王立学院の快挙
ある日の夜、王宮の「黄金の間」は、目も眩むような熱気に包まれていた。
シャンデリアの光が貴族たちの宝飾品に反射し、空気にはサージョ商会がもたらした最高級の酒精と香水の放つ芳醇な香りが漂っている。
「王立学院長ガットン、そして開発主任教授アントニオよ。見事な快挙である。長年の悲願であった『王都広域防御結界』完成をもって、我が国の安泰を約束する鉄壁の盾となろう!」
この日執り行われていた式典は、史上初めて都市を丸ごと覆う広域防御結界の開発に王立学園が成功したことを祝うものであった。
玉座に座る国王の称賛に、白髭を蓄えた学院長と、緊張に顔を強張らせた教授が深く頭を下げる。
「恐悦至極に存じます。すべては陛下の御威光と、我が学院の誇る俊英たちの努力の賜物にございます」
沸き起こる拍手の渦の中、教授は内心で冷や汗を拭っていた。 しかし、この栄光の裏側にあるった薄氷を踏むような「取引」を知る者は、アントニオ教授ただ一人であった。
◇
数ヶ月前。 王立学院の研究棟の雰囲気は沈み、まるで絶望に支配されているようだった。
「また失敗だ! 安定しない、魔力の伝導率が低すぎるぞ! このままでは到底期限には……」
開発主任である教授の声が、焦燥に震えていた。 王都全体を覆うほどの巨大な結界を展開するには、未解決の技術的な課題がたった一つだけ残されていた。
都市一つを囲む莫大な魔力をロスなく流し、かつ増幅させる「核」が必要だった。 理想を言えば、宮廷魔術師にのみ貸与される最高純度の「魔導増幅器」が複数個必要だ。
しかし、それは国内においても五十個ほどしか存在せず、そのすべてが王家の宝物庫に厳重に管理されているか宮廷魔導師に貸し出されている国宝級の代物である。ギリギリではあるが予算はあった。しかし物理的に数が足りない。 いくら国内最大の技術研究機関である王立学院といえども、一つや二つならともかくそれ以上の数を用意することなどできようはずもなかった。
「教授、また元老院から『構築完了日確定』はいつになるのかとの催促がきております……。すでに当初の期限は過ぎてしまっています。これ以上失敗が続けば、我々の首が飛びますぞ!」
助教授の悲鳴のような報告に、教授は机を叩いた。
「わかっている! だが、増幅器がなければ、これ以上の効率化は理論上不可能なのだ。存在しないものをどうやって用意しろというのだ!」
◇
数日後、焦りが募る一方のなか、研究室で資料を読み漁っていた教授のもとに、秘書が一人の男を連れてきた。
「教授、お忙しいところ失礼。ご無沙汰しております」
現れたのは、その名を知らぬ者はいない王都、自由都市、港湾都市をまたにかける大商人だった。
「グスタフ殿……。ご無沙汰しております。しかし申し訳ないが見ての通り、私は今、国家の命運を分ける難題に直面している。話を聞いている暇は――」
「ええ、存じておりますとも。だからこそ、これをお持ちしたのです」
机の上に小さな革袋を置くグスタフ。 そこから転がり出たのは、十数粒の「宝石」だった。
少し興味を持ったのか、宝石に目を向ける教授。 あることに気づいた瞬間、教授の眼球が零れ落ちそうになった。
「なっ……何だ、これは。不純物が一切ない……。しかも、すべてのサイズとカットが寸分違わず同じだと!?」
「新大陸の奥地で、我が友人が見つけてきましてね。宮廷魔導士たちが国王より借り受けている増幅器などより、よほど使い勝手がよろしいのではないか……とね」
教授は震える手でルーペを覗き込んだ。 不純物がないということは、当然魔力抵抗がゼロに近いことを意味する。
「これほどの品、国内に五十もないはずだ。それを、これほど大量に、どこから……! これが新大陸産だと?」
「ええ、そういうことになっております。書類上では。しかし今あなたが考えるべきはそこではない。ただ、それがあれば『理論上の不可能』が『現実の成功』に変わる。……違いますかな?」
提示された価格は、先月承認された追加予備費を合わせればギリギリ収まる。 おそらくこちらの懐事情もグスタフはお見通しなのだろう。
だが、教授に選択肢はない。国家事業に失敗すれば、文字通り破滅なのだ。
「……わかった。開発予算のすべて吐き出そう。今すぐ、それをこちらへ!」
◇
研究室に戻った教授は、震える手でその「宝石」を結界の基部に組み込んだ。 すると、どうだろうか。
今まで幾度となく暴走し、爆発を繰り返していた魔力の奔流が、嘘のようにスムーズに流れ始めたのだ。
「教授、見てください! 伝導率が跳ね上がりました! 想定消費魔力のおよそ半分で強度が維持できます!」
「……いける。これでいけるぞ……!」
不純物のない「規格品」の威力は、魔術理論の限界を軽々と飛び越えた。 すべてが完璧にそろったその宝石は、どの天然石よりも遥かに高性能な、単なる工業製品となった。
◇
安堵の表情で酒を煽る教授に、国王が上機謙で声をかけた。
「アントニオよ。此度は素晴らしい結果であった。この勢いで、次は国境の防衛拠点にも同じ結界を作ってもらおうではないか。完成すれば我が国の国防は盤石といっていい。期待しておるぞ」
その瞬間、教授の顔から血の気が引いた。
あんな「出所不明の宝石」を前提にした綱渡りを、二度も繰り返してたまるか。 次は宝石が手に入る保証もなければ、失敗して責任を取らされるのが目に見えている。
「は……陛下! 勿体なきお言葉です。しかしながら今回の開発を通じ、私はこれからの時代に必要なのは若い力だと痛感いたしました。……私は後進に道を譲るべきかと存じます。次期防御結界構築事業は、私の最も優秀な弟子である、この助教授ニコラが適任でしょう。彼は私などより余程良い結果を出してくれるはずです!」
教授は、突っ立っていた助教授の肩を力任せに叩き、王の前へ押し出した。
「えっ……私!? 教授、そんな、待ってください……!」
助教授の顔は紙のように白くなった。 師と仰ぐアントニオ教授ですらあのような「奇跡」に頼らねばならなかった事業を、自分が成し遂げられるはずがない。そして失敗すれば、待っているのは極刑だ。
絶望に顔を歪める助教授を無視し、教授は晴れやかな顔で笑った。
「陛下への推挙だ、光栄に思え。……すまんな、あとは頑張れよ」
「そ、そんな、責任を取らされる、絶対に責任取らされる……!」
プレッシャーと恐怖で今にも倒れそうな助教授と、責任のバトンパスに成功して上機嫌でワインを飲み干す教授。
その背後で、グスタフは不敵な笑みを浮かべながら、次の「商談」の準備を始めていた。
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