エレナの魔法講義
「――では、これより魔法に関する講義を始めますわ」
凛とした声に顔を上げると、そこには見慣れない姿のエレナが立っていた。 いつもの秘書官らしいドレスではなく、どこで調達したのか、知的な眼鏡をかけ、手には教鞭を持った「女教師風」の装いだ。
「エレナ……一体どうしたんだ、その格好は」
執務机に座らされたサトシが戸惑いながら問うと、エレナは眼鏡のブリッジをクイと押し上げ、微笑んだ。
「サトシ様、以前この世界の魔法について詳しく知りたいとおっしゃっていたではありませんか。忘れたとは言わせませんわよ?」
「ああ……そうだったな。確かに、ビジネスの基盤として魔法の仕組みを正しく把握しておく必要がある、と言った記憶がある」
サトシが居住まいを正すと、エレナは満足そうに頷き、どこから持ち出したのかいつのまにか背後にある黒板を指した。
「まずはおさらいです。魔法とは、すべての生き物が持っている『魔力』を体外へ出力し、事象を発生させる技術を指します。そして、それが行える適性を持って生まれてくるのは、およそ500人に1人。身分血筋どこで生まれたのか関係なく、すべて完全にランダムですわ」
エレナの教鞭が空を舞う。
「そのためこの国では、子供が10歳になると近くの教会で神官によってその才能を判断されるという風習があります。有用な人材を発掘できず遊ばせることは国家の損失ですもの。そこで適性が認められた子供たちは、平民であっても無償で王立の魔法学校へ入学することが許されるのです。学校を卒業すれば、国からの固定給こそありませんが、一代貴族である『騎士爵』と同等の権利が与えられます。まさに、魔法は庶民にとっては人生を逆転させる唯一の切符なのですわ」
「魔法を使える者を総称して『魔法使い』、その中でも練達した者を『魔導師』と呼びます。そして、魔法の威力や効率は、本人の技量だけでなく、介在させる『増幅器』に大きく左右されるのです」
エレナはサトシの机の上にある、あの不純物ゼロの合成宝石を指差した。
「サトシ様が持ち込むこの合成宝石があれば、そこら辺のへっぽこ魔法使いでも宮廷魔導師に引けを取らない魔法が使えるようになるでしょうね。……そして、魔法の中でも最も特殊なのが『治癒魔法』です。これに適性がある者は、大抵が神殿の勢力下に囲い込まれる慣習があります。これこそが、神殿が長きにわたって強大な権力を維持してきた源泉ですわね」
サトシは興味深げに顎をさすった。
「ふむ、現在産業面で主に魔法が使われている分野は?」
「軍事面以外では、金属精錬所での融解や不純物除去を行う『精錬魔法』、大規模穀物倉庫での劣化を防ぐ『保存魔法』、そして船などの超重量物を動かすための『浮遊魔法』が主流です。これらを使える適性があれば、生涯食いっぱぐれることはありません」
エレナの解説にうなずくサトシ。
「魔法使い一人がいれば、熟練の職人30人から50人分の働きをすると言われています。ゆえに給与も平均的な職人の5倍以上。まさに特権階級ですわね」
エレナが提示した数字に、サトシの目が細まる。 ここでサトシが、投資家としての冷徹な質問を投げかけた。
「エレナ。粗悪な増幅器でさえ職人50人分の効率を生むなら……もし、俺がこの合成宝石を市場に大量供給し、すべての魔法使いに持たせたらどうなる?」
エレナの動きが止まった。 彼女は眼鏡を外し、真剣な眼差しでサトシを見つめた。
「……恐らく、軍事力は容易に大陸を制覇できるほどに膨れ上がり、精錬効率は五十倍、いいえ100倍も夢ではないかもしれません。世界そのものの形が変わりますわ」
「魅力的だな」
「ええ。ですがサトシ様。それを実行するには、国内の誰もがあなたに逆らえないほどの圧倒的な権力が必要です。さもなければ、神殿や貴族、あらゆる有力者たちが、その利権を守るために全力であなたを排除しにくるでしょう。あなたは刺客に狙われ続けることになりますわ」
「……なるほど。技術の解放は、権力の掌握とセットでなければ破滅を招くというわけか。納得したよ」
サトシが深く頷くと、エレナは再び柔和な、しかしどこか楽しげな微笑みに戻った。
「ご理解いただけて何よりです。では、講義を続けますわね。次は魔導具の基礎から始めましょうか」
「魔法使いという『個の才能』に依存せず、誰でも魔法の恩恵に預かれる手段。それが魔導具です。構造は至ってシンプル。まず、発現させたい効果を固定した『魔法回路』を金属板に刻印します。そこに、動力源となる『魔石』と、出力を司る『増幅器』を接続する。これで完成ですわ」
サトシは身を乗り出した。
「魔法の素養がない人間でも使える、パッケージ化された魔法というわけか」
「ええ。ですが、現実には一般市民が一生拝むこともない高嶺の花です。理由は単純、コストが異常なのですわ。魔法回路を刻む金属板は熟練職人の手作業でしか作れず量産不能。おまけに、増幅器となる宝石も、動力の魔石も極めて高価。魔導具一つで、地方なら屋敷が建つといわれるほどです」
「なるほど。性能と価格を決定づけるのは、そのパーツというわけか」
「その通りです。魔法の威力は増幅器の質で決まり、使用可能時間は魔石に蓄えられた魔力量で決まります。魔力が切れても魔石を交換すれば再使用できますが……その魔石が、この国では問題なのです」
エレナは地図の一点を指した。
「現在、国内で稼働している魔石鉱山はたった一つ。王家の直轄地です。供給が絞られているため、価格は高騰したまま。もっとも、魔導具自体が普及していないこの国では、現状の供給量で需要が足りてしまっている……という皮肉な均衡状態にありますわ」
サトシの目が、投資家特有の鋭さを帯びた。
「……新大陸ではどうなんだ?」
エレナは待っていましたと言わんばかりに、いたずらっぽく微笑んだ。
「調査報告によれば、あちらでは魔石など石ころ同然にゴロゴロ転がっているそうですわ。文字通り、桁違いの埋蔵量です」
「なるほどな……」
サトシの目にはすでにその利用手段のみならず、さらに先まで見据えているかのようだった。
「エレナ。今日の講義はここまででいい。……おおよそはつかめた」
「あら、まだ術式の基礎理論にも入っていませんのに」
エレナは不満げに頬を膨らませたが、サトシの瞳に宿る「世界を書き換える投資家」の光を見て、くすりと笑い教鞭を置いた。
「よろしいでしょう。その代わり、今日の晩餐はサトシ様のおごりですわよ。……デカルト商会の最高級のポートワイン、期待しておりますわ」
【閑話:収支内訳】
支出:
女教師用衣装・特注眼鏡代:▲金貨 7枚 (エレナの経費請求、サトシのポケットマネーで賄われた)
晩餐(最高級ワイン・新大陸食材のフルコース):▲金貨 12枚
備考: サトシ、魔導具の「コスト構造」を把握。 「魔石」と「規格化(生産性)」による魔法の工業化を確信する。
サトシの一言「エレナの眼鏡姿、意外と似合っていたな……」
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