桜並木の呪い
今からずっと昔、大名たちが勢力を競い合っていた時代。
あるところに、桜の花見を何よりも好む大名がいた。
その大名の領地には、それは見事な桜並木があった。
毎年、桜の季節になると、
その大名は交友関係のある他の大名や家臣を引き連れ、
桜並木の花見を楽しんだものだった。
その桜並木の中で、とびきり美しい花を咲かせる桜の木があった。
大名はその桜の木を気に入り、いつもその桜の木の下で花見をしていた。
すると、家臣の一人が言った。
「この桜の木は、他の桜とは比較にならないほどに美しい。
如何でございましょう。
桜並木を、この桜の木で埋め尽くしてみては。」
「そんなことができるのか?」
「はい。接ぎ木という方法がありまして、
別の桜の苗木に、この桜の枝を付けることで、
同じ桜の木を増やすことができます。
そうすれば、いくらでも桜を増やすことができます。」
「なんと、それは素晴らしい。
この桜並木の美しさに不満は無いのだが、
強いて言えば、この桜の木だけが特に美しく、
他の桜はありふれていて、花の付け方も物足りないと思っていたのだ。
早速、一番美しい桜の木を増やしてくれ。」
「はい。
しかし、そのための場所は、どこにいたしましょう?」
すると、その大名は少し考えてから言った。
「この桜並木を、一番美しい桜の木で置き換えよう。」
家臣は問うた。
「他の場所ではなく、既にある桜並木を植え替えるのですか!?
では、元からある桜の木は如何いたしましょう?」
「一番美しい桜の木以外に価値はない。
他の桜の木は切ってしまえ。」
「この桜並木を全てですか?」
「そうだ。
元はと言えば、一番美しい桜を増やすと、お前が言い出したことだ。
文句はあるまい?」
「はい。しかし、まさかこの桜並木を切り倒してしまうとは、
夢にも思っておりませんでした。
これだけの桜並木を切ってしまうのは・・・。
時期の問題もありますし・・・。」
「多少の時間が掛かってもかまわん。」
「この桜並木は、一番美しい一本を残して切り倒し、
一番美しい桜の木を接ぎ木で増やすのだ。」
家臣たちは顔を見合わせた。
確かにこの一本の桜の木は素晴らしく美しい。
しかしそのために他の桜並木を切り倒してしまうなど、
人間に許される所業なのだろうか。
しかし家臣が大名に逆らうことなどできない。
大名に言われた通り、桜並木は切り倒されることになった。
大名の指示通り、桜並木が切り倒される日がやってきた。
その日は朝から空は真っ黒な雲に覆われていて、強い風が吹いていた。
「では、そちらの端の桜の木から切り倒していけ。」
大きな斧を持った庭師たちが集められ、早速作業が開始された。
桜の木に、斧の刃が入れられていく。
その時、庭師たちが急に体調不良を訴えた。
「頭の中に、悲鳴が聞こえる!
