。まあ、そのぐらいかな、という感じ。可もなく不可もなく、妥協点だ。



しかし、物の相場がわからないというのは存外つらい。この値段も相場どおりなのかボラれてるのか判断がつかない。



「もう少し高くなったりしませんかね」


 牽制の意味もかねて、試しに交渉してみる。男の眉はピクリとも動かなかった。


「申し訳ございません、当店ではこの値段がつけられる最大の値段です。ご不満でしたら、もちろん買取を中止することも可能ですが、いかがしましょう」


「あ、じゃあもうソレで」


 駄目だった。テレビで見る交渉を素人がやっても無駄なのね。遠まわしに他店へどうぞって言われちゃったよ。

 せっかく勧めてもらった店なので、素直に買い取ってもらおう。



金貨二枚。防具一式は無理だが、胸当てと籠手、ナイフくらいなら買えるだろう。大人しくそれで満足しておくことにする。



「それでは、こちらが金貨二枚となります、お確かめください」


 木製のキャッシュトレイに硬貨が二枚。これが二十万とは思えない物寂しさだ。

 そういえば、一時期十万円札が作られると話題になったことがあったな。もしそれが流通していたら、こんな感じになったのかもしれない。サイフに三十万入ってるのにお札が三枚しかない、みたいな。



 ていうかあれ、あったら便利だろうけどコンビニとかで崩すときに百円のガム買われたらお釣りが大変なことになるな。

 そんな小市民な事を考えつつ、金貨を取ろうとする。



 すると、後ろから声をかけられた。


「もしや、あなたはグレン様ですかな?」


 振り向くと、そこには羽振りのよさそうな横幅の広い男性がいた。


「そうですけど……」


 男の顔に見覚えはない。いや、わざわざ通行人を意識しながら歩いているわけじゃないから知らないうちに会っていたのかもしれない。

 だが、俺がこの世界で名乗った人といえば、片手で数えられるぐらいだ。ということは、



「ああ、もしかしてデルタさんの知り合いですか」


「ええ、ええ。その通りです、いきなり声をかけてしまいすみません。この店を経営しているヘイハムと申します。以後お見知りおきを」


「丁寧にありがとうございます」


 なるほど。デルタは俺に店を紹介してくれただけでなく、事前に店に一言入れておいたというわけだ。そりゃ知り合いがやってるんだから信用できる店だよな。



なら俺がここでやるのは、デルタの顔をつぶさないように誠意を持って接することだ。そういうのがすごい大事だと思う。


「お、お帰りなさいませ」


 硬い声は、笑顔が固まった店員から出されていた。どうしたのだろう。名前と体型が一致しているヘイハムは、それに手をあげることで答えた。



「昨日の昼、デルタ殿と食事をする機会がありましてな。知り合いを紹介するからよろしくと言われたのです。珍しい黒髪とのことで、一目見てわかりました」


「わざわざすいません。こういうところには入ったことが無いので勝手がわからなくて」


「はは、とんでもない。それで要件の方ですが、今日は……ああ、もう買取を済ませたのですね。一足遅かったようで」


「そんな、遅いなんて」


 ううむ、こういう社交辞令の場は緊張するな。コミュ障のつもりはないのだが、すんなりと言葉が出てこない。ヘイハムは、そんな俺の経験不足に気づきながら微笑ましそうにしていた。なんか悔しい。



「……うん?」


 機嫌がよさそうに笑っていたヘイハムが、トレイに置かれた金貨を見て訝しげな声をあげた。

 なんか失礼なことをしてしまったのだろうか。



 ヘイハムが店員を見ると、その視線を真っ向から受けた店員はビクリと動いた。そのあと、また笑顔で俺に語り掛けてくる。


「無礼を承知で聞きたいのですが、こちらの持ち込んでいただいた品物はこの代金で買われたということですかな?」


 理解できず、なんとなく店員の方に視線を移した。するとあの毅然とした態度を保っていた店員が、縋るように俺を見ていた。


……あ。やっと気づいた。


 これ、俺がぼられてたのか。

 そうとなれば話は早い。俺はにっこりとヘイハムに向き直した。



「ええ、金貨二枚で買い取ってもらいました」


 ピシリと割れる空気。店員の顔を見ると、今にもその場に崩れ落ちてしまいそうな雰囲気だった。フフ、金の恨みを思い知れ。

 結果的に、制服は金貨三十枚で買い取られた。

 実にその差額、二八〇万である。


これはヒドイ。ていうか、ふざけんな!

