幕間・シガリロとの出会い
15連勤、泊まり込み7日目、徹夜3日目の12月のある日。
午前二時。疲労と眠気で頭が回らなくなったサトシは、机の上にあったエナジードリンクを掴んで休憩にはいった。
周囲のビルはほとんどが消灯しており、このオフィス街に自分一人なのではないかと孤独感が募る。 オフィスビルに吹き付ける風は冷たく、サトシは非常階段で一人星空を見つめていた。
頭の中では昼間にあった顧客の罵倒と、パワハラ上司の「代わりはいくらでもいる」という言葉が、呪いのように脳裏に反響し続けていた。 目に映る景色は灰色だった。
「……おう、サトシ。ひどい顔してるな、何連勤だ?」
声をかけてきたのは、先月過労で搬送され今週で辞めることになっている数少ない先輩だった。
「15連勤です、先輩は?」 そう言おうとしたはずなのに、返事をする気力も湧かなかった。
彼は胸元から小さな箱を取り出して、茶色い棒状のものを取り出すとサトシに差し出した。
「一本やるよ」
サトシがそれを受け取ると、彼は手慣れた動作でライターの火を差し出した。チッと小さな音が響き、オレンジ色の火花が夜の闇をわずかに切り裂く。
紫煙がゆっくりと二人の間に広がり、霞がかった思考を一時だけ覚醒させていく。彼は自身の指先に挟んだ煙草をじっと見つめ、吐き出すように言葉を漏らした。
「……いいか、サトシ。俺たちはさ、クソみたいな会社のいてもいなくても変わらんボロボロの歯車にすぎない。でもな……、でもな、肺に入れるこの煙だけは、お前のもんなんだ。誰も奪うことなんてできない」
「おれの、もの……」
その時初めて吸った煙草は、強く甘いバニラの香りと、やや重く刺激的な味がした。 その瞬間、「いっそここから飛び降りれば楽になれるのかな」とぐるぐる回っていた思考が、ピタッと止まった。
「……生きてる感じが、します」
まるで煙が体の内側からしみ込んでくるかのようだった。 景色に色が戻ってきていた。
「はは……、シガリロ一本で安い命だな」
「シガリロ? たばこじゃないんですか?」
サトシはシガリロというものを知らなかった。 それ以前に先ほどまで精神的に参っていて、棒状のなにかとしか認識していなかった。
「煙草の仲間だ。でも見た目も違うだろ? 小さい葉巻みたいなもんだ」
「これが……、シガリロ」
火を灯してから十五分、サトシは暗闇に灯るオレンジ色の光を見つめ続けていた。
この煙は、俺のもの。
サトシが何よりもシガリロを重んじるのは、それがどんな絶望の中でも「誰も奪うことのできない自分自身」の象徴だからなのだ。
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