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【完結まで執筆済み】世界線アービトラージ 〜ブラック企業を辞めた俺が、現代知識で異世界を買い叩くまで〜  作者: 高山 虎
第一章 立志・商権確立編

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第12話 共にパイを貪りましょう

サトシの「酒精」は、自由都市の既得権益という澱んだ池に大きな波紋を広げていた。


市民権と営業許可を得たサトシは、工房につながる商館の一角で対面販売の店舗を開いた。 店内に並ぶのは、エレナが心血を注いで調合した、高純度酒精ベースの香水『白ユリの雫』。


「サトシ様、この価格……本当にこれでよろしいのですか?」


エレナが不安げに見つめる値札には、【一瓶:金貨20枚】という強気の数字が並んでいた。平均的な職人の年収の6割に近い額だ。 確かに、到底売れないように思えるかもしれない。


しかし中世の香油、香水はそのほとんどがオイルベースであり、もともとアルコールベースは高級品であった。 また、アルコールベースでも原料となった酒の臭いが混じった低品質のものが主流だ。


対して俺たちの『白ユリの雫』はべたつかず、つけた瞬間に素材の繊細な香りが広がるのだ。 そして何よりこの時代、病気は悪臭が元であるという「瘴気説」が信じられていた。 最も澄んだ香りを放つこの香水を、ターゲットである富裕層がこぞって購入することは目に見えていた。


サトシの読みは当たった。 不純物がないため、時間が経っても香りが劣化せず、布にシミも作らない。 その「圧倒的な清潔感」が、清潔を美徳とする高所得者や貴族たちの間で瞬く間に話題となったのだ。


「いいか、エレナ。高いから売れないのではない。確かにこれは高い、しかし『代替手段のない必需品』に人は何を差し置いてでも金を払うんだ」


サトシは、順調に積み上がる金貨を見つめながら、次の「一手」を打つ準備を整えていた。


高級香水の成功は、材料となる酒精の価値を証明することでもあった。


薬種商ギルド代表のヴィンセントは、サトシから届いたサンプルを自ら試し、その純度に唸った。


「……これは、我々がデカルト商会から買わされている酒精とは別物だ。いや、これに比べればあれは酒精『もどき』にすぎん」


ヴィンセントは即座にサトシとの取引に向けた話し合いの席を設けることに決めた。


話を受けてサトシが向かったのは、薬種商ギルドの応接室。 薬種商ギルドの空気には複数の薬草と独特の油臭さ、そして少しのアルコール臭が漂っていた。


対面に座るギルド代表ヴィンセントは、痩身で神経質そうな男だ。 その眼光は鋭いが、目の端には隠しきれない焦燥が浮かんでいる。


「……サトシ殿。単刀直入に言おう。あの『サンプル』は驚異的だ。我々が扱う薬効抽出の効率を、少なくとも三倍は跳ね上げるだろう。……あれを、いくらで卸すつもりだ?」


薬種商にとって、酒精の純度はそのまま「効能」に直結する。効能の差は、ギルドの権威そのものだ。


サトシは胸元から取り出した携帯灰皿にシガリロをおさめ、無表情のまま応えた。


「価格の話をする前に、ヴィンセント殿。一つ確認させてください。貴方は現在、デカルト商会から酒精を買うたびにどの程度の『損失』が発生しているか把握していますか?」


「……損失?」


「不十分な精製によって酒精に含まれる不純物による抽出の失敗、濃度の問題から発生する腐敗、そして何より――どうしても消えない酒の臭いをごまかすための無駄な香料代。それらを全てコストとして換算すれば、実質的な仕入れ値は倍に近いのではありませんか?」


ヴィンセントは言葉を失った。 今まで当たり前のこととして受け入れてきたが、確かに考えてみればサトシの言う通り、酒精の代金その物以上のコストをヴィンセントは支払っていた。


「私の酒精は、一瓶につき金貨8枚で卸します。デカルト商会より高いでしょう。しかし、歩留まりは限りなく高くなる。不純物を除去する工程もなく、職人たちは『調合』に専念できる。生産性は大きく向上するはずです。……私は、安い投資だと思いますよ」


確かに現在、薬種商ギルドの契約しているデカルト商会が売る酒精の納入価格は一瓶で金貨5枚。 商品の付加価値が増し、そのうえで経費が削減されることを考慮すれば、むしろ安いといえるかもしれない。


「金貨8枚……。だが、それではデカルト商会との契約を破棄せねばならん。奴らは執念深いぞ。ギルドの流通網を妨害してくる可能性もある」


サトシは口の端をわずかに吊り上げた。


「だからこそ、私と医薬品原料としての『独占供給契約』を結ぶのです。私は薬種商ギルドの敵ではありません」


サトシは相手の手元を見つめ、静かに、だが確信を持って沈黙を破った。結局のところ最後に価値を決定するのは「消費者」という名の群衆である。彼はその真理を、目の前の男に叩き込んだ。


「デカルト商会が売っている泥水のような酒精では、もう誰も満足できなくなる。彼らが妨害を企てたとしても、市民がそれを許さないでしょう。彼らが求めているのは、デカルトの顔色ではなく、貴方の薬なのですから」


サトシはそこで言葉を切り、相手の目を見据えた。


ヴィンセントの喉が鳴った。これは商談ではない。 商談を装った「依存」への誘いだ。 この契約書にサインをした瞬間、薬種商ギルドはサトシの酒精がなければ立ち行かなくなる。


しかし、拒絶することはできない。 断ればサトシは他のギルドと手を組み、薬種商ギルドの医薬品部門は崩壊することになるだろう。


「……なるほど。グスタフ殿ほどの方が貴殿を気に掛けるわけだ」


ヴィンセントは震える手で羽根ペンを握り、サインを書き込んだ。


「歓迎しますよ、ヴィンセント様。これからは共に、高付加価値な市場(パイ)を貪りましょう」


差し出された手を握り返す。 サトシはこれで薬品、化粧品、スパイスを独占する薬種商ギルドという強力な「盾」を手に入れたのだ。


サトシの背後で控えていたエレナは、その光景を見て確信していた。 この男は剣一本振るわずに、この街の構造を塗り替えようとしている、と。



商館への帰り道、サトシは先ほどまでの凍りつくような冷徹さを解き、軽く首の骨を鳴らした。


「エレナ、よくやってくれた。お前が作った『白ユリの雫』がなければ、ヴィンセントにサインさせることはできなかっただろう」


「……いえ、そんな。私は、サトシ様のおっしゃる通りに動いただけですわ」


頬をかすかに赤らめながら、エレナは彼の横顔を見つめた。 先ほどまで「市場を貪ろう」と冷酷に言い放っていた男と、自分を労うこの男、どちらが本当の姿なのか。


だが一つだけ確かなことがある。この男が羽ペンを一振りするたびに、この街に渦巻く古い金と権力の流れが、強引に書き換えられていくのだ。

最後までお読みいただきありがとうございます。


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