第3話 COOの卵と、誠実さという名の欠陥株
家に着いた俺は準備を整えると異世界に転移するべくタブレットを取り出した。 画面を表示させると「現在チャージ中。残り時間20時間。」と書かれている。
「チャージ時間が異世界と違う?」
しかし充電すらしていないのにいったい何がチャージされているというのだ。 人知を超えた「タブレット端末」に文句を言っても仕方がない。 まあ、魔力的な何かの謎パワーなのだろう。
恐らくあちらの世界とこちらの世界では空気中の謎エネルギーの濃度が異なり、チャージ時間の違いにつながっていると思われる。 帰還して換金、物資調達と4時間ほどたったはずだ。 そうするとこちらの世界ではチャージに約24時間、1日程度かかるということなのだろうか。
焦る必要はない、外を見ればすでに日が暮れた時間帯だ。 3時間の異世界滞在から帰還した時こちらの世界でも3時間が経過していた。 向こうとは時間の流れが違うということもないだろう。
太陽と共に生きる中世世界基準で考えればこれから出歩くのは酔っ払いか犯罪者、夜警くらいのもののはずだ。 向こうの世界では身元保証人もいない俺が自分からわざわざ捕まりに行く必要はない。
「あんまり焦って行動する必要はなかったな」
現実感のない出来事に若干冷静さを失っていたのかもしれない。 気が抜けた俺はため息をつきつつ、翌日以降の異世界生活のために中世世界やファンタジー世界がどういったものなのかインターネットでの情報収集を始めるのだった。
◇
チャージ直後に転移すると時間は午後4時半になってしまう。 行動できる時間の短さを考慮した俺は翌日の夕方ではなく翌々日の朝早くに再転位することに決めた。
翌々日の朝6時、食事をとって前回と違いひげを剃り、髪をとかし身だしなみを整えた。 俺は異世界で活動する準備をすませると再度の「悪臭」に備えてシガリロに火をつけ、タブレットのログインボタンを押した。
一瞬の揺らぎとともに降り立った場所は前回現実世界への帰還を行った路地裏だった。
「転移場所は前回実行したポイントか」
これで少なくとも転移、帰還ポイントは固定ではないことが分かった。 そうすると、前回転移した場所はもしかするとあの本の前の持ち主が最後に帰還したポイントだったのかもしれない。 ほんの少し考えこんでは見たものの、確認の取りようもないことを考えても意味はない。
再訪した異世界で、俺はまず一昨日目星をつけていた高級な仕立て屋へ向かった。
「悪いがこの街の商人が好む服を上から下までそろえてもらえるか?いいやつでな。すぐ必要なんだ、既製品でいい」
ふくよかな女将に尋ねる。 この街の常識がない俺には周囲に違和感を抱かせない服装選びは難しすぎる。 プロに任せるのが無難だろう。
そうしてだされたのは深い紺色のローブと上質なリネンのシャツ、ズボン、ベルトに革靴。 自由都市の一流商人が好む装いだ、といってだされた服に着替える。
「鏡はないのか?自分ではよくわからん」
「鏡?そんな上等なもんはお貴族様の屋敷にしかありゃしないさ。」
そうか、まだこの世界では鏡は貴族などのステータスアイテムなのだろう。
「大丈夫、似合ってるよ。それなりにはね」
女将がにかっと笑う。
「どうだい、全部で6リンド2シルだね。まとめて買ってくれるなら6リンドにまけたげるよ」
金貨6枚、前回調査した一般的な年収の20%近くと考えると相当高額だ。 しかし日本円なら1万円ちょっとだ。 現地人基準では数十万円のオーダースーツをしつらえた感覚なんだろうな。 まあ適正だろう、ぼったくりってわけでもなさそうだ。
十五年の社畜生活で染み付いた「営業マンの顔」は、この世界でも強力な武器として通用するはずだ。 会計を済ませた俺はそのまま『奴隷市』へ直行した。
◇
現地に馴染んだ、仕立ての良い服を纏った俺を見る奴隷商の視線は、昨日の胡乱げなものを見る目とは正反対だった。
「いらっしゃいませ。どうぞ好きに見ていってください」
昨日見に来たときは一言も声をかけなかった奴隷商だが、今日の身なりを見て上客だと判断したのだろう。 目当ての少女がまだいることを横目で確認しつつ、並んでいる奴隷を見ていく。
比較的若い男女が8人ほど並んでいた。 それぞれ首から看板を下げており、簡単な素性と技能、値段が記されている。
肉体労働が主目的の奴隷は金貨30枚から40枚くらいが相場のようだ。 対して技能、教養のある奴隷はずいぶん高く、金貨100枚から120枚の価格帯が多い。
昨日の少女に目をやるとやはり彼女は周りの奴隷とは一味違う目の色でこちらを窺っていた。
「この少じ…、奴隷を買いたいんだが。」
