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第一章3 『英雄の器』



――人界三大国に数えられる、鉄の国。(アルガート)


 その由来は人界暦0年。人魔大戦を終戦へと導いた三勇者が一人、《単騎要塞》の称号をもつジェラルド・ミルドバーンが創り、栄えた国として知られている。

 北東部、【約束の地】にいまだ残る、ジェラルドが一撃で傷つけたとされる小国ひとつ分の大穴【孤高の大地】には、人界(じんかい)暦475年経過した今でも埃のひとつ被らず。

 その豪腕、正に要塞。


 彼が戦場に立つだけで、敵対した者の戦意残らず。

 その威圧感、正に要塞。


 彼が大樹の女神から与えられ、現在は教会大聖堂へと保管されている『聖鎧ゼブ』。

 それを身につけた時、彼は万の兵隊に千太刀千矢で斬られ貫かれようとも、一人勇者の帰り訪れるまで、約束の地を守り抜いたとされる。

 その防御、正に要塞。


 約束の地へと攻め込んだハーフエルフ達は大半が死に、わずかに逃げ延びた彼らはジェラルドのことをこういった。

『――あれは、人間ではない』


 鉄の国、南西部に位置するメルド。

そこには、鉱山資源こそ無いものの、畜産と織物が盛んで、なによりその友好的な人柄が好まれる。


鉄の国の北部と南部に分かたれた特殊な国背景もあってか、南部は他種族との交流も盛んだ。

一度あの大自然に囲まれた土地へ赴けば、祖国へ帰ることも憚れるだろう。

だが、気を抜くことなかれ。彼の地には、その大自然を取り巻く狂暴な魔物たちが生息している。


それでも安心してほしい。

あの街には、彼の偉大さと誇りを胸に刻み込んだ人々が、あなたたちを迎え入れてくれるのだか。

人族に残された命は、限りなく有限で、少ない。

この本からあなたが少しでも興味を抱いたのなら、是非あの素晴らしい国へ足を運んで欲しい。


 ――著者、冒険家アット・アッド。『鼻唄の冒険書』より抜粋。




   ***




 ギルドはすぐに見つかった。


 やはり異世界では『魔物』が跋扈しているのか、街の一番目立つ大通りに面していた。門番も迷宮と言っていたし、初めの洞窟は、冒険者が魔物退治をするための場所なのかもしれない。


 まあ、何か旨味が無けりゃ街の中にあんな危ないものを放ってかないな。

 初心者育成用のダンジョンといったところか。


 ギルドは街の広さから見るとそこそこ大きかった。古ぼけた木造建築は酒場を連想する。

 中に入ってみると、酒場のイメージは間違っていなかったらしく、昼間っからオッサンたちが酒を飲んでいた。うるさいし、酒臭い。



 そこかしこで大げさにポーズを取って武勇伝を披露したり、叫びながら腕相撲をしたり、様々だ。働かない大人を見ると、将来ニートを目指していた俺としては安心する。人は働かなくとも生きていけるのだ。



 飲んだくれだけではない。依頼を手伝ってもらおうとしているのだろうか、三人の男女が宣伝するように討伐対象の名前を挙げ、クランに有望なヤツを引き入れようともしている。


 他にも、商人が護衛を雇おうとしていたり、吟遊詩人が歌っていたり、ギルドは実ににぎやかだった。

 入り口から正面に見てカウンターがあったので、目移りしつつも受付の姉ちゃんに近づいていく。



 すると、目を奪われた。

 受付嬢が、ネコミミだったのだ。


――ネコミミ。それはすべての男が一度は夢見たパラダイスであり、拝めることは無いと空想にとどめた至宝である。


 別にケモナーとかではないが、目の前にピョコピョコ動く可愛らしい耳があると、ついついイタズラしたくなってしまう。


 あれだ。ネコミミのほかに普通の耳もついているのだろうか。なんだか、俺は世界の真理に到達しそうな気がする。


 そんなことを考えていると、受付嬢は俺の目線に気づいたのか、怪訝そうに前かがみになった。


「私の耳、なんかヘンかニャ?」


「ニャ!語尾がニャ!」


「ニャっ、ニャんだ!?」


 すげえよ異世界クオリティ!現実で『ニャ』とか真顔で言うやつ初めてだよ!