ぼったくりにもほどがあるだろうが!



事が終わると、ヘイハムは俺に平謝りをして、その後に良い笑顔で店員を裏に連れて行った。


まあこの件は彼に非があるが、常識を知らない俺にも悪い所はあったので「あまり怒らないであげてください」と言っておいた。点数稼ぎが正直なところだが。



今回の二人の相違点は、店員は一度きりの利益に手を伸ばして、ヘイハムは今後の取引に目を向けた。それだけだ。



デルタの紹介というのも大きかっただろうけどな。


でも俺はこれ以上売る服を持っていないので、正解の選択をしたのは店員だ。だがそれを知る由のないヘイハムは、こってりと彼を絞ることだろう。

自分的には詫び代として服をタダでもらえた上に、正規の料金で服を買い取られたので良いことずくめなので文句は無い。



デルタには世話になりっぱなしだ。いつか礼をしなければなるまい。

 もしここがゲームの世界だったとしても、人に恩を返すのは当たり前で、とても大事なことだから。



 懐に余裕ができたところで、次は武具屋だ。

 もう朝もいい時間なので、ほとんどの店が開いている。



 この街では、武具屋がどこにあるのは一目でわかる。店は工房とセットなので、煙が常時漂っている方向に行けばいいのだ。



 仄かに香る鉄の臭い。空間的な距離に消されず、風に運ばれた鉄を打ちつける音を聞きながら、俺は歩いていく。



 ***


 この世界の防具というのは、明らかに見た目と耐久性が釣り合っていないものがほとんどだ。


 レザーアーマーなのに簡単に剣を通さない。

 特殊なジェル状のブヨブヨの全身鎧が、全属性に対して強い耐性を持ち、さらに防具としての打撃耐性まで併せ持つ。おまけにジェルなので動きを阻害しない。



 とまあ、あまり店を回っていないので実例をそこまで挙げれないが、最たる例はこの辺だ。


 後者の方は家が二十軒ほど建てられそうな値段だったが、前者の方はそれほど

だった。初心者を抜け出したかなくらいの冒険者でも手を出せる品物だ。


 俺も当初はそれくらいの価格帯のものを購入しようと考えていたが、思わぬ収入があったのでここは思い切って高いものを買おうと思う。銭は命には代えられない。


 金貨三十枚。最高でそれだけ出せるなら、あるものはピンキリだ。

 一応、安いのもどんなものがあるのかしっかりと見ておく。こういうのを知ることで、ある程度の標準価格を把握できる。



 商品説明の札が読めないので、悪いが店員に読み上げてもらった。


・ラビットラーの毛皮。

 メルドの南西にあるアルサリン山に出現するウサギの毛皮を使用したもの。防御力はないが、耐寒性に非常に優れる。銀貨三枚。



・ブルホークの全身鎧。

 先ほどと同様、アルサリン山の頂上付近に生息する大鷲の鎧。なぜ鳥で鎧が作れるのかと思ったが、素材として使っているのは嘴だけのようだ。砕き、金属と混ぜて鍛造していくことで、かなりの硬度を持たせた防具。金貨四枚。



・ビーウルフの革鎧。

 メルドの西にある大森林の奥地に住む狼の体毛を使ったレザーアーマー。ビーウルフの体毛は鋭く、体当たりされるだけで生身なら蜂の巣になるそうだ。その鋭さを利用した防具。衝撃には弱いが、対斬撃にはそこそこ強い。胴部分だけで金貨一枚。



・キーブルーの角鎧。

 大森林に生息する一角獣……といえば聞こえはいいが、鋭い角を持った鹿のような魔物の角を金属と混ぜた鎧。肩にはトゲトゲがついている。ただの鉄の鎧よりかは防御力が増すが、さほど差は無い。銀貨七枚。



「いかがでしょうか?」


「うーん、もう少し高めのものってありますかね。予算的には、金貨二十五枚くらいで抑えたいんですけど」


 今の所、一番優れているのはブルホークの鎧だ。しかし、カッコよさからして言えば、断然ビーウルフ一択。黒くツンツンした鎧はナルガ○ルガを彷彿とさせる。あれ観賞用でもいいから欲しい。