体が重い。動けない。」
桜に刃を入れた途端に起こったこの異状を、
家臣たちは桜の木の呪いではないかと疑った。
事態はすぐに大名の耳にも届けられた。
しかし、大名は頑なだった。
「何?桜の木の呪い?そんなことがあるものか。
いくら美しいとはいえ、桜はただの木だ。
桜の木どころか、人すら切って捨てたこともあるのだぞ。
そもそも、かつてあの桜並木を作る時には、
そこに立っていた他の木を切り倒したのだ。
その時には、呪いだのとそんなことは起こらなかったぞ。」
「はい、しかしその時は、祈祷師に除霊をしてもらいました。」
「では、今回も祈祷師に除霊を頼めばいいではないか。」
大名の不遜な態度に、家臣はおずおずと意見した。
「実はそう思いまして、既に祈祷師に除霊を頼んでおります。
しかしその祈祷師曰く、今回の桜はまだ若い桜が多く、
切り倒すには多くの反発、呪いが跳ね返ってくるであろうと。」
「そうは言うがな、こちらはもう、親交のある大名殿たちに、
最高の桜の木で作った桜並木をお見せすると約束しているのだ。
祈祷師に何とかするよう、言ってみよ。」
「・・・はい、畏まりました。」
こうして家臣たちは桜並木の伐採を取りやめるよう、
大名を説得することはできなかった。
「この責任は私が取る。」
大名に桜の接ぎ木を進言した家臣は、思い詰めた表情でそう言っていた。
庭師たちの体調不良により、今日の工事は中止。
桜並木の伐採は明日以降に延期された。
そして次の日。
やはりその日も、朝から厚い雲に覆われ、強い風が吹いていた。
一番美しい桜の木に何かがぶら下がっていて風に揺られている。
見るとそれは、桜の接ぎ木を進言した家臣の亡骸だった。
その家臣は責任を取るために、桜の木に首を吊って自殺していた。
それも、一番美しいとされる桜の木の枝で。
すると祈祷師が言った。
「この生け贄のせいか、桜の呪いが弱まっています。
今なら、桜並木の伐採はできるでしょう。
呪いが全くないというわけにはいきませんが。
残った呪いが少しでも弱まるよう、祈祷を続けます。」
「よし、わかった。
庭師たち、桜並木の伐採を開始しろ!」
こうして尊い犠牲により、桜並木の伐採は行われた。
それでも桜の木を切っている最中に、
庭師たちは悲鳴に襲われたり、怪我や体調不良者が続出した。
しかし庭師たちは死んだり大怪我をするようなことは免れた。
こうして犠牲を払いながらも、桜並木は伐採され終わった。
祈祷師は言う。
「これからここに桜が接ぎ木され、桜並木は蘇るでしょう。
しかし、それは形だけのものです。
無用に切り倒された桜たちの無念は、私でも抑えられませんでした。
今後も桜並木の呪いは何らかの形で残り続けるでしょう。」
「そうか。大事なければよいが・・・。」
それから季節は過ぎ、桜並木は接ぎ木で満たされた。
接ぎ木からは桜の木が生え始め、やがて大きな木に成長した。
しかし、接ぎ木で増やした桜の木たちは、
どうしたことか花を咲かせることがなかった。
「桜並木に花がないではないか!どうしたんだ!」
大名の悲鳴も虚しく、原因はわからなかった。
いや、桜並木を伐採した庭師たちや、家臣たちにはわかる。
これは若くして切り倒された桜の木たちの呪いなのだ。
桜の木が増やされるのは、新しい桜の木の花を楽しむため。
切り倒された桜の木たちはそれを呪って、
接ぎ木で増やされた桜の木に花を咲かせない呪いをかけたのだろう。
家臣たちはそう噂していた。
やがて、花を失った桜並木の如く、
その大名の家は勢力を衰えさせていき、
やがて家は跡継ぎを失い滅亡してしまった。
後には、たった一本だけ美しい花を咲かせる桜並木だけが残っていた。
その桜の木だけは、花を散らせること無く、一年中花を咲かせ続けた。
これもまた、切り倒された桜の木たちの呪いのせいだろうか。
一本の桜の花は、苦しそうに花を咲かせ続けていた。
たとえ花をつけなくとも、桜を粗末にしてはならない。