「……いえ、すいません。少々驚いてしまって」


 高ぶる気持ちを抑えつける。初対面からはしゃいで後々後悔するのは昔からのクセだ。それに初めてのネコミミ娘に嫌われるとあっては、その後のおイタズラができなくなると考えると人類の損失だ。


「まあ、獣人を初めて見るヤツは大抵ビックリするニャ。けどあんまりやらしい眼で耳ばっかり見てると怒られるから気をつけニャよ」


「申し訳ない」


 やらしい眼とは失礼な。ただ私は性的な目で多少興奮していただけですよ。


「ギルドカードとやらを作りたいのですが、ここで大丈夫ですか?」


 実はケモミミは頭が弱いという属性多重展開にもひそかに期待していたのだが、その一言だけで要件を得てくれたようだ。下から紙とペンを出した。


「はいニャはいニャ。ここに名前と年齢だけかけばいいニャ」


 いちいち言動が琴線を刺激してくる。会話にここまでニャを溶け込ませるとは、このネコミミ中々の手合いだ。


 ペンを取ってから、動きを止めた。


 そう、文字がわからないのだ。会話のほかに文字も日本語で通じるとかいう異世界の雰囲気をぶち壊すイベントなのだろうか。


「これ、読めます?」


 試しに、欄外にカタカナで『グレン・フォルス』と書いて見せてみた。なんか恥ずかしっ。


「なんニャ、コレ。ぜんぜん読めニャい。お前どこの田舎もんニャ」


 田舎もんとはこれまた失礼な。サブカルチャー帝国日本の技術の結晶でぶちのめしてやろうか猫畜生が。


「うーん、まあ偉そうにしてるけど私も文字おぼえたばっかだからよくわっかんニャいんだよニャ。ちょっと待つニャ。ギルマスなら普通に読めるかもしんニャい」


 しかもお前も文字ろくに読めないのかよ。いや、偉そうなことは言うまい。この場合俺が意味不明な文字を書いただけなのだ。


 大事になるのも嫌なので素直に受付嬢に代筆をお願いしようとしたが、気づいたら奥に消えていた。


 仕方ないので待っていると、奥から二人が出てきた。一人は受付嬢、もう一人は壮年の男だ。それなりに年はイッてるはずだが、白髪一本ない茶髪が良く似合っているダンディなおじさまだ。



 ゆったりとした衣服を着ていたのでわからなかったが、ギルドマスターと呼ばれた男は左腕が無かった。



 それがこの世界が生易しい所ではないのだと実感させてくれる。


 調子に乗るのは止めておこう。

 それにしても、とんでもない威圧感だ。男が出てきただけで、空気が明らかに変わった。目なんて、人殺ししてそうな目だ。……いや、殺しているのか。


 緊張しながら観察しているとふと目が合ったので、すぐにそらした。かなりこわい。


「よお、兄ちゃん。手間取らせちまって悪いな。俺はデルタ・ユーズ。よろしく」


 どんなことを言われるのかと内心ビクビクしていたが、男は意外にフレンドリーだった。爽やかに笑って級友に会ったかのように手をあげて歩いてくる。


「いえ、こちらこそすいません。どうやら僕の故郷の文字では通じなかったようです」


「どこの生まれなんだ?獣人お初ってことは、ココの生まれだろうし」


「山奥ですよ。名前もないような、錆びれた村でした」


 ここは無難に答えておこう。知識がゼロのくせに知ったかぶりしてボロを出すのもばからしい。


 突っ込んでくれるなよという願いが通じたのか、デルタは幸いに適当に相槌を打って終わらせてくれた。


 俺としてはありがたいが、もうちょっと警戒するとかあった方が良いんじゃないだろうか。こういうのはふつう他国からのスパイとかを気にするもんじゃないのか?


