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第一章4 『力を自覚する』


ギルドの裏は稽古場なのか、かなりのスペースがあった。そこには、デルタが泊まりをしてもいいと許可した小さな小屋や、水を汲むための井戸がある。



 水道とかは普及してないのか。見たところ思いっきり中世だし、そんなもんか。

 もしかすると、魔石とかを使って自動で水汲みとかしてくれる物もあるのかもしれない。



 だからこそ、魔物の心臓である魔石を買い取ってくれるギルドという機関が成り立つのだろう。


 世の中うまいことできてるね。


 剣を井戸に立てかけて、準備運動を開始する。帰宅部な上ろくに体を動かしていなかったので、下手に動けばすぐに肉離れになるはずだ。


 それにしても、異世界に転移して早二時間程度か。なんだか、自分自身でも落ち着きすぎている節があると思う。



 普通ならもっと焦ったり、慎重に行動したりするものじゃなかろうか。

 その辺りも事故の影響か?それとも、女神が言っていた俺を『召喚』したときに、何かを仕込まれたのか。


 後者だとしたら薄ら寒いものがある。俺の体が知らない間に弄られてるなんて、そんな映画みたいな超展開が起こるとは。


 いつか、近いうちに余裕ができたら色々調べてみよう。


 調べることは今のとここんな感じか。



・魔力について


・この世界の歴史について


・召喚について


 魔力とはどのようなメリット、デメリットがあるのか。



 デルタとの会話でこの世界に魔術師がいるということが判明した。つまりは、どの程度かはわからないが、科学では証明できない超常的な力があるのだ。


 その辺の力具合は早急に要調べだな。まじないのような弱いものなのか、それとも十分に魔物を打倒し得るものなのか。


 まあこれは、魔術師がクラスとして確立しているので攻撃手段があるのだろう。

 デルタは魔力が多い奴ほど強いといっていたから、ただ単に魔力総量=魔術強度というわけではないらしい。


 魔力で体を覆い身体強化でもオートでかけているのか。

 それなら俺の狼逃走劇での身体能力もうかがえる。



 魔力が常人より多いらしい俺としては夢が広がるな。魔術を好き放題ブッパして、その上白兵戦でも高い戦闘力を発揮する魔法剣士。



 ぱっと見かなりチートに見える。


 だが俺が望む戦闘スタイルは基本遠距離からの魔法攻撃に徹するヒットアンドアウェイだな。


 危険は極力避けたい。剣を持って切った張ったの勝負なんてやったことあるわけないので、恐らく相当不恰好な戦い方になるはず。こんなことなら剣道でもやっておけばよかった。



