第20話 耳障りのいい言葉より、揺るぎない実証データを
ついにサージョ・タブレットは完成した。 在庫も十分用意し、いつでも販売を開始することができる。 だが、サトシはそれをすぐに市場へ流すことはしなかった。
「サトシ様、これほど完成度の高いものをなぜ秘匿されるのですか?生産を続けるだけでは赤字になる一方ですわ」
「……エレナ、この街の船乗りは『海の呪い』にどれだけ苦しめられたと思う?こんな黒い粒一つで呪いにかかりません、といったところで笑われるのがオチだ。嘘だろうと一度でも『効かなかった』という噂が立てば、この事業は死ぬ。だから実績をもって認めさせるしかない」
今までこの街で『海の呪い』を治すといって薬を売った商人がいないわけではない。 しかしそのすべての商人は、詐欺であるとして広場で吊るされたのだ。
「耳障りの言い言葉だけの奇跡に金は動かない。必要なのは、揺るぎない実証データだ」
サトシは、次のフェーズ――「実地証明」へと舵を切った。
◇
サトシはすぐさま、商会の資産を投じて一隻の船を取得した。 それは船員が集まらないため新大陸への出航ができず、その維持費の支払いにすら困窮した船主から相場の4割で買い取ったものだった。
「……きゃ、キャラック船!? サトシ様、正気ですか? 船体の購入費、艤装、食糧の備蓄……。いくら破産寸前の持ち主から買い叩いたとはいえ、もしこれで失敗すれば、サージョ・コメルツォは傾きますわ!」
動揺するエレナを余所に、サトシは淡々と指示を続ける。 サトシは既に覚悟を決めていた。
当初はサトシもそのあまりに巨額な負担のため、グスタフの信用を担保にオルファナの豪商たちから融資を募ることを考えていた。 しかし、そんな計画は破り捨て、すべてを自己資金で賄うことを決めたのだ。
「他人の金で勝負すれば、その連中に首根っこを掴まれる。新大陸の利権という莫大な果実を、大したリスクも取らずに金を貸しただけの連中に分配してやる義理はない」
その決定は、失敗すれば商会の資産の5割弱を一度に海へ投げ捨てるに等しい暴挙になる。 だが、サトシのその目に迷いはなかった。
「いいか、これは投資だ。船が『全員無事』に帰港した瞬間、このサージョ・タブレットは怪しい黒い豆から金へとその価値を変えるんだ」
そう自信に満ちた顔で言い切るサトシであったが、一転して難しい顔になる。
「だが、問題は船を『動かす人間』だ」
◇
港湾都市の船乗りたちはみな酒場に引きこもり、死の影に怯えきっていた。
「新大陸への航路? 御免だ。生きて腐りたくねえ」
最初にサトシが船乗りたちの集まる酒場にいったとき言われた言葉だった。 酒場に引きこもっているせいで話題に飢えているのか話こそ聞いてはくれる。しかし、誰もその首を縦に振ることは無かった。
「海に出たって呪いにかかって死ぬ、生贄にされるのはごめんだ」
結局それが酒場にいた船乗りたちの総意だった。 サトシとエレナはあきらめずに一週間シーリン中の船乗りを勧誘して回ったが、依頼に応えてくれる船乗りを見つけることはできなかった。
諦めかけたそのとき、一本の蜘蛛の糸はカイルとの会話からもたらされた。
「船乗り?そういや、昨日飲んだ酒場に昔新大陸航路を航海したことがあるってじいさんがいたな」
駄目元でカイルに案内させたサトシは、場末の酒場で一人の男を見つけた。 膿んだ眼差しで安酒を煽る初老の巨漢、バルモア。
かつては数々の未踏航路を切り拓いた英雄的な船長だったが、数年前の航海で船員の八割を「呪い」で失い、それ以降はいつも酒場で管を巻いている。
「……呪いを防ぐ薬だと? おめぇみたいなやつは何人もいた。だがな、どいつもこいつもただの詐欺師だったぜ。寝言は寝てから言え」
バルモアはサトシの勧誘を鼻で笑い、酒を煽り続けた。 サトシは無言で一粒のどす黒いタブレットをテーブルに置く。
「俺はこの秘薬に命を賭けている。航海は絶対成功する」
そう言い切ってサトシは身を乗り出した。
「バルモア、賭けをしよう」
「……賭けだと?」
「俺はこのタブレットを飲めば誰一人『海の呪い』にかからないことを保証する。貴様がその船の指揮を執り、たった一人でも生かして帰港できたら――」
サトシは窓の外から見える、係留された大型のキャラック船を指差した。
「あの船を、そのまま貴様にくれてやる」
その言葉の意味を理解した瞬間、バルモアの酔いが一気に吹き飛んだ。 船乗りにとって、自分の船を持つことは生涯の夢に他ならない。 しかも外洋を航海できる船は金貨数千枚、ましてやキャラベルでもなくキャラック船だ。
それは悪魔の誘惑であった。
「……正気か。たった一人、一人生かして返せばあの船を俺に?」
「ああ。俺は契約を破ることはしない」
バルモアは下を向きしばらく沈黙した後、残りの酒を飲み干すと、野獣のような笑みを浮かべて立ち上がった。
「面白え。船まで用意した詐欺師はあんたが初めてだ。こりゃあ命を賭ける価値がある。あんたのその大ボラ、信じてやるよ。お前の船、俺が乗ってやる」
サトシは硬い表情なままではあったが、眉尻がわずかに下がったのをエレナは見過ごさなかった。
「……感謝する。さて、船長が決まれば後は船員集めだな」
するとバルモアは打って変わって悪戯っぽい笑みでいった。
「……旦那。どうせ船員集めにゃ困ってるんだろ? 今のこの港じゃ海にでたいって男はそうはいねえ。だからといって、ただの死にたがり集めた素人集団じゃあ船は動かせねえ。ついてこい」
バルモアは酒場の入り口を親指で差し、サトシを促す。 そうして案内されたのは裏通りの古びた長屋街であった。
「当てはある。俺と共に呪いの海で仲間を失い、今は全員この陸のうえで腐ってやがった。だがな、そいつらと、そいつらの息子たち……誰もが海を忘れられねえ死に損ない共だ。俺が新大陸まで連れてってやるよ」
こうして、サトシはバルモアの協力を得ることで、異世界の海運史を塗り替える「実証実験」の幕が上がった。
【第20話 収支内訳】
支出項目:
中古キャラック船(要修繕)購入費: ▲金貨 1,500枚
船の艤装: ▲金貨 1,000枚
食糧備蓄・消耗品: ▲金貨 500枚
バルモアへの契約手付金: ▲金貨 100枚
合計: ▲金貨 3,100枚
【第20話終了時 総資産】
金貨 3,467枚相当(8,320万ルピ)
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