……もしかすると、警戒していないのはフリで気を抜いたら牢屋にぶち込まれているとかいうパターンだろうか。身元を証明するものが無いので、それだけは勘弁してほしい。


 兵士に仕事をするには必ずどこかのギルドに入った方が良いと言われて、それに従ったのが早計だったか。


「まあ、変な奴だったらわざわざ目立つようなマネしないだろ。俺が代筆してやるよ」


 デルタは俺からペンを受け取ると、簡単な質問をして紙にミミズが踊っているような文字を書いていった。まったく読めん。

 俺の考えすぎか。小説なんかに感化されすぎのようだ。


「あーあ、私が代筆して小銭稼ぎしようとしてたのにニャー」



 一番あくどいのは受付嬢だった。フフ、お嬢さん。残念ながら俺は住所不定無職、身元不明の文無しだぜ。持ってけるもんなら持ってきな……!



 改めて状況を考えてみると、危ない字面だ。


「――そんで、最後に名前は?」


「グレン・フォルスです」


「……グレンね。よし、完成だ」


 一枚のカードが手渡された。安っぽいカードだ。


「文字は俺のをマネすりゃいいから、裏に自分で書いてくれ。それが本人確認の証拠になる」


「はい、わかりました」


 セキュリティガバガバだなとは思ったが、化学なんて便利なものが無さそうなこの世界じゃしょうがないか。治安とかも地球に比べたら段違いに悪いだろうし、気を付けておこう。


 文字は意識したら自動で書けるか、なんていう期待もあったが、ミミズ文字はやっぱりそのままだった。下手くそながら頑張って写す。


「下手くそニャ」


 自分では似せたつもりだったが、ネコには鼻で笑われた。いつか絶対調教してやる。


「ああ、そうだ」


 思い出した世にデルタが言った。


「そういや、知り合いに魔力量を測るもんをもらってな。これから登録時にコイツを導入してこうと考えてんだ。お前もやってみるか?」


 そういって胸元から出したのは、透明なこぶし大のガラス玉だった。

 両手をかざせば未来が見えそうな、そんな感じの。


「てゆーか、やっぱ魔力とかあんのか……!」


「魔力ぐらい、持ってて当然だろ……?」


「コイツやっぱりとんでもニャー田舎もんニャ」



 片手では笑みを隠しきれなかった俺は、さぞ不気味に見えていることだろう。

 おいこらネコ。本気で引いてるんじゃない。

 コホン、と咳払いをして話題を引き戻す。



「つまり、個人の強さを測れるみたいなものですか?」


「魔力が強さってワケじゃねえが、まあそう考えてくれて構わん。魔力がある奴は大抵つええ」


「なるほど」


 デメリットはない。


 このガラス玉はゲームで言うMPを計るアイテムだ。MPが多ければ、当然強力な魔法も使える。


 異世界転生者なんかは、だいたいはなんらかのチート持ちだ。しかも俺は洞窟のときにあり得ないほどの身体能力の高さがあった。チートとまではいかないまでも、恩恵があるのは間違いない。


 そこから見えてくる図式は、異世界で魔法チート無双する俺の姿。

 完璧だ。


「ぜひやらせてもらいます」


 悩む必要などあるものか。


「おお、そうこなくっちゃな」


 デルタも使ってみたかったのか、心なしか嬉しそうだ。

 ガラス玉がカウンターに置かれる。


「――」


 ごくり、と唾を飲む音が聞こえた。

 魔力を測定するとは、いったいどうやるのだろう。様々な想像を働かせてみるが、いまいちピンとこない。


 ガラスは起動式なのか?何も起こらない。やはりこれも魔道具みたいなもので、魔力で動くものなのだろうか。

 そこらへんの知識も時間があれば入れておこう。情報はあればあるほどいいからな。


 しかしこれ、起動するの遅いな。不良品じゃないだろうな。期待させるだけさせるなんて、詐欺もいいとこだぞ。

 抗議の声をあげようとデルタの方を見ると、彼も俺を見ていた。



「なにしてんだ?早く魔力を出せよ」


「えっ?」


 これ、セルフなのかよ。


 てっきり勝手に機械がやってくれるもんだとばかり……。ていうか、一言くらい説明しろよな。しかし、そんなことよりもだ。


 魔力って、どうやって出すの?