そんな伝承だけが教訓として残された。
時代は移り変わって現代。
桜の木は各地に植えられ、人々は春の花見を楽しんでいた。
ところであの桜並木はと言うと、
今でもなお、花を咲かせるのは一本だけ。
残ったたくさんの桜並木は、一つの花も咲かせることはなかった。
それがどうして起こったのか、
桜を粗末にしてはならないという教訓は、
今はもうただの昔話として、地元のお年寄りが知るのみになっていた。
桜並木は花こそ咲かせないが、たった一本の桜の木は、
一年中花を咲かせ続ける桜の木として、それなりに有名になっていた。
その桜の木だけは、現代の四月になっても花を散らすことはない。
五月になっても花を散らせること無く、満開の花を咲かせていた。
今では五月五日のこどもの日になると、
その桜の花に鯉のぼりが飾り付けられ、
鯉のぼりと桜の花が同時に見られるという、一種異様な光景が広がっていた。
桜並木の呪いの昔話を知るお年寄りたちは不審に思ったが、
事情を知らない人たちは、鯉のぼりと桜を同時に見られることを喜んだ。
ところで、鯉のぼりには各種あるが、
鯉飾り以外にも必ずつけられているものがある。
矢車をはじめとする、魔除けの飾りである。
大抵の鯉のぼりには、鯉飾りだけでなく、この魔除けがついている。
もちろん、あの美しい一本の桜の木に飾られた鯉のぼりにも、
矢車などの魔除けがついていた。
ある日、鯉のぼりと桜を見ていた人たちは気が付いた。
「あの飾り、あんな色してたっけ?」
人々が気が付いた時、桜の木に飾り付けられた鯉のぼりは、
魔除けの飾りが血のように真っ赤に染まっていた。
そういう色の飾りかとも思われたのだが、
飾りから血のような汁が滴ってくるようになり、
さらにはそれが首を吊っている人の形に見えると言われるようになって、
ようやく原因が調べられることになった。
最初は役人が呼ばれたのだが、桜にも呪いにも無知で役に立たず、
次に桜に詳しい植物の専門家が呼ばれた。しかし。
「桜に飾りをつけたら赤くなったという前例は聞いたことがありませんね。
聞いたことがないと言えば、この桜の木のように、
一年中咲き続ける桜の木も聞いたことがありませんが。」
専門家にもお手上げ、といった様子だった。
このまま放っておいても良いのではないか。
そんな意見もあったのだが、そうもいかない事情が起こりつつあった。
一年中咲き続ける桜の木を見た人たちから、体調不良者が続出したのだ。
中には、金切り声のような悲鳴を聞いた、という人もいた。
それを聞いて顔を青くしたのは、地元のお年寄りたちだった。
お年寄りたちは、この桜並木が花をつけず、一本だけ咲き続ける、
その理由をおとぎ話として聞いている。
今回の件はそれに関係しているのではないかと心配した。
そしてその心配は当たっていた。
役所は、一年中咲き続ける桜を増やして観光名所とするために、
今ある咲かない桜の桜並木を伐採する計画を立てていたのだった。
一年中咲き続ける桜の桜並木はさぞ美しいだろう。
その計画に反対する人は多くはなかった。
誰もがいつでも桜を楽しみたいからだ。
しかし、少なくともお年寄りたちは断固反対した。
「かつて、この桜並木は、全ての木が花をつけていた。
それが、当時の大名の命令で切り倒され、
切り倒された桜たちの無念が、
一本の桜の花を休む間もなく咲かせ続け、
他の桜の木から花を奪ったのだ。
もし今、花を咲かせないからと桜並木を伐採すれば、
当時の過ちを再現することになってしまう。」
しかし、役人たちはお年寄りの言葉に耳を貸さず、
一般の人々も、ただの昔話として相手にしなかった。
そうして現代でもまた、一本の美しい桜の木を増やすため、
花を咲かせない桜並木が伐採されようとしていた。
工事の日は、朝から厚い雲に覆われ、強い風が吹いていた。
「こりゃあ、一雨くるかもしれませんな。」
「なあに、桜の伐採だけだから、たいしたことないだろう。」
