勇者の登山
その日……ボーデン王国に衝撃が走った。
「なん……だと……」
「そんな……馬鹿な!?」
その報告を聞いて、広間は一瞬にして静まりかえった。
というよりもあまりの衝撃と驚愕で、言葉を発することが出来ないのかも知れない。
それは……数日前にさかのぼる。
「トイフェル山脈にたどり着いただと!?」
「まだ魔王討伐に向かってから一週間だぞ!?」
監視員から届いた報告書を読み上げられ、それを聞いた王様達の反応だった。
トイフェル山脈。
それは魔王が根城にしている北の大地と、人間達が多く住んでいる土地を二分している山脈であり、魔王討伐のネックになっている山脈だった。
平地とは比べものにならない寒さと、魔物の数と強さ。
しかしネックなのはその寒さと魔物の強さだけではないのだ。
そこには……魔王すらも一目置くと言われている、伝説の存在がいたからだ……。
「トイフェル山脈付近には魔物の数も半端なくいたはずだぞ!? まさかそれも全てたたきつぶしたというのか!?」
「平地にいるような魔物とは、比べものにならないほど強力な魔物の群れを!?」
トイフェル山脈は通称、魔の山と呼ばれて人間達は恐れていた。
故にこの山に近づくような酔狂な人間はいない。
だが……それをなす事を強いられた勇者がいた。
その勇者が……今そのトイフェル山脈へとたどり着いたという。
「いったい何なのだあの勇者は!? あれは本当に人間なの――」
「大丈夫だ……」
おぞそかな声が広間へと響き渡った。
その声はこの王国の声。
そして彼らが忠誠を誓う存在……
王だった。
「なにせあそこにはドラゴンがいる!!!! きっとヤツを……勇者を止めてくれる!」
言っていることは限りなく最低だったが。
その最低の言葉に……広間にいた人間も「おぉ!?」と王に同調していた。
「失念しておりました。あそこにはドラゴンがいるんでしたな」
「ドラゴンは強い。それこそ魔王すらも滅ぼすことが出来るという強さだ。確かにドラゴンならば勇者を止めてくれるでしょう」
「さすがの勇者といえどもここまでだな」
「これでようやくぶっ飛ばされずにすむぅぅぅぅ」
ほふぅ……と、それはもうこれ以上ないと言うほどの安堵の息を吐く王様。
他の臣下達もようやく不安から解放されたことで皆一様に明るい笑顔を浮かべていた。
な・ん・だ・こ・い・つ・は?
それが私の……監視官の正直な感想だった。
というか……
なんだこれ……?
「だぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ゴッォォォォォォ!!!!」
雪山で、勇者と龍が、大激突。
地上最強と語り継がれているドラゴン。
その巨大な……見上げるほど巨大で強大なドラゴンと、勇者はひのきの棒(?)でたたかっていやがる……。
ちなみに何故(?)なのかというともはや何か黒いオーラに包まれてひのきの棒を見ることが出来ないからだ。
もはや武器の異様さ、さらには勇者自身の強さも相まって……下手な劇でも見ているかのような気分になってくる。
しかしそれがおもしろいと感じてしまう私がいた。
だっておもしろいし?
先にも行ったが劇場でも見ているような感じだ。
体を温めるため……だけではないが……酒を飲んでいるが、ちょうどいいつまみになっている。
相変わらず、勇者はいいつまみだなぁ……シミジミ
「オラァァァァッァ!!!!」
「ガァァァアァァァ!!!!」
こいつヤベェ!? マジって!?
もともと普通の価値観など内に等しい存在だったが、よもやここまでとは……。
生身でドラゴンと戦っている存在を見てて、価値観とか持っててもね~~~
だって……ドラゴンだぞ?
あらゆる物語に登場し、そして現実に存在して一度は世界を滅ぼしたと言われた伝説にして現在この場に存在するものだ。
そのドラゴンに……
「どりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ボォォォォォォォォォ!!!!」
あ、ドラゴンブレス、ひのきの棒(?)でなぎ払ってる
全てを燃やすというドラゴンブレスを、勇者はあのひのきの棒(?)で払っていた。
実際、周りの光景はもはや雪山の山頂と思えないほどに……黒々とした光景と化していた。
つい先ほどまでは白銀の世界と言って差し支えなかったというのに……。
おぉ~、なんかしらんが空中でジャンプしたよ~? なんだかすごいことしてる~
げらげらと、結構普通に笑っていた。
戦闘に集中しすぎてて私のことなど気付きようがないからだ。
おかげで普段は必死になってこらえているところを今は好きに笑うことが出来た。
さらいながら干し肉をちぎって酒を飲んでいると……勇者が飛び上がってドラゴンの頭へとそのひのきの棒(?)を見舞った!