 魔力。そんなもの当たり前だが地球にはない。故に出し方がまったく分からない。

 まあ、とにかく一度やってみよう。よく無理だ無理だと言っていると、大人たちもそんな簡単に無理というからできないんだという根性論を言い返してきたことだし。


 挑戦は悪いことじゃない。


 胸のモヤを取るために軽くたたいて、深呼吸。

 それから、両手をガラス玉にかざす。目は閉じておく。なぜなら、こういうときは目を閉じて集中してますよというポーズをとるのが様式美だからだ。


 大切なのは、イメージ。空想力だ。魔力ってのは目に見えるような力ではないはず。なので、体の中にオーラっぽいものが巡っていると信じて、それを思いきり放出させる。


 目の前の、ガラス玉に向けて。


 なんだか、イケる気がする。出せる気がする。

 急にとんでもない恥ずかしさがせりあがってきたが、ここは異世界。俺を笑うものなどだれ一人いないんだ。

 やってやるぜ。


「……ふっ!」


 緊張感と共に、皮膚の周りを巡っていたオーラを、ガラス玉に流し込む。

 手ごたえはあった。幼少のころ、夜な夜なかめは○波を練習していたときに時たま出る倦怠感のような、達成感のような、よくわからないアレだ。つまりなにもわからない。


 無論そのときは気功波は出ていなかったが、あのときこそ魔力が出ていたのではなかろうか。


 数秒後、あますことなく力を放出したはずなので、ゆっくりと目を開いた。ガラス玉には何らかの変化が起きているはず。そう、信じて疑わなかった。イマジネーションパワーは、疑いを覚えた時点で消えてしまうのだ。


「……あり?」


 だが、ガラス玉は何も変わっていなかった。『お前、大人になっても変わらないな』ってくらい変わってなかった。


 恐る恐る、顔を上げてみる。

 するとそこには、生暖かい目で俺を見つめるデルタの姿があった。


「グレン……魔力の使い方がわかんねえなら素直にそう言え、な?」


「マスター、私コイツ入れたらダメなんじゃニャいかと思うニャ。絶対キメてるニャ」


 ネコにいたっては、ドン引きしていた。こいつにはいつか、客と店員の立場の違いを理解させなくてはいけないと思う。


 結論。挑戦するのは悪い事じゃないけど、人に聞くことも同じくらい大事だよね!

 てへぺろ。


「まあ、剣士なら魔力のことを知らねえっていうのも変じゃねえさ」


 剣士でもないどころか、包丁すらろくに持ったことのない男子高校生だが、言うのは止めておこう。さらに俺の株が急降下する気がしてならない。


「いいか?魔力ってのは、自分の中に流れるもう一つの血だと思え。心臓から、二種類の血が出てるんだ」


 なんだ、だいたい言ってることは同じじゃないか。中二病は異世界の法則にまで作用するのか……なんて面白くないことは放っておいて。


「魔力は、生命エネルギーだ。完全に無くなりゃ下手すりゃ死ぬし、死なないまでも死ぬ寸前までいく。だから、そんくらい大事なもんが流れてるって自覚して、それを流し込めばいい。いうなれば、傷も何もない皮膚から血液を垂れ流すみたいなモンだ」


