第6話 不純物なき戦略兵器
翌朝。 俺たちは宿を出て、商業区にある一角へと向かった。
街並みは不衛生な路地とは打って変わり、石畳は磨かれ、行き交う人々も仕立ての良い服を着ている。 その中でもひときわ巨大な石造りの邸宅――それが、自由都市の重鎮、グスタフ・ハインマンの屋敷だった。
「サトシ様、よろしいですか。グスタフ様は『価値のない時間』を何よりも嫌います。無礼な振る舞いは許されませんが、卑屈になるのも逆効果です」
エレナが歩きながら、静かに、だが鋭い口調で進言する。
「分かってる。こう見えて上役への対応には慣れているんだ。それに宝飾品を扱う商人ならば無下にできない商品がある。……カイル、周辺を頼む」
「……ああ。この屋敷、私兵の目がそこかしこにある。警戒は任せてくれ」
屋敷の門前に立つと、重武装の門番が二人、槍を交差させて俺たちを遮った。 カイルが音もなく半歩前に出る。 言葉を発したわけではないが、戦場を生き抜いた斥候兵として培われた冷徹な圧力が門番を射抜く。
「……主が、グスタフ殿に商談があるとおっしゃっている。取り次いでいただきたい」
「本日そのような予定は聞かされておりません。どなたのご紹介で参られたか?」
カイルの凄みにも毅然とした態度の門番、かなり訓練されているようだ。 エレナが凛とした声で続けた。
「カエサル商会のエレナです。ハインマン様に、我が主サトシ様との謁見を賜りたいと。……この『品』を添えて」
エレナが手渡した小さな木箱には、俺がインベントリから出した現代の「角砂糖」と「ビー玉」が一粒入っている。 この世界では、砂糖は金にも等しい貴重品で、真球のガラス細工は世界のどこにも存在していない。
片方の門番が邸内に入り、10分ほどで戻ってきた。
「グスタフ様がお会いになるそうです。こちらへどうぞ」
◇
先ほどとずいぶん態度の変わった門番に案内された応接室。 部屋の奥で椅子に深く腰掛けていた老人が、俺を値踏みするように見つめる。 彼こそが大商人、グスタフ。
「……カエサルの娘か。奴隷に落ちたと聞いていたが、いい主に拾われたようだな」
白髪を綺麗に整えた老人が、低く、威圧感のある声を響かせる。
「して、その『サトシ』とやら、貴様どこの何者だ? 我が領分で商いをするなら、まずは家名と素性を明かすのが礼儀というものだが」
俺は用意された椅子に座らず、真っ直ぐにその目を見た。
「お初にお目にかかる、九条智と申します。とはいっても私の家名に聞き覚えはないことと思います。素性については……そうですね、『辺境の果てからきた、未知の利権を握る旅の商人』ということでいかがでしょうか」
「ほう。つまりは身元の知れん流れ者か」
グスタフの目が険しく光り、こちらが自らの利益になるかを見極めようとしている。
「確かに今の私は素性の知れないよそ者にすぎません。しかしそんな事実はこの『商品』の前では無意味ではありませんか?」
俺はインベントリから、宝飾店で購入した「合成宝石」を5粒テーブルの上に置いた。
「な……っ!?」
グスタフの瞳が大きく見開かれた。 彼は、震える手で濁ったガラスの老眼鏡を取り出し、サトシが机に並べた5粒の結晶を凝視した。
それは、彼がこれまで数十年かけて数万石と見てきた「宝石」の概念を、根底から破壊する異形のものだった。
「……ありえん。こんなことが、あってたまるか」
グスタフは、まず一番手前にあった一粒を手に取り覗き込む。 息を呑む音が静かな応接室に響いた。
「どこにも傷がない……。インクルージョンも、色ムラも見えん。これでは、まるで……」
「まるで、光そのものを固めたかのようでしょう?」
サトシは余裕を湛えた笑みを浮かべた。 グスタフは隣の二粒目を手に取る。 そして、三粒目、四粒目。老人の額から、脂汗が垂れ落ちた。
「……五粒。五粒すべてが、寸分の狂いもなく同じサイズ、同じカット、同じ輝きを放っている。サトシ、貴様……これはなんだ? それとも私は幻覚でも見ているのか?」
グスタフの脳内では、今、猛烈な勢いで「世界の崩壊」が計算されていた。
宝石の価値とは「希少性」と、天然ゆえの「不完全さ」にある。 しかし、サトシが提示したこれは「完全」であり、なおかつ「複製」を予感させる不気味な均一性を持っていた。
