重い想い 夏生純香
「あれっ? 今日、地味じゃね?」
そう純香に声をかけたのは、同じ科の田仲征志だった。純香は自分の服装を確認してみる。
「……昨日いろいろあって、テンションが低いからかも。地味…?」
「何つーか。夏生らしくない感じ?」
「私らしいって何?」
田仲は、純香の鋭い目つきに一瞬たじろいた。
「ギャルっていうか…。服オタクな感じ」
田仲はおかしそうに笑って、純香のゼブラ柄のフードをつまんだ。
「私と歩くのって、男の人からしたら嫌?」
純香の不安そうな顔に、田仲は違和感を覚えた。いつもは自分の個性を大事にし、流行にも流されない純香のこんな質問。「男の人」というキーワードが、田仲にある考えを浮かばせた。
「何? 好きな人に、その服装は無理とでも言われたわけ?」
「別に、言われてないけど……」
この答えは、純香に好きな人がいることを証明している。田仲は純香の横顔を見下ろした。マフラーに顔をうずくめている。冬の冷たい風が吹くと長い髪が揺れ、隙間からは赤くなった頬が見えた。これは寒さからか、それとも、恥ずかしさからか。
田仲はネックウォーマーを少し下げ、空に白い息を吐いた。見上げた空は、相変わらずの曇天だ。今にも雪が降りそうだ。
「……別に、無理してそいつに合わせることないじゃん。夏生らしいのが、好きって、やつもいるし。お前、結構モテるだろ? 顔はいまいちのくせに……」
純香は立ち止まった。校舎の入り口まで、あと数メートル。外には強い風が吹いている中、純香は足を止めた。そして田仲の方を見る。先ほどより鋭い目つきだ。
「私は、好きな人に自分を好きになってほしいの。好きじゃない人に好きになられても、意味ない」
「……お前、スゲー贅沢なこと言うな」
「経験だよ。私を好きになる人に、ろくな奴はいなかった……」
「いるって…。たぶん」
「てか、やめて。私が恋バナ嫌いって知ってるよね? まぁ、話題のきっかけは私かもしれないけど。慰め…みたいなのとか、嫌だから…」
純香は過去のトラウマを思い出していた。つい攻撃的なことを言ってしまった。目の前の田仲は顔をうつむけている。
「……ごめん」
「あっ…いや、ごめん……。怒ってない。言い過ぎた」
純香は慌てて田仲に駆け寄る。
「田仲のキャラじゃないじゃん? こういう話ー」
純香は笑って、田仲が背負うリュックを叩いた。相変わらず薄い中身だ。田仲は「いってーな」と言い、笑顔を見せる。純香はほっとして、前を歩き始めた。そっと天を仰いでみる。
自分を好きになる男とは合わない。自分が好きになった人とも合わなかったら、次は何を好きになったらいいのだろうか。
あなたのためなら、性格でもなんでも変えられる。だから、お願いだから、私を好きになって。
曇天の空からは、白い雪がちらほらと降り始めていた。