人を奴隷扱いすることには慣れないがこの場ではそう振る舞わなければ舐められる。 どうにか奴隷と言い直し奴隷商と商談を始めた。
「ええ、少し前につぶれた元カエサル商会の令嬢で読み書き、算術、商売の基礎習は得済みです。名前はエレナ。少々値は張りますが肉体労働以外ならお勧めできる一品です。……それにこの容姿です。きちんとした食事をとらせれば夜の方もご満足いただけるでしょう」
男なんだからわかるだろう?といった視線をこちらに向けてくる。
「お代は150リンドとなっております。」
と奴隷商の男がにこやかに話す。 やはりほかの奴隷より少し高いなと思いながらも、この少女以外の「パートナー」を買う気はなかった。
「わかりました、買いましょう。」
「それと、もう一人。私の背中を預けるに足る護衛となる奴隷を紹介してもらいたい」
この中世のようで違う異世界では現地のパートナー以外にも用意しなければならないものがある。 それは盾となる護衛だった。
「護衛…ですか。何人か連れてまいりましょう」
なかなかに高い「商品」が売れた喜びをわずかに見せた奴隷商は少し考えた様子を見せている。 暴れられると困る戦力のある奴隷は表にださないのだろうか。そうして店の奥から奴隷商人が連れてきたのは筋骨逞しい4人の男たちだった。
目の前に等間隔でひとりずつ順番に並んでおり威圧感がある。 俺は並んでいる奴隷たちを一人ずつ観察した。 ただ強そうなだけの男は要らない。
「……まずは、各々の『ポートフォリオ』を聞かせほしい」
つい俺の口から出たビジネス用語に、奴隷商が「ぽーと……?」と首を傾げる。 謎の翻訳機能のライブラリにない単語だったようだ。
「経歴だ。何をして、なぜここにいるのか、それを知りたい」
「かしこまりました。順番に紹介させていただきます。」
最初に紹介されたのは最も体格の良い大男だった。 元傭兵団の副団長で、戦場での手柄は数知れないという。 だが、俺はその男の瞳を見て、すぐに候補から外した。
その目は、強者には媚び、弱者を踏みにじる側の目だ。 戦場では必要な才能なのだろうが欲しいのは護衛だ、兵士じゃない。 なにより務めていたブラック企業のパワハラ上司に似ていた。
次に紹介されたのは、暗殺の技術を持つという痩身の男、そして元近衛騎士だという没落貴族。 どれもスペックは高い。 だが、俺の投資家としての直感は、それらを「優良だが割高な銘柄」だと告げていた。
最後に、列の端で黙って膝をついている一人の男に目が留まった。 他の男たちのような派手な筋肉はない。 だが、その指には長年剣を握りこんだであろう独特のタコがあり、何よりその視線は少女奴隷…エレナと同様に俺の「衣装の仕立て」や「靴の汚れ」を冷静に分析していた。
「こいつは元辺境警備隊の斥候兵です。反逆罪で奴隷落ちとなりました。40リンド。どこまで本当かはわかりませんが上官の汚職を告発し、返り討ちに遭ったという話です。多少の教養はありますが護衛としてはそれなり、というところになりますね」
「……不器用な銘柄だな」
上官の不正を見過ごせば、今頃は安全な場所で飯を食っていただろうに。 だが、その「誠実さという名の欠陥」こそが、俺が最も欲している信用だ。
「名前は?」
「……カイル、だ」
低く、そして芯の通った声が返ってきた。 俺を見つめる瞳に、かつての上司が持っていたような濁りはない。
「カイル、俺の背中を任せられるか?それだけ聞きたい」
そう尋ねると少しのあいだ下を向き考えた様子を見せた後、顔を上げてこう言った。
「契約を反故にすることはない。俺を買うならあんたを守ろう。……ただ待遇は良くして欲しいもんだ。犬死はごめんだからな」
期待通りだ、簡潔で誠実、そこで自分の意見を言える。
「いいだろう。この男、カイル。それとエレナ。二人合わせて200リンドだそう」
奴隷商が「えっ」と声を漏らした。 エレナの百五十枚に、カイルの四十枚。 合計で百九十枚のはずなのだ。
しかし俺は十枚分、約二十四万ルピ(平均年収の3割強)の色をつけて提示した。
「ほう、これはこれは、ありがとうございます」
奴隷商は喜色満面の笑みを浮かべている。 セットで購入するが価格交渉はしない。 あえて端数を切り上げ、スピードと信頼を買う。
十五年の営業生活で学んだのは、下手にケチらず「金払いのいい上客だ」と相手に覚えてもらうことが、長期的には高いリターンを生むということだ。
日本円にして約38万円。 現代なら安い中古車と変わらない値段。 最高の「COOの卵」と信頼できる「護衛」をヘッドハンティングするには、あまりに端金だった。
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