第11話 金貨500枚は即金、残りは為替で
翌日、サトシは商業ギルドから呼び出しを受けた。 以前より申請していた営業許可が承認され、晴れて「営業許可証」を受領する運びとなったのだ。
市庁舎とは異なりビジネスライクですっきりした印象を受ける石造りの建物に入ると、受付に声をかける。
「すまない。営業許可証を受け取りに来たんだが、ここでよかったかな?」
「はい、こちらでお渡ししています。申請者名と登録した商号をお聞かせください」
若い女性の受付はハキハキした口調で話を進めてくれる。
「申請者名はクジョウサトシ、商号は『サージョ・コメルツォ』だ」
商号は『サージョ・コメルツォ』とした。 これは智の異世界貿易からとって、エスペラント語で智恵と貿易の単語をつなげた名前だ。 この商会から、異世界で本格的に活動するという決意を表していた。
サトシは金貨20枚分の発行手数料を支払い、営業許可証を受け取った。 こうして営業許可証を受け取ったことでようやく、すべての商行為が法的に保護される身分となったのだった。
サトシは市民権と営業許可証の取得した報告と礼を兼ねて、グスタフの屋敷を訪れた。 門番もこちらの顔を覚えていたようで、今回はスムーズに面会まで漕ぎつけることができた。
グスタフは前回同様、応接室のソファに深く腰掛けて羊皮紙に目をやっていた。 ずいぶん目を細めて読んでいる。文字を見るのが困難な年頃なのだ。
「グスタフ殿、市民権の件では多大なるお力添えをいただきました。まずは、そのお礼にこちらを」
サトシはまず「クエン酸」と「研磨剤」を差し出し、使用人の手間を減らす「心遣い」を先に通す。 これらは従来の手法より格段に少ない労力で銀食器を磨き上げることができる。 さらに、小さな革袋から一枚の透明な円盤を取り出した。
「……これは、レンズか? しかし見たことがないほど澄んでいる。ビー玉とやらと同じ技術が使われているのか」
「はい。グスタフ殿個人へのお礼の品です。前回お会いしたときに使用されていた老眼鏡が気になったもので。帳簿などが見えづらいこともあるでしょう。手元の羊皮紙をこれで見ていただけますか」
グスタフが半信疑でレンズを羊皮紙の上にかざした瞬間、その目が大きく見開かれた。
「……っ! 文字が、まるで飛び出してくるようだ! 歪みも曇りも一切ない。……サトシ、これは老いた私への最高の贈り物だ。商人にとって視力は命そのものだからな」
書類仕事がその主業務である大商人にとって、この「透明な視界」は何物にも代えがたい価値があった。 実務家として現役でいられる期間を10年単位で伸ばすことができるからだ。
場の空気が温まったところで、サトシは商談に入った。
「前回お話しした私の故郷の品です。もちろんグスタフ殿だけの独占取引です」
合成宝石10粒、レンズ10枚を机に並べる。
「……なっ!?」
再び驚愕したグスタフが椅子から身を乗り出し、震える手で石を検分する。
「前回と全く同じサイズ、純度、カット。定期的に手に入るとは聞いていたが、やはり量産が……」
「その通りです。私の故郷ではこういった宝石を定期的に仕入れることができます。このレンズの方も少量ずつなら今後も継続して提供することができるでしょう」
グスタフの目が鋭くなった。
「これが少量とはいえ安定的に仕入れられる、……か。以前受け取った宝石は出所がサトシ殿とわからぬよう王立学園と宮廷魔導士会へ試験的に売却を行った。奴らは狂喜乱舞していたよ」
市場に溢れれば宝石の価値は暴落し、代わりに強大な魔力を持つ魔導師たちが無数に誕生することになる。それは既存の秩序を根底から覆す、制御不能な津波だ。彼は「管理」の必要性を口にした。
「今後も扱うとなれば国内はもとより近隣諸国との軍事バランスも考慮に入れなければならん。流通数も絞る必要がある」
「わかっています。余所者の私ではそういったバランスをとるのは難しいでしょう。このエレナと相談して流通の調整をしていただければと思います」
後ろに立つエレナに振り返り、「任せた」とアイコンタクトをする。 エレナも先刻承知といった様子でうなずいている。
「いいだろう、この宝石を1つにつき金貨200枚、レンズが30枚、金貨2300枚で買い取らせてもらいたい。だが、私もこれだけの取引を一度に行うことはそうない。これだけの現金を今すぐ動かすのは流石に厳しい」
サトシは想定以上の金額に内心動揺していた。 以前調べたところによると、大商人でも一個人で金貨数千枚単位の取引は一生に数回あるかどうかだと知っていたからだ。
一般的な商人の人生の目標が金貨二~三千枚の資産を築き、その運用で余生を安穏と暮らすことだといえば、その凄さがわかるだろう。 すぐに動かせる金額でないのは当然だ。サトシは頷いた。
「構いません。金貨500枚を現金で、残りはグスタフ様の発行する『為替手形』でいただけますか?」
中世の為替手形とは、現金を直接持ち運ぶ盗難や紛失のリスクを避けるために発達した決済手段である。
発行: グスタフ(振出人)が「金貨1800枚の価値を保証する」という証書を作成する。
信用: サトシはこの証書をグスタフの商館、あるいは提携している他都市の銀行へ持ち込めば、いつでも現金化することができる。
流通: この手形自体が「通貨」として別の商人への支払いに使えるため、サトシは重い金貨を抱えずに大規模な仕入れが可能になる。
「……いいだろう。しかしこの街に来たばかりでこんな取引をするとは、もういっぱしの商人といえるな」
「いえ、グスタフ殿とのご縁があればこそです。これからもよろしくお願いします」
こうして為替手形を受け取ることで、サトシはハインマン商会を「自分たちの銀行」、強力な経済的後援者に仕立て上げることに成功するのだった。
◇
2週間後、出先から稼働し始めた商館に戻ると、契約魔法を交わした五名の若者たちが蒸留作業しているのが見える。
「サトシ様、見てください。……ついに完成いたしました」
エレナが差し出したのは、クリスタル瓶に詰められた黄金色の液体。 高純度酒精をベースに、彼女が厳選したハーブと花の香りを凝縮した、極めて純粋な香水だ。
サトシはそれを手首に一滴垂らすと、その香りを確かめた。
「……素晴らしい。雑味が一切ない。これなら薬種商ギルドにも、俺たちとの提携がどれほど実りあるものか理解するだろう」
エレナは以前、薬種商ギルドの利権がひっくり返ると言っていたこの事業だが、サトシは彼らに「膝をつかせる」ことなど考えていなかった。
「……これを薬種商ギルドの代表に送る。挨拶代わりの提案だ」
サトシの戦略は明確だった。
「わざわざ敵対して手間を増やすのは馬鹿のすることだ。俺たちが精製した『酒精』を彼らに卸し、こちらの陣営に引き込む。サージョ・コメルツォはその『心臓部』を握るサプライヤーとして、この街の経済に食い込むんだ」
数日後、サトシは完成した酒精の小瓶を手に取り、工房の外、中庭に出てからようやくシガリロに火をつけた。 サトシが吐き出した紫煙は、静かに夕闇に溶けていった。
「無色の酒精」という名の劇薬が、自由都市の既得権益を飲み込もうとしていた。
【異世界 資金の内訳(取引後)】
前話残高:金貨851枚
支出(申請・登録・手数料等):▲金貨20枚
収入:+金貨500枚(現金)+金貨1800枚(為替手形)
現在の総資産:金貨3,131枚相当(約7,514万ルピ)
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