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【完結まで執筆済み】1500万円で異世界を買い叩く 〜ブラック企業出身の俺、最底辺から経済を支配し、月面着陸を目指す〜  作者: 高山 虎
第二章 新大陸航路編

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第19話 コストを削って信用を失うのは三流

長期保存手段の模索を始め一ヶ月半、工房の隅には失敗の跡が積み上がり続けていた。


最初はシロップを試した。 しかし、抽出から十日も経つと、厳重に封をしても微量な水分が糖分と反応して発酵。深夜の工房に乾いた破裂音が響き、割れた容器とともに貴重なエキスが床を汚す光景をサトシは何度も目にした。


次に試したトローチ()は保存性こそ高かったが、エレナによる原価計算の結果を聞いたサトシは冷徹に首を振った。


「一粒作るのに銀貨半分相当の砂糖が必要? 却下だ。そんなものは王侯貴族の嗜好品でしかない。王侯貴族が壊血病にならなかろうが、一般の水夫が倒れるのなら船は動かないんだ」


サトシはそう吐き捨てると、工房の床に散らばった失敗作の残骸を無造作に踏み越えた。困惑するエレナをよそに、彼は頭の中でかつて見てきた現代の製薬技術を必死に手繰り寄せる。失敗を重ねるたびに、不可能な選択肢が削ぎ落とされ、本質へと近づいていく感覚。彼は自身の掌を見つめ、闇の中に新たな道筋を描き出すように、鋭い眼光を灯した。


「……確かに失敗続きは気が滅入る。だがここまでかかったコストは、データだ。これで方針を固めることができる。俺たちが作り上げるのは、安価で、軽く、水なしで摂取でき、一年腐らない『タブレット(錠剤)』だ!」


サトシが着目したのは、ローズヒップが持つ「乾燥への圧倒的な耐性」と、安価なデンプン、そして自身の商売の核である「高純度酒精」だった。


「ローズヒップ内部の剛毛を取り除いたら、微細な粉末に挽け。乾燥した状態ならバルク輸送も容易だが、このままでは表面積が広すぎて酸化が早まる。できあがった粉末にデンプン、そして酒精を加えて練り合わせるんだ」


ローズヒップの内部には細かい剛毛があり、これが下痢の原因となるため丹念に取り除く必要がある。


酒精は成分を溶かし込み、かつ揮発性が高い。これによって粉末はローズヒップに含まれるペクチンを適度に溶かし、湿った砂のような状態になる。加えて製造中の雑菌の繁殖も防いでくれる。


これを型に入れて強い圧力をかけ、低温で乾燥させれば、酒精が抜けるとともにデンプンが固まり、成分を高密度に封じ込めることができる。 現代の錠剤製法に近い「酒精乾燥法」。水分という腐敗要因を酒精で置換して飛ばす、徹底した合理性の産物だった。


「さあ、仕上げだ。エレナ、この特注の『圧搾機』を使え」


サトシが2週間かけて鋳造職人に作らせたのは、頑丈な鋳鉄製のネジ式プレス機だった。 プレス機の上下にある金型の間に粉末を流し込み、長いレバーを力一杯回して一点に数トンの圧力をかける。


「見ていろ。強烈な圧力をかけることで、ローズヒップに含まれる『ペクチン』が組織から染み出し、粉末同士を結合させる。さらに酒精で溶け出したペクチンが乾燥過程で錠剤の表面に強固な『天然のコーティング層』を形成するんだ。これが酸素の侵入を防ぐ防壁になる」


次にサトシは、陶工を呼び寄せ、特殊な仕様の容器づくりを命じた。


「一般的に使われる鉛釉は一切使うな。通常の使用では問題ないかもしれんが、この薬は酸が強い。酸は釉薬から鉛を急速に溶かし出す。……鉛を長期にわたって摂取すれば、歯茎が変色し、体が麻痺する。それは『海の呪い』と似た症状をもたらす」


サトシは、薬そのものの副作用で「呪いが再発した」と誤認されるリスクを、何よりも恐れていた。


高価なスズ釉による厚い被膜は、酸から壺を守るだけでなく、紫外線をほぼ100%カットする。つまり現代の「遮光瓶」の機能を中世の技法で再現したのだ。


「サトシ様、鉛が毒になるのですか?」


そうエレナに問われたサトシは、中世にはワインの甘味付のためにあえて鉛を混合することもあったという事例を思い出した。


「ああ、そうだ。鉛中毒の恐ろしいところは気が付かないうちに体内に鉛がたまり、時間をかけて症状が出ることにある。すぐに出るものではないから、結局誰も鉛が原因なんて思わないんだ」