 さすがにカッコよさで選ぶつもりはないが、やはり常に身に着けるものだから外見が良いものがいい。勝負下着を選んでいるような心境といえばわかるだろうか。野郎が勝負下着選んでても気持ち悪いだけだな。



「あっ、君はダンジョンで見かけた……」


「ん?」


 奥に連れられて行くと、途中で金髪イケメンがいた。いつも入り口で倒れながら衛兵にからかわれている人だ。あそこ以外で会うのは初めてだな。


「こんにちは」


 頭を下げると、彼も頭を下げる。イケメンなのに良い奴そうだ。非常に好感が持てるが、それ以上に嫉妬心の方が強い。まだ性格が悪い方がいい。


「今日は何を?」


「防具を買おうかと思いまして。さすがに生身で戦うのはこわいんで」


 彼は目をパチクリとさせてから、苦笑した。


「敬語は止めてくれよ。見たところ、年もそんなに変わらないだろ」


「そういえば、まだ名乗ってもいませんでしたね。……グレン・フォルス、年は十七です」


「アルス・フォン・ランスロット。僕も十七歳、敬語は無しだね」


 すごい名前だ、勇者と円卓の騎士の名を持つとは。

名前は超強そうなのに、あんなに弱いのは愛嬌といったところか。



「そうだ、な。よろしくアルス……でいいのか?」


「ああ、僕もグレンと呼ばせてもらおう」


 そういえば、敬語を使わないのは金髪イケメン君で初めてだ。ここに来てから目上の人としか会わなかったからな。


 アルス、か。

 言ってみれば、初めての友達だ。せっかく声をかけてくれたんだし、仲良くしたい。



「そういえば、この前は大変そうだったね」


 いつのことだろう。


 首を傾げていると、アルスも主語が足りなかったことを謝った。


「魔物に襲われて、ギルドカードや荷物を落としたんだろう?」


「ああ、あのときか。あれは本当にまいったよ、死ぬかと思った」


「礼装でダンジョンに行く人は初めて見たからね。すごく印象に残ってたんだ」


「いろいろ事情があってね……」


 交通事故に遭って死んだと思ったら、異世界に転移させられてました。なんて話ここでできるわけがない。


「防具を買う所を見ると、さいきん冒険者になったのかな」


「そうだな……ここ一週間くらいだ」


 嘘は言っていない。ダンジョンから逃げ帰ったとき、ギルドカードを持っていなかったことが知れると面倒くさそうだ。


「そうか。僕も一時期……って今も潜っているのか。ダンジョンの最深部の八層まで行ったことがあるから、また聞きたいことがあったら聞いてくれ。答えられる範囲でなら喜んで答えよう」



……いや、俺はお前が一階層でコテンパンにされてるのを見ているんだがな。そういえば、俺がその話を衛兵から聞いたときはアルスは俺に気づいていなかったか。

嘘はいかんぜ、嘘は。



だが、初めて会った奴に先輩風を吹かしたい気持ちはよくわかる。昔から知っている漫画を紹介されると、俺の方が知っているぞと知識を披露してしまうことがあった。




「俺は初心者だからな、よろしく頼むよ。先輩」


「はは、今は一階層も突破できないから、偉そうにはできないけどね」


 おいおい、さっきと言っていることが正反対だぞ。


 まさか自分から暴露していくスタイルだとは思わなかった。凄まじい天然加減だ。


「あっ――リゼ」


 視線が店の外へと向き、アルスの声が、優しいものへと変わった。

 つられて振り返ると、そこには少女がいた。



 染料の使われていない、麻で作られた粗末なワンピース。お世辞にも、上等な品とはいえない。ただそれだけを身に着けた、ライトグリーンの髪を肩まで伸ばした少女。



 身なりはあまり良くないが、磨けば必ず美少女の一員になるだろう。


「……アル。今日もまた、迷宮に行くの?」


 少女の声は、少し硬さを孕んでいた。批難するような目線はアルスを真っ直ぐ射抜いている。


「ああ……行くよ。僕は早く、武勲をたてなくちゃいけないからね」


 ぐぬぬ……!美少女に、美丈夫。

悔しいが、完璧にマッチしている。


なんか背景がはかなげな感じになったのは気のせいか。これがイケメンオーラか。


「それじゃあ、グレン。もう少し話したかったけど、もう行くよ。またダンジョンであったらよろしく」


「じゃあな」


「なんでちょっと怒ってるんだい……?」


「気のせいだ」


 そう、俺の心がエマージェンシーしているのは嫉妬などではなく、ただの気のせいなのである。美男美女がイチャイチャするのを想像してツバを吐きたくなったわけでは決してない。



