第23話 保険料だと思え
バルモアたちによって新大陸から持ち帰られた交易品は、瞬く間に市場を席巻した。
特に香辛料はここ一年全く新大陸航路からの流入がなかったため、陸路から輸入される少量しか市場に存在しておらず、取引価格は天井知らずだった。
最終的な換金額は、準備金や船の購入費を含む全航海費用の8倍超。 集計を終え、帳簿を弾き終えたエレナの手は、小刻みに震えていた。
「……勝ちました、サトシ様。父が、カエサル商会が将来を託し、そして敗れていったあの絶望に。新大陸の海に、私たちは復讐を果たしたのですわ」
強く羽ペンを握り、羊皮紙に書かれたインクが滲む。 エレナの瞳からは、大粒の涙がこぼれ落ちていた。
その震える肩にサトシはそっと手を添えた。 エレナとは対照的に、カイルは金貨が詰まった重い袋を机の上に放り投げ、口角を上げる。
「おいおい、泣いてる場合じゃないだろう。金貨二万七千枚だぜ? これだけあれば、俺たち3人が3代先まで遊んで暮らせる。なんだって欲しいものは手に入る。サトシ、あんたもうあがりでいいんじゃないか?」
「遊びたいなら一人で遊んでいろ、カイル。これは軍資金だ」
サトシは捌ききった積み荷の目録から目を離さずに言い放った。
「これは遊ぶための金じゃない。俺はこの金でこの世界の『ルール』を書き換える」
サトシはすぐさま、得られた利益を次なる布石へと投じた。
まず、命懸けの航海を成し遂げたバルモアとその船員たちに対し、約束の船の譲渡に加え、金貨二千五百枚という破格の特別ボーナスを支払った。これは港中の船乗りたちに「サージョに従えば莫大な利益が手に入る」ことを知らしめる最高の広告となった。
それと同時に、港湾都市の西にある広大な土地を購入。 一年間の間に研究開発を行い、現地の技術で生成できるようになった酒精専用の巨大蒸留器と乾燥設備を備えた「タブレット大規模製造拠点」の建設を開始。薬師や陶工を囲い込み、三十名の専属警備員を雇い入れ、サージョ・コメルツォは瞬く間に要塞のような組織へと変貌を遂げていった。
◇
数日後、グスタフの仲介により、港湾都市の外洋船運航者たちが一堂に会した。
「皆さん、既にご存知でしょう」
サトシは壇上に立ち、漆黒の小壺――サージョ・タブレットを掲げた。
「この中身が、海の呪いを封じ、無傷の帰還を約束する唯一の鍵で――」
「サージョ! 講釈はいい、いくらだ!」
「金ならいくらでも出す、全船分を売ってくれ! 今すぐにだ!」
殺気立った叫びが上がる。 宣伝するまでもなく彼らはその「奇跡の薬」の効果を理解していた。
「落ち着いてください。みなさん、いいですか?」
ヒートアップする聴衆をなだめつつサトシは話を続ける。 そうしてサトシが告げた価格は、彼らの予想を裏切るものだった。
「一瓶、一人一ヶ月分を銀貨3枚で販売します」
会場が凍りついた。 あまりにも安すぎたのだ。
「正気か!? 独占価格なら金貨でも買うぞ」
そうどよめく船主たちを制し、サトシは追加の条件を突きつけた。
「ただし、条件があります。サージョ・タブレットを購入する船は今後、その積載量の10%をサージョ商会の専属貨物枠として提供していただきます。運賃は無料として」
一気に会場が騒がしくなる。
「積載量の一割をタダでよこせってことか!? 冗談じゃねえ、積み荷が減ればそれだけ儲けが減る!」
「いや、だがあの『奇跡の薬』がなきゃ出航すらできねぇ」
「交易が成功すりゃ数倍の利益は堅いからな、それを考えりゃ……」
喧々囂々の議論を始めた船主たちに対し、サトシは淡々と論理で殴りかかった。
「みなさん、これは『保険料』だと考えてください。過去の事例を調べたところ、新大陸航路の成功率は五〜六割。つまり四割は未到着もしくは未帰還です。そして失敗原因の大部分は『海の呪い』です」
一息を挟んでサトシはまくし立てる。
「ですが、このタブレットがあれば成功率は八〜九割にまで跳ね上がります。少し計算してみてください。成功率が三割上がれば、失われる船も船員も減少するでしょう。つまりトータルの利益は三割よりはるかに大きくなります。そうして得られるはずの莫大な利益のうち、たった一割の支出を惜しんでどうします? このまま船が出せなければ維持費だけで破産するしかないのです」
船主たちは顔を見合わせた。 確かに海に出なければ利益はゼロ、それどころか破産だ。 そう、船は金食い虫だ。係留しているだけでフナクイムシ対策やビルジ排水、索具と帆の劣化等々船そのものに経費がかかるうえに、係留費と港湾使用税も支払う必要がある。
真綿で首を絞められ破産することに比べれば、成功率を確実に買うための対価として「一割の貨物枠」はあまりに破格だった。
「……分かった。確かにあんたの言う通りだ。この話を蹴っても俺たちに道はねえ。考えてみりゃ一瓶銀貨三枚じゃあんたに利益はないだろうしな。サージョ、あんたの提案を飲もう」
そうして一人、また一人と船主たちが、サトシの条件を受け入れていった。 この時集まっていた港湾都市の主要な船主の中で、契約を結ばなかったものは一人もいなかった。彼らとは後日、裏切れば自動的に制裁が下る「魔法契約」を締結することとなる。
その光景を見ていたエレナは、背筋に寒気を覚えながら見つめていた。
バルモアに船を譲ったのも慈悲などではなかった。サトシはただ自ら船を持つリスクを切り離しただけだった。自前の船を何百隻と持たなくとも、航海のリスクを一切背負うことなく、この国から新大陸へ向かう全物資の10%が自動的に集まる仕組みをサトシは最初から考えていたのだ。
それは大船団を持つことよりはるかに困難で、そして利益の大きいものだった。 こうしてサトシは、新大陸貿易という巨大な血脈の心臓を、その手に収めたのだった。
【第23話 収支内訳】
収入項目:
既存事業収益: +金貨 500枚
支出項目:
タブレット大規模製造拠点: ▲金貨 2,500枚(土地買収、専用蒸留器、乾燥設備)
人員雇用・技術者確保: ▲金貨 500枚(薬剤師、陶工、警備員30名追加)
魔法契約・法務費用: ▲金貨 650枚(各商会との不可侵条約・魔法契約)
原材料仕入れ: ▲金貨 500枚(大量のローズヒップ、酒精、デンプンの備蓄)
【第23話終了時 総資産】
金貨 25,667枚相当(6億1,600万ルピ)
+新大陸物流プラットフォーム独占権(全商船積載枠の10%)
最後までお読みいただきありがとうございます。
「続きが気になる!」「サトシの経済侵略を応援したい!」と思っていただけましたら、下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価いただけると執筆の大きな励みになります!
ブックマークもぜひ、よろしくお願いします!