 おお、それっぽい説明だ。頭脳派には見えないのにかしこく見える。


「まあ、これはこのガラス玉を作った魔術師の言葉なんだがな。俺は魔法苦手だから、よくわからん」


 見た目通り、デルタは剣士らしい。


 昔は強かったが、前線で腕を無くして第一線を退いたってとこか。仮にもギルドマスターっていう地位は安いものではないだろうし。


「とにかく、そんな感じだ。これで出来なかったら、また慣れてきたころに挑戦すりゃいいさ」


 それは少し困る。

 俺には今日を過ごすための金が無いのだ。早いトコロ稼ぎ扶持を持たなきゃ生きていくことすらできない。


 まあ最終的に飲食店なんかの日雇いで過ごすことになるだろうが、おれも一応男の子だ。夢はでかく持たないとな。


 本音を言えば、楽して稼ぎたい。


 社会を嘗めているのかと言われればそれまでだが、現時点では可能性は十分にある。

 だがリスクは極力犯したくない。自分の強さをはき違えてお陀仏なんてマヌケな死に方はしたくないからな。今回のイベントでしっかりとどれくらいの才能があるのかを把握しておかなければ。


 だから、この場でヘマをするわけにはいかないのだ。

 改めて深呼吸して、もう一度ガラス玉を両手で覆う。


 集中だ。集中。さっきみたいな、ボンヤリとしたイメージではない。自らの中に自然と流れる、血ではない血を探る感覚。


 まだ、よくわからない。まだ確固とした確信を得る事が出来ていない。

 そもそも、血がどうとか生命エネルギーがどうとか言われても、イマイチ要領を得ないんだよな。それよりも説明の最後の『皮膚から血を垂れ流す』っていうやつのほうがわかりやすい。


 なので、俺はそれを実践した。


 想像するのは、水道管。


 人間の胴のような太さのものが自分の手のひらにあって、そこから破裂するほどの血が飛び出すイメージ。


 まだ、魔力とやらは出ていない。いや、出ているのかもしれないが、ガラス玉に何の反応もないってことは、その程度でしかないってことか。


 まだだ。

 わざわざバルブを捻るみたいな、まどろっこしいやり方じゃない。もっとこう、制御もできないような、誰にも、俺自身にも止められないダムの決壊を、想像した。


「ツッ!」


 そのとき、頭が焼け焦げるかとおもうほどの熱が走った。

 同時に、ガラス玉が砕ける音も。

 一瞬痛みに頭を押さえて倒れそうになったが、すぐに回復した。カウンターを見てみると、やはりガラス玉が砕け散っていた。


 何が起きたのか、わからない。俺のやり方がまずかったのだろうか。

 始めに反応を取ったのは、受付嬢だった。


「なんニャ。不良品だったのかニャ?」


 俺としては、そう言ってもらえてホッとした気持ちもあった。これでデルタが俺が壊したといって糾弾してきたら、弁償をしなくてはならないかもしれない。新技術らしきことをいっていたし、そんな高そうなものを弁償する金は俺にはない。