「グスタフ殿。それが魔導師の増幅器として使われた場合、何が起きるか……あなたなら容易に想像がつくはずだ」
◇
それはグスタフ邸を訪問する前、エレナとともに現代で調達した物品をどう扱うか相談していた時のことだった。
「砂糖、これも素晴らしいものですね。これだけ綺麗に精製された砂糖は見たこともありません」
エレナは箱に詰められた真っ白な角砂糖を指ですくい、ランプの光に透かしてじっと見つめた。彼女はその純度がもたらす莫大な利益を計算しながら次の品へと手を伸ばした。
「これがビー玉ですか? 歪みのない真球のガラス細工、サイズこそ小さいものの宝飾品としてでも通用する品質です」
エレナが次々と持ち込んだ品物の鑑定をしていく。 しかしある一品にその手が止まる。
「こ、これは…。まさか、量産されているというのですか?」
あまりの衝撃に絶句してしまうエレナ。 それは20個ばかりの合成宝石だった。
「ああ、合成宝石だな。合成とはいっても成分は本物と同様、不純物も一切なし。きれいなもんだろ?」
「……っ」
話しかけても反応しないエレナの肩をゆする。
「おい、どうした。きれいではあるがただの宝石だろう? そこまで驚くことか?」
「ただの宝石!? そんなわけがありません! これは戦略兵器です!」
あまりに動揺しているエレナを落ち着かせ、詳しい話を聞くことにした。
「いったいどういうことなんだ? 何をそこまで驚く?」
「サトシ様、以前お話しした魔法について覚えていますか? あの時話した増幅器というのが宝石なのです」
彼女は祈るように胸元で手を組み、この世界の残方程式を説き始めた。魔法という神秘を物理的な破壊力へと変換する触媒、その絶対的な評価基準を。
「そして、その品質は3つの要素で決まります。大きさ、純度、そしてカットです」
話が見えてきた。 つまりこれは宝飾品としての価値以上に危険な代物だということなんだろう。
「具体的にこれはどれほどのものなんだ?」
「サイズは一般的な増幅器と同等です。しかしこの純度と輝きを放つカット、おそらく宮廷魔導士クラスの術者に国から貸与されるものと遜色ないでしょう。おそらく国内に50とないはずです」
◇
グスタフの手が、がたがたと震え始める。
「……魔力の『抵抗』が消失する。出力の『増幅率』何倍にも跳ね上がり『誤差』がゼロになる。これを使えば、三流の魔法使いでも、王立学院の魔導師と遜色ない精度の術を発動できる。……軍事、建築、航海。この石が量産されるなら、世界の力関係が塗り替わるぞ」
グスタフは、手の中の宝石を「富の象徴」ではなく、「既存の秩序を焼き払う火種」として見ていた。 そして、それを持つこの男――クジョウ・サトシを敵に回すことの恐ろしさを、本能で理解した。
「……サトシ。いや、サトシ殿とお呼びすべきかな」
老商人は、椅子から立ち上がり「余所者」に対して深く、深く頭を下げた。
「このグスタフ・ハインマン、商人の誇りにかけて誓おう。貴殿の起こす『波』がこの世界を飲み込む際、私はその最前列で帆を張る者でありたい」
エレナは、その光景を静かに見つめ、サトシの横顔を仰ぎ見た。 彼女を選んだ主は、宝石五粒で老人の魂を支配してしまったのだ。
「グスタフ殿、あなたが私たちの『市民権の保証人』になっていただけるのであれば、私の故郷の品を独占取引する契約を結びたいと考えています」
「独占取引…。これは定期的に入手できると考えてよいのだな」
グスタフは数分間、沈黙した。 手の中のカップを愛おしむように見つめ、やがて彼は喉の奥で低く笑い始めた。
「……ククク、ハハハハ! 面白い! 出所を問わんのが商人の流儀。ならば私も、貴殿の背後にある謎は追わんことにしよう」
「この『商品』も可能な限り出どころは伏せ、販売先、流通量も考慮することを約束しよう」
彼は立ち上がり、俺に向かって右手を差し出した。
「保証人には私がなろう。もう一人の保証人も私が用意しよう。息のかかったギルド役員が何人かいる。……だが、サトシ殿。この価値を知った他のハイエナどもが、黙って見ていると思うなよ」
「……分かっている。そのために、俺は有能な『目』と『軍師』を買ったんだ」
俺が背後のカイルとエレナに視線を送ると、二人は力強く、かつ誇らしげに頷いた。
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