ゴガッ!
雪崩でも起きるんじゃね? そう思えるほどの打撃音と共に、ドラゴンが一瞬動きを止めて……。
ズズゥン!
その巨体を大地へと沈ませた。
そしてそのまま起き上がることはなかった。
また喰ってる……うまいのか? ドラゴンの肉は?
器用にも、もぎ取ったドラゴンの肉をもりもりと生で食っている勇者を、俺は影から静かに見ていた。
最強レベルの鍛冶屋が鍛えた名剣すらも通さないと言われているドラゴンの鱗をひのきの棒(?)で打ち砕き、あまつさえ肉食べている。
というかあれ何?
もう血でぬれていて見た目がやばいとか、そう言うレベルではないひのきの棒が勇者の手元に置かれている。
いや、確かに真っ赤なんだ。
赤の他にもいろんな体液やら緑色の血なんかも浴びていてたから言うなれば混沌の色をしている。
が、注目すべきはそこではなく……
なんというか……黒いオーラが物理的に見えている気がして仕方がない。
その黒いオーラがなんなのかなど考えるまでもなく……。
それを持って平然としている勇者が怖い。
というか、ドラゴンの肉ってそんなに柔らかいのか?
という思考が一瞬よぎるがそんなわけがない。
確かに実際さわったことのある人間はいないだろう。
だが鱗ですらあれだけ強固なのだがいくらその内部とはいえ柔らかいわけがない。
ともかくこの勇者が規格外すぎるんだな~。おもしれ~
実に興味深い対象である。
もしゃもしゃと、俺も携帯食料を食しながらそんなことを考えていた。
と、思考してたんだが……
「? なんか固いなこの……ヘビ?」
「ブッ!?」
そんなことを言った瞬間に、私は思わず口にしてた干し肉を吹き出してしまった。
そして必死になって……大笑いするのをこらえていた。
ヘビ!? ヘビっていいましたよあの勇者!? もうマジで頭おかしい~~~!?!?
笑いをこらえるが、腹がねじ切れそうになっている。
それでもこらえきれず、私は雪をばしばしと叩いてしまった。
しかしそれに勇者は気付かないでドラゴンを食していた。
もはやこの男から目を離す事なんて出来るわけもない!
酒と共に笑いも何とか呑み込んで、私は勇者の追跡を続けるのだった。
ちなみに余談だが、勇者が去った後に残されたドラゴンの肉に触れてみたが、異様に固かった。
具体的には持ってたナイフで断面の生肉の部分に、思いっきり振りおろしても少しだけしか刺さりませんでした。
その深さ、実に一ミリ程度……
これをモシャモシャくってたよね……あの勇者
どうやら勇者は歯も顎も頑丈らしい。
まぁ魔物の肉くってんだからそりゃそうか
勇者の歩み~
第三章 勇者、ドラゴンを倒す、の巻き
↑の報告書を読み上げて
「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~!?!?!?」」」」
それを聞いて、王室の広間は阿鼻叫喚の地獄絵図となった。
「!? あいつドラゴン倒しやがった!?」
「おいおいおいおいおい!? 今度の勇者マジでヤベェぞ!?」
王の広間は、阿鼻叫喚の地獄絵図へとなっていた。
それはそうだろう。
何せドラゴンが勇者を止めてくれると信じていたこと、さらにはその魔王すらも越える力を持つとされているドラゴンを滅ぼしたのだ。
それこそ驚天動地と言って何ら差し支えない状況だろう。
「だ、だがしかし嘘という事も……」
「そ、それもそうだな。ドラゴンに勝てる人間がいるはずが……」
「あ、あの……」
「まだ何かあるの!?」
報告官の言葉に、王様と臣下達がまた静まりかえった。
その状況で……報告官は報告した。
「ドラゴンを倒したときに言っていたのだ……なんか強かったなぁこのヘビ……。だそうです」
今度は何が出てくるのかと思えばそんなドラゴンの存在を知らないとも取れる発言だった。
「な……何?」
「ドラゴンを知らない?」
もはや一体どういうった存在なのかわけがわからない。
魔物にはひのきの棒で勝つわ、魔物の血肉は喰らうわ、挙げ句の果てにはドラゴンと知らずにドラゴンに勝つわ……。
これって夢なんじゃね? もしくは報告官の誤報?
と王様が思ってしまうのも無理からぬ事だった。
あらゆる物語に登場し、最強の名をほしいままに存在する最強種、ドラゴン
にあっさりと勝った勇者
普通の人から見たらそれこそ不思議な存在ですよね~