第4話 自分を安売りした瞬間、商談の価値は下がる
奴隷市場の鉄門をくぐり、俺は買い取ったばかりの二人を連れて大通りへと出た。 まず向かったのは、今朝衣装一式を買った仕立て屋だ。
「ご主人様、この店は……」
エレナが声を震わせる。 かつての令嬢としての記憶が、ここが奴隷の立ち入る場所ではないと警告しているのだろう。 知ったことかとばかりに無言で店内に入る。
「女将、また来たぞ。今度はこの二人に合う服を頼む」
「あら、お早いお帰りで。って、お客さん奴隷にここの服を着せるのかい?」
こちらを向いたあと後ろの二人に目をやって訝しそうに言う女将。 俺は構わずに店主に金貨20枚を差し出し、「これで頼む」といった。
「物好きな客もいたもんだ。まあ上客ならかまいやしないさ」
あきれたように女将はいった。
「すまない。世話になるな」
そういって俺はエレナとカイルに振り返った。
「二人とも好きなものを選べ、遠慮する必要はない、いいやつを選ぶといい」
「こんな大金、奴隷である私たちに使ってしまって本当によろしいのですか?」
エレナもカイルも困惑した様子を見せる。 しかしここで買うのは規定事項だ、無駄な問答をする気はない。
これからこの二人を見窄らしい状態で連れを歩かせるのは俺自身の信用を削ることに他ならない。 異世界だろうと現代だろうと、初対面の相手は外見で判断するものなのだ。
「かまわない。すべて必要なことだ。無駄金を払っているつもりはない」
そう言い切ると二人は少しためらった様子を見せたが「わかりました」といって女将と相談し始めた。
十分ほど話し合って、結局カイルは厚手の生成りのリネンシャツ、股下やひざが補強されたウールのズボン、暗緑色のマントを。 エレナはシルクリネンのインナーに藍色のチュニックドレス、本革のコルセットベルト、赤のクロークを選んだ。
だが、この場では着替えさせることはない。 二人の体には、まだ奴隷市の「泥と絶望」が染み付いている。
そして次に向かったのは武具店だ。 店主らしき男が店番をしているが、こちらを一瞥しただけで接客をするつもりはなさそうだ。
「カイル、ここで装備を整えるぞ。お前が必要だと思うものを選べ。俺は門外漢だからな」
「本当にいいんだな? 命をかける道具だ、吟味させてもらう」
先ほどの仕立て屋で慣れたのか素直に指示に従うカイル。
「エレナも最低限の護身は必要だろう。ナイフか何かを買っておくといい」
反対を向いてエレナにも声をかける。
「はい。かしこまりましたわ」
そういってエレナは店の奥へ入った。
「なあ、ほんとにこれ……買ってもいいのか?」
カイルが差し出した長剣はしっかりとした拵えで、店の中でもなかなかに良い剣のようだった。
「親父、これはいくらだ?」
店の奥にいる店主に声をかける。
「そりゃキルケ工房のもんだ。8リンドだな」
ちらっと見ただけでどの工房の作かわかるもんなのか、と感心する。 ただのやる気のない店主ではないようだ。
「だそうだ、このくらいなら構わんぞ」
キルケ工房がどの程度のものかは知らんが、ここで質の悪い剣を買って自らの身を危険にさらすのは馬鹿のすることだ。 戦闘中に折れて使い物にならなくなった、なんてことになったら目も当てられない。
「……これだけの鋼、辺境の隊長クラスでも持ってねえ。金貨8枚? 冗談だろ。俺を買った額の五分の一を、剣一本に注ぐのか」
俺はシガリロの灰を携帯灰皿に落とし、淡々と答える。
「俺自身と資産を守るための維持費だ。気にするな」
結局カイルは斥候兵としての機動力を活かせる上質な革鎧と鋼の長剣、加えて短剣とメンテナンスキット一式を購入することに決めたようだ。 エレナは護身用のナイフを一つ選んだ。
しめて金貨二十六枚、安い買い物ではないが初期投資をケチるやつに大きなリターンは望めない。
「次は宿だ。ついてこい」
◇
俺が連れて行ったのは、一泊四万八千ルピ――白亜の石造りが眩しい三階建ての建物――この街で最も歴史ある高級宿『黄金の蹄亭』だった。
「こ、ここですか!? 冗談でしょう! ここは王都の使節や大商会の主が泊まる場所ですわ!」
「……俺のような薄汚い奴隷が入れば、門前払いだ」
二人が怯えたように足を止める。 だが、俺は歩みを止めなかった。
十五年の営業生活で学んだのは、「自分を安売りした瞬間、商談の価値も下がる」という真理だ。 自動ドアなどない重厚なオーク材の扉を押し開け、中に入る。
案の定、カウンターにいた品の良い老主人が、俺の上質な商人の装いには目を細めたものの、後ろに続く二人を見て、困惑を隠さない表情でこちらを制した。
「いらっしゃいませ、ようこそ。……ですが、お客様申し訳ありませんが当店は宿泊されているお客様の平穏を何より重んじておりまして」
丁寧だが、暗に「汚れた奴隷連れは困る」という拒絶だ。 俺は腹を立てることもなく、むしろ当然の対応だと頷くように穏やかな微笑を返した。
営業の基本は、まず相手の立場を肯定することから始まる。
「ええ、重々承知しております。この二人には、然るべき身なりを整えさせるつもりです。……ただ、その前に汚れを落とすための湯殿と、使用人の手をお借りしたい。その手間と、滞在費、そして何より他のお客様への“配慮”を含めて、一ヶ月をこちらで」
俺はそういってインベントリから金貨七十枚を取り出してカウンターに積み上げた。
「……ッ!?」
金貨七十枚。 この宿の一等客室一ヶ月分に、十枚分のチップが含まれる額だ。
主人が目を見開いた。 視線が、俺の指先や立ち振る舞いを探っている。 無理難題を金で解決する成金か、あるいはそれ以上の「何か」か。
俺は尊大に出ることなく、それでいて堂々と、十五年の社畜生活で染み付いた「信頼されるプロの顔」を見せる。 主人は金貨の山を一瞥すると居住まいを正して深く頭を下げた。
「……失礼いたしました。お客様が平穏を何より重んじる方であること、理解いたしました。一等客室を本日より一ヶ月、確かに確保させていただきます」
主人がベルを鳴らし、使用人を数名呼び集めている。
「エレナ、カイル。徹底的に磨き上げてこい。湯と石鹸を惜しむな。その後で、持たせた服と装備をすませろ。終わったら俺の部屋へ来い」
俺は驚きで固まっている二人に、穏やかに、だが有無を言わせぬトーンで告げ、鍵を受け取った。
「……カイル、エレナ。お前たちが払うべき対価は『驚くこと』じゃない。『働くこと』だ。いいな?」
俺は使用人の案内で、吸い込まれるような厚みの絨毯が敷き詰められた大階段を、一歩ずつ登っていった。
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