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プロローグ 『その熱の名を知ることはなく』

本日は三話まで投稿します。

楽しんで読んでいただければ幸いに存じます。


――少年は死んでいた。


 自身でそう思えるほどの、何もない人生だ。

 高校生になって、唐突に理解したことがある。


 神様は、平等ではない。


 己がいかに劣等かと比較する対象は陰鬱するほど近くにいて、いつも間近で見てきた。

三人兄弟のうち、少年以外の兄妹はいわゆる『天才』だ。すべてができる、というわけではないが、二人がいかに己と比べて世界の輝きを受けているかは、よくわかった。


 兄妹が死ぬほど嫌いだ。


 常日頃から少年はそう断じていた。決して、思春期特有の大げさな世界否定によるものではない。もし二人を己に罪なく殺せるのであれば、迷いなく地に頭をこすりつけて『殺してくれ』と叫ぶ自信があった。


「なんでっ!何でなんだよ、俺!」


 走り続けながら、悔しさに叫ぶ。豪雨が顔を打ちつけ、諦めろと囁いてくる。

 疲労は頂点。喉は切れてしまいそうなほど乾き、口内にねばねばした生理的嫌悪を抱く液体が張り付いている。心臓は張り裂けるように鼓動して、酸素を渇望している。


「ゆかり……!」


 ――名前を呼ぶ。今までのような、ただの文字列を読み上げるのではない。永遠をこめた熱情と共に。それは体力の消耗からかすれ伝わることはなかった。


 一人ですすり泣く妹を抱きしめる時間はもう無い。


 だから、力いっぱい、愛すべき愛せなかった妹を突き飛ばした。妹は持ち前の反射神経を生かして、転がりながら受け身を咄嗟に取り、自分を突き飛ばした正体を見た。——そして絶句する。二人の視線が交じり合った。


「――ごめんな」


 妹の顔は涙でぐしゃぐしゃになり、普段の愛嬌のある可憐な容姿は見る影もない。少年は限界を超えた疲労のせいで、それよりも酷い顔だったろうが。

 久しぶりに抱きしめたかった。少年の手はあまりに小さすぎて、溢れて最後までなにも無かったから。せめて腕の中だけでも、満たしたかった。


 不意に、激しく上下する胸に、焼け焦げるほどの感情が湧き上がる。けして我慢できない。熱い。この感情はなんだ。脳が震える。命を燃やしながら膨れ上がるこれは、何と呼べばいい。


「おにい、ちゃ――?」


 最後、少年は両の手を見た。そこにはやはりなにも無くて、からっぽだった。

 目の前に、風を切り裂きながら暴走する、大型車が迫ってきている。止まる気配はなく、運転手は舟をこいでいた。

 


……もしも、俺がもう少し、ほんの少しだけ歩み寄れてたら、こんな終わりにはならなかったのかなあ。

――もしも、この感情に名前があるとするならば。


「あいして――」


その瞬間、少年は死んだ。この先にあるはずだった幸せを、垣間夢見て。







――死ぬほど、後悔しながら。




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