第14話 命乞いではなく、提案を
デカルト商会がおこなった評議会経由の新規制による攻撃を、薬種商ギルドと連携してかわしたサトシ。 しかし、デカルト商会を彼は殴り返すことはしなかった。
なぜならブラック企業時代、倒産寸前の競合他社が自暴自棄になり、無理心中同然の嫌がらせを仕掛けてきた凄惨な光景が今も脳裏に焼き付いていたからだ。
サトシは反撃する代わりに、今回の件に関しては中立であったグスタフに協力してもらい、デカルト商会会長ヴィクトールを招く「招待状」を送った。
「ヴィクトールはグスタフ様の屋敷に来るでしょうか」
エレナはヴィクトールが来ることはないと思っているようだ。
「来るさ。奴は、ただの強欲な男じゃない。この街の頂点の一人、『大商人』だからな」
サトシは確信を持っていた。 真に力を持つ実力者は、自分の脅威になる存在を「無視」することだけは絶対にしない。その正体を見極め、利用できるか、あるいは敵対するか、必ず自ら判断を下すのだ。
◇
当日、グスタフの屋敷でサトルはヴィクトールを出迎える準備をしていた。 数時間後、グスタフの屋敷の重厚な扉が開かれ、苛烈なまでの威圧感を纏った男が現れた。
「……いったい何のつもりだ、サージョの小僧。私を呼び出して今さら命乞いか?」
傲岸不遜なヴィクトールに対し、サトシは友好的な笑みを浮かべていった。
「いいえ、ヴィクトール殿。ですが私は貴殿というこの街の『商いの柱』を失いたくない。共にさらなる富を築くためのご提案をさせていただきたく」
サトシはあえて穏やかな笑みを浮かべ、ヴィクトールの目を真っ直ぐに見据えた。相手の顔に浮かぶ、獲物を狙う獣のような鋭い警戒心。それを、敵意ではなく「敬意」によって少しずつ削ぎ落としていく。
「ヴィクトール殿。我々の運用する酒精精製法は一度に生産できる量が限られ大規模生産には向かないのです。つまり、私の高純度酒精は薬種商ギルドへの『医療用』と、私の店での『高級香水用』という高付加価値市場に限定されます。それ以上は若干の余剰が出る程度でしょう。貴殿の広大な市場を奪うことは決してありません」
ヴィクトールが鼻を鳴らし答える。
「そんなことはわかっている。だが、それでも私の巨大な蒸留設備が作る酒精は『程度の低い』商品にすぎないと顧客は判断するだろう」
「確かに医療用としてはそうかもしれません。しかし飲料用としてはどうでしょうか? 我々の酒精は純粋すぎて飲料には適さず、貴殿の蒸留器で残る雑味こそが豊かな風味となる」
サトシはニヤリと笑みを浮かべた。ヴィクトールが恐れていた「市場の奪い合い」を、「市場の拡大」というより大きな獲物ですり替える。
「そこで提案です。貴殿の設備で作る酒精……その『飲み方』を変えませんか? 今、街で飲まれているのは、度数が低く、すぐに酸っぱくなる重い酒ばかりだ。そこに、デカルト商会の蒸留器で作られているブランデーを一定比率で加える……いわゆる『酒精強化ワイン』を作るのです」
「なにをいっておる。ブランデーとワインを混ぜる? そんなこともやっていないと思っているのか」
ヴィクトールは苦み走った顔をしている。 過去に混合実験をおこなった記憶を思い出しているのだろう。
「確かに混ぜるだけなら誰でもできます。ですがどのタイミングで、どの濃度の酒精を、どの種類の樽に、何年寝かせるかという厳密な『工程管理』をご存知ですか? それを誤れば、ただの度数が高いだけの混ぜ物ができるだけです」
酒精強化ワインはいわゆる中世のワインとは根本的に異なるものであった。 従来のワインは劣化が早く、遠方への輸出は困難で飲み口も重く酸味が強かった。 対してポートワインは特定のタイミングでブランデーを混ぜることによって腐ることなく濃厚な甘みを持たせることができる。むしろ長期間の保管で熟成が起きるくらいである。
こうした利点は地産地消が当たり前だったこの時代のワインが商圏を大陸全土に広げることを意味する。 その酒を最初に作った商会は国際貿易で圧倒的な利益を上げられるはずなのだ。
「こちらをどうぞ」
サトシはあらかじめ日本で購入しておいた安価なポートワインをサンプルとして持参していた。 無造作にコルクを抜き、グラスに薄い赤色の液体を注いだ。 瞬間、部屋の中に重厚な芳香が立ち上った。
熟したドライフルーツ、キャラメル、そして力強い酒精の香りが、ヴィクトールの鼻腔を突く。
「……ほう」
ヴィクトールの眉が動いた。香りの密度が、既存のワインとは比較にならない。 彼は警戒しながらも、ゆっくりとグラスを傾けた。
一口含んだ瞬間、ヴィクトールの身体が硬直した。
舌の上で広がるのは、とろけるような濃密な甘み。 しかしそれは決して甘ったるいわけではない。直後に追いかけてくる力強いアルコールの刺激と、長く、気品のある余韻が味覚を支配する。
「な……んだ、これは。この甘み……なぜワインが甘い? そしてこの滑らかさは……」
サトシは今が畳みかける瞬間だと確信し、ヴィクトールの商売心を煽るように続けた。
「ヴィクトール殿。この酒は数年、数十年と熟成させることでより芳醇な香りになります。そして、度数が高いために数ヶ月の航海を経てもびくともしない。……今、港湾都市が沸いているという新大陸航路の開発。その波に乗る方法を私は提供すると言っているのです」
ヴィクトールは、空になったグラスを冷静な瞳でじっと見つめていた。 彼は大商人だ。この一杯が、単なる飲み物ではなく「大陸全土の酒場を塗り替える兵器」であることを、その舌で理解してしまった。
「デカルト商会の蒸留設備なら、この『酒精強化酒』を大陸中に供給できるだけの量を生産できる。私は、その配合と、香りのバランスを整える技術を提供するコンサルタントとなりましょう。……貴殿は『質の悪い酒を売る男』ではなく、『大陸に新しい酒文化を作った男』になるのです」
「……なるほど、面白い。貴様は自分の技術を独占して私を跪かせるのではなく、私の設備を『より儲かる形』で使い倒そうというわけか」
「そして輸出のためには港湾都市に権益を持つグスタフの協力が必要。誰一人損をさせず全員に利益を用意しているとは、抜け目のない奴だ」
ヴィクトールは愉快そうに笑い、サトシを「生意気な余所者」から「ビジネスパートナー」へとその見方を改めた。
グスタフの屋敷を出るときサトシの懐にはサトシ、ヴィクトール、ヴィンセント、グスタフ四者の署名が入った契約書を懐に収めていた。
これでデカルトの巨大な生産力はサトシの敵ではなく、サトシの技術を世界へ広めるための「エンジン」となった。 サトシは、一度も剣を抜くことなく、自由都市の三大勢力を一つの運命共同体へとまとめ上げたのだ。
【異世界 資金の内訳(第14話終了時)】
前話残高:金貨3,351枚相当
収入(共同事業立ち上げ・コンサル料):+金貨500枚
現在の総資産:金貨3,851枚相当(約9,242万ルピ)
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