過去
純香の話を要約すると、こんな感じだった。
一人目の男は、いい加減なやつだった。純香の派手な服装を見て、興味を持ち近づいてきた。性格が合わず、付き合って3か月で別れた。別れた後、しつこく付きまとわれ、警察に相談するまでになった。
次は、頭の悪い男。世の中の愚痴をいつも聞かされた。純香が反論すると、暴力に走る男だった。
次は、同じ大学の先輩。アニメオタクだった。
「だから、今度は優しい人を自分が好きになろうと思いました」
立見は、純香の話を相槌も忘れて聞いていた。見た目からは想像できない過去。純香に好意を持っていない自分に話されるのは、正直重たかった。
しかし、立見は純香の顔から目をそらさなかった。
「焦ることないじゃないか。君は今までろくな男に出会えなかったから、焦ってるんだよ。だから、少し優しさを感じた男にすがっているだけだ」
「ち、違います…!」
「君はまだ若い。俺に執着する必要もない」
純香は、今の自分をすべて否定された気持ちになった。真剣に自分の話を聞いている、立見の姿勢が嬉しい。同時に怖かった。
「立見さんには、好きな人がいるんですか?」
純香は逃げ道を作りたかった。立見がこんなにも拒むのは、他に好きな人がいるからだと。叶わない恋と分かれば、気持ちが楽になる。しかし、立見は「いない」と短く答え、ビールを飲んだ。
「たぶん、これからも好きな人はできない。45年間そうだったんだ。これからも……」
「好きな人、できたことないんですか…?」
「女性を好きになれないんだよ」
「えっ……。それって…」
純香は息をのむ。
「ゲイって…こと、ですか?」
「……違うね」
立見は苦笑いする。
「何だろうな。今まで何人かと付き合ったことはあるけど、好きになれなかった。女性のことは可愛いと思う。でも、好きになれなかった。友人には、理想が高いと言われた」
「どんな人がタイプなんですか?」
「ほっといてくれる人」
純香は目を見開く。タイプが『ほっといてくれる人』と言った男性は初めてだった。男友達は、料理が上手だとか、可愛くて優しい人だとか、芸能人に例えて答えるのが普通だった。色気のある女性がいいと言う男もいた。
立見との間に、今更ながら歳の差を感じてしまう。ほっといてくれる女性がいいと言う、大人の余裕。純香は、ほっとかれることに不安しか抱けない。立見には、それが安心になってしまうらしい。
「私、努力します…」
「ほらな。そうやって君は、自分の人生を他人に預けてしまう」
「何が、いけないんですか…! それが好きってことでしょ!?」
「重いよ。まだまだ先のある、君の人生を預けられるのは。俺は、人にあと半分ともわからない人生を預けるなんてできない」
純香は何も言えなかった。体の中に悲しさが溜まっていく。先ほどから飲んでいるチューハイが、急に胃を刺激し始めた。お腹がキリキリと痛い。怒りまでが込み上げてきた。自分の好意を、重いと言う立見。自分の人生を他人に預けられないのは、立見の弱さだと思った。
「やっぱり、君と俺とじゃ歳が違いすぎる。…俺の言ってること、理解できないだろ?」
「歳なんて関係ないですよ。私が聞きたいのは、好きか嫌いか。ただ…それだけ……。はっきり言ってください」
純香は下を向き、込み上げてくる感情を抑えようとする。かわりに、あふれてきた涙が膝に落ちた。
「下について働いていると、人にはっきりと意見を言うことすら、怖くなるんだ…」
「意味わかんない…!!」