サトシは腕を組み、深刻な面持ちで視線を落とした。因果関係が見えにくいからこそ、一度発覚した時の破壊力は計り知れない。


「万が一だが、サージョの薬を何年も飲み続けた船乗りが呪いと似た症状が出てみろ、うちの信用は丸つぶれだ」


「……なるほど。そういったことであれば、多少製造コストが上がったとしてもスズ釉を使うべきです。サトシ様はこの病を克服することだけではなく、その未来を見てらっしゃるのですね」


感激してこちらを見つめるエレナであるが、品質管理をかじったことがあるならば、商品にこんな欠陥あれば見逃すわけがない。


「コストを削って信用を失うのは三流のすることだ。俺たちはこの薬で『奇跡』を売るんだ。一切の瑕疵は許されない」


ついに仕上げの工程に入る。 サトシは壺にタブレットを詰めた後、サージョ・コメルツォ製の高濃度酒精を垂らす。


「壺の口を閉める直前に酒精を数滴垂らせ。酒精が気化して中の酸素を追い出した瞬間を狙って、松脂と蜜蝋を混ぜた熱い樹脂で塗り潰すんだ」


酒精の蒸気で酸素を追い出し、樹脂で物理的に密閉する。 現代の「窒素充填パッケージ」とまではいかないが、中世の技術で可能な限り近づけたのである。 そうしてついに常温で一年以上保管が可能な『サージョ・タブレット』が完成したのだった。


「サトシ様……これなら、一瓶(一ヶ月分)の価格を一般の水夫でも手が届くたったの銀貨2枚に抑えられます。採算も完璧です」


エレナの弾んだ声に、サトシは完成した無骨な黒い丸薬を口の中で転がした。


「ああ。高すぎて命が救えないなら何の意味もない。全船員の命を安価に保障し、その見返りに航路の利権を根こそぎ奪う。……呪いを解くのは『奇跡』じゃない。徹底した『ロジスティクス』の勝利だ。まあ、味は最悪だろうがな」


サトシは、できあがったばかりのどす黒く赤紫色の錠剤を、こちらの話などかけらも気にせず退屈そうに長剣を磨いていたカイルに放り投げた。


「おい、カイル。毒見だ、一粒どうだ」


「ああ? 毒見役なんて契約した覚えはねえが……」


カイルは空中で錠剤を掴み取ると、疑わしげに鼻を近づけた。 少し酸っぱい香りがするだけの黒い塊を、躊躇なく口に放り込み、奥歯で思い切り噛み砕いた。


直後、カイルの顔が凄まじい形に歪んだ。


「――っ!? ぐ、うあああッ! 何だこれ、死ぬほど酸っぺえぞ!!」


カイルは反射的に吐き出し、涙目になりながらサトシを睨みつけた。


「あんた、俺を殺す気か! 舌が痺れて、口の中の水分が全部持っていかれたぜ。これを一ヶ月も飲み続けるってのか?」


「ああ。だが、それを飲むだけで、歯が抜け落ち、古傷が開き、生きたまま腐って死ぬのを回避できる。その対価が『クソまずい味』だけなら、船乗りどもは喜んで買うだろうさ」


「……。ふん、確かにそうだな」


カイルは渋々といった様子で舌を出し、口に残ったあまりの不味さを少しでも追い出すようにツバを吐いていた。


「酒場の毒水みたいな安酒や、石みてえな乾パンを食ってる野郎どもだ。この最悪な味に『効いてる感』さえ感じやがるだろうよ。……あんた、相変わらず性格が悪いな」


「商人にとって、性格の悪さは最高の武器だ。商売相手には見せんがな。……さて、エレナ。仕上げにかかろう」


サトシは完成した黒磁の壺を手に取り、中庭へ出た。 ブラック企業で培った「コストと品質」の板挟みの経験が、今、異世界の『呪い』を打ち破る漆黒の武器へと結実したのだった。


「だがこれはまだ始まりですらない。壊血病から港湾都市を救うのは、あくまで新大陸航路を復活させる手段でしかないんだ。俺の目的は新大陸の権益そのものなのだから」


【第19話 収支内訳】


支出項目:


精密ネジ式・特注鋳鉄製プレス機: ▲金貨 50枚


スズ釉黒磁壺 1,000個(特注ライン構築): ▲金貨 35枚


ローズヒップ、酒精、蜜蝋、高級デンプン: ▲金貨 10枚


人件費 熟練工20名(1.5ヶ月分): ▲金貨 40枚


契約魔法20人分: ▲金貨 200枚


研究・雑費 工房改修、試作廃棄ロス、燃料費: ▲金貨 10枚


合計: ▲金貨 345枚


収入項目:


なし(サージョ・タブレット在庫1,000瓶保有)


【第19話終了時 総資産】


金貨 6,567枚相当(1億5,760万ルピ)

最後までお読みいただきありがとうございます。


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