ある港湾都市商人の挑戦
港湾都市シーリンの有力商人だったマルコは、サージョ・コメルツォの台頭を苦々しく見つめていた。
「新大陸の呪いを解く『サージョ・タブレット』だと? 鼻持ちならない余所者が、ただの薬で市場を独占するなど許せん。製法さえ分かれば、うちの資本力で叩き潰してやる」
マルコは、サトシの成功を「単なる先行者利益」だと侮り、模倣品の製造に乗り出した。 それが彼の地獄の始まりとも知らずに。
◇
まず製法を知らなければどうしようもない。 そうしてマルコは、サージョ・コメルツォの製造拠点から強引に引き抜いた従業員を問い詰めた。
「さっさと製法を言え。今の倍の給金を約束してやる」
だが、従業員は青ざめた顔で首を振るばかりだ。
「無理です……旦那。我々は『魔法契約』で縛られている。あの方は、最初から裏切りを物理的に封じているんだ。口を開いた瞬間に喉が焼けるなんて御免だよ」
翌日、それでもマルコは諦めなかった。 独自に薬を分析させ、製造所に運ばれる貨物から「ローズヒップ」が染料などではなく薬の原料として使われているとあたりをつけた。
「なんだ、ただの野バラの実じゃないか! これならすぐにでも作れるぞ」
しかし、肝心の抽出法が分からない。煮出しても、潰しても、あの鮮烈な効果は現れなかった。
二ヶ月が経った頃、ようやく高濃度のアルコールによる抽出が必要であることを突き止めることができた。 だが、今度は原材料の壁にぶつかった。
「酒精だ! 高純度の酒精が市場にない! 全てサージョが薬種商ギルドと組んで押さえていやがる!」
サトシが構築したサプライチェーンの強固さに、マルコは苛立ちを募らせていた。
半年が経ったころ、方々を探した結果、闇ルートで酒精を買い叩き、ようやく模倣品を完成させた。だが、算出された販売価格を見てマルコは絶句した。
「一ヶ月分で、銀貨7枚……!? なぜだ、これではサージョの売価より高いじゃないか!」
サトシは既に大規模な原材料調達に量産された酒精、そして大規模な生産拠点によって、圧倒的なスケールメリットで原価を下げていた。 利用しているインフラの次元が違いすぎたのだ。
一年と二ヶ月が経った頃、執念で量産体制を整えようやくサージョと同じ価格まで引き下げた。マルコは勝利を確信した。
「いける、これでやっと新大陸の権益を俺の手に!」
だが、港の船員たちの反応は冷ややかだった。
「悪いな旦那。サージョ印以外の薬に賭けるほど、俺たちの命は安かねえんだ。あっちを飲んだ奴は全員生きて帰ってきてる。おんなじ値段だって、あんたの『似たような薬』で死ぬのは御免だね」
積み上げられた「実績」という名の壁は、価格競争などではびくともしなかった。
模倣タブレットは全く売れず、一年と八ヶ月が経過していた。 抱えた在庫と工場の維持費が、真綿で首を締めるかのようにじわじわとマルコの資産を食いつぶしていった。
破産を目前にしたマルコは、なりふり構わずサトシに泣きついた。 サトシは表情一つ変えず、マルコの工場を「海軍との新規契約があったな、ちょうど製造拠点を増やすところだったんだ」とあっさりと買い取った。
マルコはその売却資金で一隻の船を買い、サージョ・コメルツォに10%の優先枠を設けた新大陸航路の船主として再出発した。
◇
「あの御仁の情けには命を救われた。いつか恩を返さなければ……」
彼は、サトシを「寛大な救世主」だと信じ、感謝の念すら抱いていた。 だが、マルコがそう感傷に浸っていた頃。
サトシは執務室で、山積みにされた次の投資案件の書類に目を通していた。
「サトシ様、先日買い取った工場の元所有者が、挨拶に来たいと仰っていますが?」
エレナの問いに、サトシは流れるような動作で別の書類にハンコを押し、顔を上げることなく答えた。
「誰のことだ? ……ああ、あの場所か。いい時期にちょうど売りに来てくれて感謝してるとでも伝えておいてくれ。それより、王立学院から上がってきた次の報告書を回してくれ」
サトシの記憶の中に、マルコという名などは欠片も残っていなかった。
一人の商人の人生を飲み込み、破壊し、再生させたその行動は、サトシにとって「毎朝飲むエレナの紅茶」よりも些細な、ただの業務上の判断に過ぎなかったのである。
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