 異世界転移なんて余地しようがないから栓無きことだが。


 次は歴史についてだ。


 これはさして重要でもないな。だが、調べておけばそれはそのままリソースへ割ける。

 生活していく上で常識などが欠如していれば困ることも多々起こってくるだろう。



 そのせいで、しょうもない失敗をするかもしれないからな。そういうのは事前に避けておきたい。


 この世界、図書館とかあるのだろうか。製本技術があって安価なら買ってもいいが、高価なものだったら遠慮したい。


 たかが歴史と侮るわけではないが、わざわざ買うほどのものでもない。


 それだったら口頭で適当な誰かに聞くとしよう。本物の異世界の英雄譚とかもぜひ聞いてみたい。



 最後に、召喚についてだ。これに関しては、魔術と並行して調べていこう。



 異世界から人を呼び出す魔術というのはだいぶ高等な気がするが、基本一帯をさらえばさわりくらいならわかるかもしれない。


 迷宮に行く前に、図書館、魔術書の値段帯、貨幣価値でも調べておこう。

 流通している貨幣の種類もわからなければ、いつぼったくられるかわかったもんじゃないからな。今は一円が死活問題だ。



 調べるものはこんなところだな。



「そろそろ始めるか」


 準備は終わりだ。体は十分に温まった。これで怪我でもしようものなら相当に運動不足だな。


……筋トレとかもしたほうがいいのかな。


 努力は嫌いだ。簡単に結果を裏切ってくるから。それに、兄妹のことを思い出す。


 あいつらは才能マンだ。やる事なす事簡単にやってしまって、俺の生きる意味をことごとく無くしてきた。


 嫌いだ。


 何がと言われると、あの目が気に入らない。才能の無い俺を気遣うような、あの慰める視線が。


 才能がある奴には俺の気持ちはわからないだろうな。何をしてもそこそこ、一芸に秀でることもできずに、将来を凡夫と確定された人生を生きる俺の気持ちは。

 まあ、いいか。ここまで来て嫉妬にとらわれる必要なんてない。ここでは俺にだって才能があるんだ。



 もうあいつらにへりくだる必要なんてない。ここでは、ここでだけは、俺は兄妹に負けない。

 筋トレはしておこう。寝転がってダラダラしていては、兄妹への劣等感で俺自身が辛くなる。



 ここでさえ負けたら、俺は今度こそ死にたくなる。あいつらならこの世界に来かねないのだ。


 ありえないとはわかっているが、そんなことはあるわけがないと理解しているが世の中には、まぐれがある。



 本当に何でもできるやつらだった。この世界に来たら、あいつらは必ず俺を超えている。確信があった。


 常々言っていたじゃないか。俺に隠れた才能があったのなら、血反吐はいても正義でもなんでも貫いてやんよ、なんて安っぽい売り文句を。

 今がまさにその時だ。努力をしなければいけない。昔は調子に乗っては失敗続きだった。



 剣を持ち上げる。


すると、明らかに不自然さがあった。


「軽い……?」


 なぜなのか、デルタから受け取った時とは違い、まるで重さを感じなかった。鉄の塊のはずの剣は、棒きれのように軽い。


 理由はわからない。これにもまた、何らかの原因があるのか。

 ダメだな、さっぱりわからん。こうも全部わからないのでは考察のしようがない。


「まあ、軽いならいいか」


 剣が軽くて困ることはない。正直何キロもあるものを振り回すのも気が引けてたしな。儲け物だと思っておこう。


 剣を引き抜く。


 デルタは中古だと言っていたが、そうとは思えないほどに刀身は綺麗だった。鈴が共鳴するような高潔な音を立てて、全身を現す。



「なんていうか、すごい厨二っぽいな」



 苦笑する。細い剣は叩き潰すのではなく、斬ることに傾倒しているのだろう。

 笑ってはいるが、俺の心は実に踊っている。異世界、魔力、魔法、剣。これだけのキーワードが羅列して興奮しない奴はまずいない。



 ましてや、不遇転移ファンタジーではないならなおさらだ。


 剣は右手の手首だけで振れた。見た目の質量的に俺の膂力ではまずできないが、できた。


 柄を両手で握り、思い切り右斜めから左下へと袈裟斬りをしてみる。ブン、と不恰好ではあるが風を切る音が聞こえた。


 驚きに目を見開く。ありえない。俺は剣道なんて授業でしかやったことがない。他には小学校のころ、チャンバラをやっただけだ。



 そのくせ、力の入れ方、体勢、フォーム、何を取ってもいい加減でむちゃくちゃな振りが、腕力だけで素人の振りを逸脱してしまっているのだ。