今は現代。昔とは違って、桜の木を切り倒すのに大した手間は掛からない。
鎖ノコギリ、いわゆるチェーンソーやクレーン車が用意され、
花を咲かせない桜並木たちは容易に切り倒されようとしていた。
すると、作業員たちは体調不良を訴え、次々に倒れていった。
それがかつての呪いの再現だった事に、人々は気が付かなかった。
気が付いていたのは、伝承を知るお年寄りたちだけだった。
「それはのう、病気やない。桜の呪いじゃ。」
「祈祷師を呼んだほうがええ。」
そんなお年寄りたちの真剣さに負けて、祈祷師が呼ばれた。
祈祷死曰く。
「この桜並木には、呪いが渦巻いています。
決して、傷つけてはなりません。」
インチキや間違いではないか。
あるいは、一年中咲き続ける桜の木を増やしたい人たちは、
それが間違いであって欲しいと願い、幾人もの祈祷師などが呼ばれた。
しかしその誰もが、これはかつて切り倒された桜の木の呪いであり、
花を咲かせない桜並木を切り倒せば、もっと恐ろしい呪いが起こる、
皆が口を揃えてそう言っていた。
占いだのまじないだのに法的拘束力は無い。
それでも文句があるなら、これが呪いではないと言う祈祷師を用意すればいい。
そうして役所はあの手この手で桜並木の伐採を強行しようとしたが、
それには地元の人たちが立ちはだかった。
お年寄りだけでなく、他の人たちも、
無為に桜の木を切り倒すことに罪悪感を感じるようになっていたからだ。
「罪もない桜たちを二度も死なせるわけにはいかない。」
「この桜並木が観光地にならなくてもいい。」
「花を咲かせなくても桜は桜だ。」
大勢の声に役所は困惑し、ようやく桜並木の伐採は撤回された。
そして代わりに、花を咲かせない桜並木の鎮守が行われることになった。
それから、花を咲かせない桜並木の桜の木に、
しめ縄が巻かれ、御札が付けられ祈祷されていった。
桜並木の一本一本に鎮守を行うのは大変な作業だったが、
事情を聞いた人たちが進んで手伝いに参加してくれた。
こうして花を咲かせない桜並木は伐採されず、代わりに祀られることになった。
それから毎年春になると、あの桜並木は美しい葉桜を実らせた。
代わりに、一年中花を咲かせていた桜の木は、
その花を少しずつ少なくしていった。
まるで呪いから解放されていくかのように。
そしてやがて、他の桜並木と同じように、花をつけなくなった。
それは、残された一本の桜が、呪いから解き放たれた事を示していた。
これでもうこの桜は、花を咲かせ続ける苦難から解き放たれた。
一年中花を咲かせ続ける桜が失われたと惜しむ人たちも、
それが呪いの結果だと聞いてしまっては、もう文句を言うこともできなかった。
そうして最後の一本の桜の木にも、しめ縄と御札が付けられ、祈祷が行われた。
こうして最後に残ったのは、一本も花を付けることがない、桜並木だった。
しかし人々はそれを悲しむことをやめた。
花を付けなくとも桜は桜。
葉桜もよく見れば青々として美しい。
それからその桜並木は、葉桜が美しいと評判になり、
一風変わった桜並木の名所になった。
あるいは、かつて切り倒された桜たちの呪いが解けて、
いつかこの桜並木にも桜の花が戻ってくるかも知れない。
葉桜の桜並木を楽しんだ人たちは、過去の伝承を知り、
桜にお参りするために手を合わせていた。
終わり。
もうすっかり桜も終わりの季節。
一部の品種を除いて、桜はすっかり花を落として葉桜です。
でも葉桜も綺麗で楽しいのではないかと、葉桜の話を書きました。
もしも花が散らない桜があったら、それは拷問ではないでしょうか。
桜の花は葉桜が必死に咲かせた花。だからこそ一時だけでいい。
たとえ呪いでなくとも、無理に花を咲かせる必要はない。
桜の花ばかり持ち上げるのではなく、
普段の葉桜も、のんびり散歩するには十分に楽しいものです。
あるいは葉桜に人が集まらない今こそ、桜を楽しむ機会かも知れません。
お読み頂きありがとうございました。