 しかし、違った。

 この場で誰よりも事態を理解しているであろうデルタは、うすら寒い笑みを浮かべていた。


「……ひとつ言っておくが、これは、間違いなく不良品じゃねえ。コイツは、世界最強の魔術師って言われてる、俺の仲間が開発したシロモノだ。信憑性は確かだ」


 世界最強ねえ。この人、相当強かったんだな。

 俺には凄さの度合いが伝わらなかったが、受付嬢は目をひん剥いていた。


「まさかソレって、マリアリア・ペルーのことかニャ……?」


 デルタが頷く。


「この玉は、軍隊の魔術師団が五十人がかりで全魔力を入れても壊れなかった。それどころか、それでもまだ許容量には余裕があったんだ」


 おお、それは俺がその魔術師団たちよりも多い魔力を持っているということなのか。少なくなくて良かった。どうやら、魔力量はかなりあるようだ。


 このまま冒険者ルートに進んでいくということでよさそうだ。

 そう思うと、全能感が増してきた。きっともうあの狼と対峙しても狼狽えることは無いという確信がある。


――この時の俺は、事の大きさがわかっていなかったのだ。


 仕方ないだろう。だって、基準がまるで分らないのだから。魔術師五十人よりもすごい魔力と言われても、『へー、まあ結構すごいんだなあ』くらいにしか捉えてなかった。


 前の世界では、どんなに努力しても上の下にも上れることはなかった。どんな分野だとしても、たったの一回きりでさえもそこそこが限界の人生だった。


 世界の人口なんて、七十億もある。そんな中でトップランカーに上がれることなんて、あるはずもない。そう高をくくって暮らしていた。


 それと同じように、今この瞬間も俺はこの異世界にももっとすごい奴がいっぱいいると思っていたんだ。それこそ、はいて捨てるほど。

 俺なんて、初めだけちょっとチヤホヤされるだけの人間。大してすごいわけもないさと、断じていた。


「なあ、グレン。お前は冒険者になりたいんだよな?そんだけ才能あるんだ。絶対に冒険者になった方が良い。お前ほど才能がある奴なんてめったにいねえ。俺が保証する」


 そんなストレートに言うなよ照れるな。俺にそっちのケはないのだが。


「ええ、できればそうしようと思ってます。ただ、長旅で金が無いので、当分は日雇いの仕事で元金を稼ごうかと」


「……ちょっと待ってろ」


 そういうと、デルタは早足で裏に引っこんだ。


「うっふん、旦那様。私、こう見えても尽くすタイプだニャ?」


 デルタがいない間、才能があるとわかった瞬間に態度をひっくり返してきた受付嬢をどうやって殴り飛ばそうかと考える。

 これもコミュニケーションの一種か。それとも本当に態度を変えただけなのか。そうだとしたらだいぶお粗末な考え方をしてるな。相当人の恨みを買っているに違いない。


 とりあえず、受付嬢はムシしておいた。耳を洗って出直してきな。

 うなだれる受付嬢をよそに、デルタが戻ってくる。その手には、一本の剣があった。


「これ、最近バカが忘れて誰も取りに来ないから処分に困ってたもんだ。安物だが、新人にゃじゅうぶんだろう」


「いいんですか。人のを勝手に使うのはちょっとまずい気が……」


「俺が拾わなかったらとっくに盗まれて二束三文でポイさ。これも運命だと思って、使わせてもらっとけ」


 おいおい、いいのかよ。まあだが、剣がいくらするのか知らないが貰っておける分には困るものではない。


「ありがとうございます」


 なんだか受付嬢が厳しい目を送ってきているが、本当に大丈夫なんだろうな。夜道に背後から襲われたりしたら祟るぞ。


 とにかく、やったぜ。完全な文無しから装備が安物の剣になった。


 なんだろう。ここでレベルアップやイベントクリアの音が鳴りそうなものだが、一人で興奮したり緊張したりだからいまいち盛り上がりに欠けるな。


「あとな、金がねえからって間違っても野宿しようとするんじゃねえぞ。慣れてない奴なら、一晩で目覚めたら身ぐるみはがされて国外に奴隷として売り払われてるっていうのもよくある話だ。もし止まるとこが無いのなら、ココの小屋にでも寝泊まりしとけ」


 おお、なんだなんだ。至れり尽くせりじゃないか。


 普通、こんな見ず知らずの奴に親切にするか?困ったときはお互い様なんてなかよしこよしの発想が通じる世界でもなさそうだし……。

 デルタには悪いが、この誘いは警戒しておくことにしよう。



 右も左もわからないこの状況で誰か一人を信用するのは危ない。お金が無いからただで剣をくれて、さらに寝床も用意させていただきますなんて虫のいい話、あるはずがない。何か、裏があるのだ。



 しかし、俺を騙すメリットなんて無いように思えるが……。もしかして、そんなに才能があるのだろうか。もしそうだとしたら、ドキが胸ワクするね。


「……助かります」


 その後、適当にお礼を言って、裏で剣を練習させてもらうことにした。デルタは「剣士じゃねえのか?」と言ってきたが、旅で体がなまっているかもしれないから、と嘘をついておいた。


 さっきのダンジョンっぽい所で魔物を狩って『魔石』という魔物の心臓を取ってこれば、安価だが金を稼げるらしい。


 やはり街の中心にあることもあって、定期的に中の魔物の数を討伐隊が調整したりしている初心者用の迷宮らしいので、当分そこを狩場にさせてもらおう。……危険じゃなければね!