 心臓が、やけにうるさい。血が全身を巡っている感覚がわかる。髪の毛から足の指先まで意識が集中している。


 感覚が途端に鋭敏になり、五感が研ぎ澄まされていく。全能感が心地よく澄み渡った。



「……フンッ!」


 この力が本物かどうか確証を得るために、踏み出すと同時に大上段からの振り下ろしを行う。

 斬撃はすべての抵抗を受けず、まるで無重力の空間を往くかのように軌道を終えた。



 一拍遅れて刀を高速で研ぐような、空気を斬る音が聞こえた。

 足元には、足の質量分だけくぼみが出来上がっている。


「ハ、ハハ……!」



 一歩引いた笑いが込み上げる。


 なんの前触れもなく、数分前から唐突に力が溢れ出してきた。確信はできないが、これが女神の言っていたチート級の魔力の力なのか。


 軽く捉えていたが、とんでもないもんだな。



 これなら、狼くらいなら簡単に倒せそうな気がする。


 もしかして群れに襲われた時、素手だったとしても倒せたのかもしれない。さすがにそれは調子に乗りすぎか。


 あんな状況で一瞬で判断して倒そうと思えるやつなんてなかなかいない。できるのはよほどのバカか血気盛んなやつだ。



 俺はそんな主人公体質ではないのだ。


 ともあれ、異世界転移も前途多難に思われたが、案外なんとかなった。



 ゲーム風に簡単に表すなら、序盤敗北イベントを無傷で消化。見知らぬ土地にて友好的なNPCを発見。のち初期装備をゲットだ。



 これだけ見ると、頭がおかしいほど順調に進んでいるな。


 それでは次は、お待ちかねの初エンカウントだ。

 俺はこの世界で、十把一絡げの脇役なんて役職ではない。



 この力で、誰もが認めるような、兄妹に負けないような――物語の主人公になってやる。





   ***




 昼過ぎ、通りの商店は掻き入れどきらしい。道の端に風呂敷を敷いただけの簡素な店の商人が、道行く人々に向けて客寄せをしていた。


 内容は大体食べ物だ。串焼きやら、干し肉やら、八百屋やら、見たことのない食べ物がズラリと並んでいる。


 他二割ほどを占めるのが、旅行客用の土産や、アクセサリーなどだ。


 用途がよくわからない、商品の種類が一貫しない謎の店もある。使えば空を飛べそうな箒や、見た目ただのタワシ、ボロッボロのローブ。なんだこりゃ。



「ふぇっふぇっふぇ、お兄さんのそれも、魔道具かい?色々揃えてるよぉ……」



 じっと見ていると、かなり歳の行った白髪交じりの店主が話しかけてきた。雰囲気バリバリだからめちゃくちゃびびったじゃねえかよ。


 目を合わせていると呪われそうだ。


 ん?『それ』とは、制服のことか。


……もしや、これ全部魔道具か。てっきり魔術陣みたいなのが書かれたアイテムを想像していたが、そんなものではないのか。なんだかギャップにがっかりだな。



 参考までに聞いてみると、『汚れが落ちるタワシ』の値段が金貨一枚と銀貨三枚。


 貨幣価値は一通り説明を受けたが、この値段はだいたい二十万ほどか。

 こんなしょうもない能力のタワシが二十万。ぼったくりもいいとこだな。



 裏を返せば、それだけ貴重なものということになる。タワシのような、明らかに売れなさそうな効果が付与されたものがあるということは、付く能力は完全にランダムなのだろう。



 ということは、これは人力で作るのではなくドロップアイテムなのか?

 そこらへんはまた勉強だな。学ぶことが沢山あって、当分は忙しそうだ。



 適当に言って店を離れる。

 こうして余裕を持って周りを見ると、ちらほら人間じゃないやつがいるな。



 ネコミミ受付嬢と同じ、人族ではない亜人だ。


 括り的には獣人だ。ネコもいれば、イヌ、オオカミっぽいやつもいる。

 顔は獣ではなく、人間がベースで種族によって体に特徴が現れている。



 ネコはピンと立ったネコミミ。イヌならへにゃついたイヌミミ。


 体のラインを全面的に出しているセクシーなオオカミ娘さんは、肩あたりからもふさふさの毛が生えている、みたいな具合で。



残念ながら、この街には人族と獣人族しかいないようだ。エルフとかもいるのだろうか。エルフは俺の中では美男美女というイメージがあるから是非拝見してみたい。




 しかし、この場合俺も当てはまるのだが、荒くれ者の風貌のやつの中には明らかに持てないだろ、というような大剣を背中に差しているものもいる。さすがに身長よりも大きい剣を持っていたら戦いづらくなるんじゃないかと思ったが、物理法則を無視した戦い方ができるこの世界ならではの剣技があるのだろうと納得しておいた。