 アルスは困った顔をしながら、さっきの少女と一緒に歩いて行った。仲のよろしいこって。


「あの、そろそろ次の案内をしてもいいですかね?」


「ああ、すいません。よろしくお願いします」


 店員さんの事すっかり忘れてたよ。

 そういえば、防具を見に来てたんだった。



「奥の方は新作と、少し値段が張るものになっております」


 どれどれ、と首を覗かせてみる。

ここからは、いわゆる『竜系』の素材を使った防具が多かった。



「こちらは、ビールキーパーと呼ばれる小竜の鱗を重ねた、中級者用の一品です」


 なんだそのアルコール片手にへべれけになってそうな名前。


「どんな魔物か聞いても?」


「ビールキーパーはですね、魔大陸に多く生息する、二足歩行の竜のことです。竜の起源とか言われていて、少なくとも人界では出ませんから、その分値が張ります。とうぜん質も良いですよ」



 両手を広げて大体のサイズを示してくれる。


 どうやら、小型の恐竜みたいなもののようだ。竜の起源とはいっても、今では発展途上過ぎて上位種に追いやられているらしい。弟より強い兄などいないのだ。



お値段は金貨十二枚、いきなり既存の最高値の三倍だ。


 迷彩色なのはプラス点だが、街中でこれを着るのはなあ……。

 店員には説明ばかりで悪いが、どんどん次のを紹介していってもらう。



 興味本位だが、予算では足りないものもカッコいい装備は詳細を聞いていく。

 赤竜の鎧――金貨八十枚。

 水王竜の鱗鎧――金貨三十四枚。

 翼鉄鷲の刃鎧――金貨二十二枚。 



 結局、あるもののほとんどを片っ端から聞くことになっている。自分でも迷惑な客だと思う。



 金が足りる装備は、半々くらいだった。その中で、一際目に留まった鎧がある。

――灰色の鎧。岩晶竜から作られたという鎧は、所々淡く光を反射する岩が出っ張っている。素材に極力余計なものを加えず、硬度の高い体を覆う岩の結晶で作られた鎧。装甲は薄く、俊敏さをウリにしている。しかしそれは生半可な攻撃では破られることは無い。



 かなりの斬撃耐性に加え、耐炎性と耐風性を備えている。


「――とまあ、このような感じですね」


「値段をお聞きしても?」


「お客様の予算からは少し外れますが、金貨二十九枚です」


「それじゃあ、これをもらいます」


 さんざん種類を聞いた割に即決だった。これが一目ぼれというやつなのか。


「承知しました!他になにか入用なものはありますかー?」


「そうだ、投げナイフを二本と、それを付けるベルトをください。安いもので良いので」


「まいどあり!」


 試着して、サイズが合うことを確認。そのあと、点検の仕方や道具諸々も買った。


 制服と引き換えに手にした金貨三十枚。残ったのは、たった銀貨六枚と、数枚の銅貨だった。


「ちゃんと着れてますかね?」


「ええ、とても似合っていますよ」


 鏡に映るのは、どこか気恥ずかしそうな顔をした、見慣れた顔。

 腰には剣。頭部以外を灰色のライトアーマーで包んだ姿は、やはりまだぎこちない。


 鎧を実際に身に通して、気が引き締まる思いがした。まるで、御伽話に足を踏み入れたような高揚感。


「……いや、俺はもう、『本物』なんだ」


『どこからか化け物がやってきたら、俺だって命がけで戦ってやるさ』

『可愛い幼馴染がいたら、毎日がんばってやるさ』

『あーあ、異世界とか飛んで、英雄並に強くてハーレム状態だったらなあ』



 想起したのは、元の世界での言い訳を連ねる自分の姿。




――もう、夢物語では終わらせない。

 俺はこの世界で、みんなに認められるような、もう兄弟に劣等感を抱かないような……誰にも揺るがされない自分になってみせる。

 俺は、迷宮へと歩いていく。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