 目指せ無一文からの脱出。目標はベッドで寝ることだ。

 安い決意をして、俺はギルドの裏庭に勇んで歩いて行った。




   ***




 グレンがギルドから出ていった後、カウンターに残ったデルタとネコミミ受付嬢、ルカが話をしていた。


「マスターが昔そんニャ強い冒険者だったニャんて話、初耳ニャ」


「んん?ああ、わざわざ喧伝することでもねえからな」


「マリアリアと知り合いって話も本当なのかニャ?」


「あいつとは、昔パーティーを組んでたんだ」


「マジかニャ……!」


 ルカが訝しげなのも、無理はない。マリアリア・ペルーとは、それだけの人物なのだ。


 現在の時代は、『剣士一強』と言われている、魔術師が圧倒的に剣士に劣っている時代だ。

 剣士と魔術師、それぞれが同程度の権威の者同士が戦えば、必ず剣士が勝ってしまう。いえば、魔術師不遇の時代。


 そんな中で、この世界で剣士も混ぜた最強の一角に名を連ねる唯一の魔術師、それが彼女だ。


 指を振るえば大地が爆ぜ、時空が歪み、炎の海をつくり、嵐を起こす。まさに、理の外にいる人間。


 実力だけにとどまらず、権力もある。

 原始人と言われていたほどのお粗末だった魔術は、彼女が魔術学院を創り自らの知識を魔術の基礎として生徒に教えることで、ここ数十年で一気に完成の域へと至った。


 そんな人物とパーティーを組んでいた人物が、なぜこのような片田舎のギルドマスターなどという地位に甘んじているのか。不思議でならない。


「というか、マスター」


「なんだ?」


「さっきの子の話ニャんだけど、なんであんなに嘘ついたニャ?」


「ああ、その話か」


「剣なんて忘れてくバカいニャいし、野宿してもせいぜい身ぐるみはがされるだけニャ。ああいう肩入れ、私すごく嫌いニャ。才能無くても頑張ってるヤツが馬鹿みたいじゃニャいか」


「いいんだよ、この世は所詮、才能あるやつが正しいんだ。そんなのわかってるだろ?アイツは間違いなく強くなる。俺はそんな奴が日雇いの労働するなんてしょうもないこと許せねえんだよ。つええヤツが正しい地位につくのは当たり前だ」


「……。ま、私は関係ないからいいんだけどニャ」


 変わらず不機嫌そうなルカが奥に引っ込んでいく。


 一人きりになったデルタは、昔に失った左腕を見て呟いた。






「――やっと呼び出した『英雄の器』だ。そりゃ、大事に扱うだろうよ」





 異世界からの召喚魔術。それを発動するための魔力の準備には、十年の期間を必要とした。二度の失敗を重ねて二十年。三度目にして、三十年目にしてようやく『英雄』を呼び出した。デルタは確信している。あれは間違いなく本物だ。



 すでにうっすらと纏い始めている闘気。それに加え、空気中を漂うマナがグレンに吸い込まれているではないか。



 今はまだ、そこらの冒険者に後れを取る俗物には違いない。しかし、あれが育てばどれだけの傑物になるのか計り知れない。経験を積み、強者との死線をくぐり、英雄としての自覚を持てば、どれだけの『英雄』になるのか。



「『魔女』に、いまだ幾人も残る『使徒』。……クク、カハハ……ッ!」



 それは『最悪』たちの名前。人類を滅ぼさんとする、純然たる悪意の塊。すなわち――『英雄』の敵。


 砕けた魔力蓄積玉を見て、デルタは堪え切れないように口を弓なりに歪めた。


「たまんねえな、オイ」



 そこにはもう、偽物の優しさを隠した歴戦の戦士がいるだけだった。

 グレン・フォルスへと与えられる苦難は十分。人々はいま、圧倒的に『英雄』を必要としている。太陽を焦がす眩い誰かを求めている。







――世界がグレン・フォルスを求めている。



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