きっかけ1
男が選んだのは、大通りに並んだファミレス。女性に気を配りながら前を歩いた。
ファミレスの中は子連れの親や、部活帰りの高校生などでにぎわっていた。男は席につくと、暑そうに黒いコートを脱ぐ。スーツになった男のシルエットは細く、女性は羨ましいのか驚いているのか、じっと見ていた。男はその視線をそらすように、店員が運んできた水をすかさず飲んだ。冷たい感覚が男の喉を刺激する。女性も水を飲んだ。口紅の鮮やかな赤色が、グラスに薄く残る。
「注文は?する?」
女性は遠慮をしながらも、男の手からメニューを受け取った。無理もない。長時間男のことを待っていたのだろうから。
「・・・じゃあ、オムライス」
女性は呟くと、呼び出しのボタンを押した。男はその指先に目をやる。女性の指先は寒さで赤いままだった。
「いつから待ってたんだ?」
店員への注文を終えた女性に男は尋ねた。
「・・・5時、くらいから」
「何でそんなに・・・!?」
「だって、あなたがいつ仕事から帰ってくるかなんてわからなかったし・・・。だから、帰り道で待ってたんです」
男は女性の発言に顔を歪ました。
「何で俺の帰り道を?」
男は疑った。ひょっとしたら、この女性は自分のストーカーなのかもしれないと。もう一度水を飲み、女性を凝視する。男の態度を感じ取ったのか、女性は目を見開いた。
「別に、つけてたわけじゃないですよ!!私、あの公園の近くのカフェでバイトしてるんです。窓からあなたが通るのを見てただけ」
「見ますかね。普通・・・こんな男の通る姿なんて」
「す、好きだから、見ちゃうんですよ・・・!」
「何で好きなの」
男は冷静に言葉を返していった。これがサラリーマンの大人の対応なのだろうか。女性は、少し浮かしてしまった腰を恥ずかしそうにおろした。
「好きに理由なんていりますか?」
「俺が聞いてるのはそんなことじゃない。きっかけぐらいあるだろ」
女性は顔をうつむけた。男は少し熱くなってしまった自分を責める。首を絞めつけているネクタイを緩め、息を吐いた。この女性が自分に好意を寄せていることが、熱くなってしまうほど信じられない。男はまた水を飲む。自分の乾きを潤すのに精一杯だった。
「言ったでしょ?私、カフェでバイトしてるって。覚えてませんか?」
女性は自分の髪を後ろで束ねてみせた。鋭く真剣な目で見つめてくる女性に、男は向き合ってみせたが、思い出すことはできなかった。