 あんなもので切りつけられたらたまったもんじゃない。普通の剣で相手をすれば、防御をしても押しつぶされてしまうだろう。


 調子に乗るつもりは元々ないが、言動には気をつけておこう。


 そして、図書館についてデルタに聞いたが、あいにくこの街にはないらしい。やはり本というのはこの世界では相当に高価なようで、図書館があるのは各国の首都くらいらしい。



一番手っ取り早く情報を吸収できる本が読めないのか、と悲観したが、事情を話したらデルタに家の本を読ませてもらえることになった。これはありがたい申し出だ。



それに加えて、家の家政婦に音読をしてくれるよう頼んでくれるそうだ。言われてから気付いたが、文字を読めないのをさっぱり忘れていた。



ここまで優遇されて、おかしいという気持ちはある。

見ず知らずの人間に、普通こんなに優しくする人間なんていない。

しかし同時に、悪意も感じないのだ。



これはただ俺がマヌケなだけかもしれないが、デルタは俺に特別なにかをしようというわけではないように思う。


ぽりぽりと頭を掻く。



ここでデルタを突っぱねるのは簡単だ。しかしその場合、情報収集や新天地での人のつながりをすべて絶ってしまうことになる。デルタがもし俺を利用する気が無く、ただの善意でやってくれているとするのなら、それを拒否するのは大きな損失だ。



片やリスクを無くすが、この国の歴史、魔法書、国家間の情報などもろもろを得ることが厳しくなる。金銭的な面から考えても、一ヶ月や二か月で解決できそうにいない。




片やリスクを伴うが、大量の情報や、生の人からしか聞けない生きた情報を得ることができる。デルタは立場のある人間だし、賢しい人間に違いない。そしてなにより、俺に優しくしてくれている。その好意を裏切るのは、なんだか嫌だ。



こうして考えを整理してみると、どちらを選ぶべきかハッキリするな。

もちろん、後者だ。冒険者という危険を伴う家業につく以上、その道に通じた一流の人間とつながりを作っておくべきだ。



危なくなってきたら即トンズラという考えを念頭に置いて、これから接していこう。


色んな事を考えながら歩いていると、すぐに迷宮に辿りついた。実に、三時間ぶりだ。



「うう、くそ……!」



迷宮の入り口には、相変わらず一人の金髪が満身創痍で横たわってた。あのあとまた潜ったらしく、まだ服についた泥なんかが乾いていない。キズもかなり負っている



兵士はそれをもう当たり前の風景のように受け止めていて、気怠そうに立っていた。


「よう、ギルドカードは持ってきたか?」


「ええ、おかげさまで。いまからまた潜ろうと思います」


新品のカードを提示する。兵士は用紙になにかを書きこんで、またカードを俺に渡した。


「お前もまたこりねえな」


「はは、宿代がかかってるもんで」


「アルスといいお前といい、よくそんなに働けるわ。俺は面倒くさくてかなわん」


アルスとは、金髪のことか。


「それじゃ、行ってきますね」


「んおー、今度は無くさないようにな」


 ひらひらと手を振る兵士を尻目に、階段を下りていく。


 また一段と下りるごとに太陽の光が届かなくなり、視界を照らすものが魔石の照明と移り変わっていく。

 踏み入れるたび、この薄暗闇をうろつく魔物たちの気配を感じ取れた。



 ドキドキした。心臓が、破裂しそうなほど叫んでいた。


 これが冒険。物語の序幕。波乱の序章。


 狙うのは魔物の心臓、魔石。



 それを集め、金を稼ぎ、宿代を集め、果ては装備を整える。

 兵士のような生き方では遅すぎる。もっと、生き急がなくてはならない。



 そしていつか、思うがままに生きられるだけの力を。


 そう己を鼓舞して、俺は迷宮へと潜っていく。







――ここはメルド。ここは異世界。生きるためには、理想を掴むためには、闘うしかない。



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