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【完結まで執筆済み】世界線アービトラージ 〜ブラック企業を辞めた俺が、現代知識で異世界を支配するまで〜  作者: 高山 虎
第一章 立志・商権確立編

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第10話 安心は金で買うものだ

市民権申請から二週間後、面談を行うとの呼び出しがあった。 俺たちは再び市庁舎の重い扉をくぐることとなる。


案内されたのは、五人の評議員が居並ぶ小ホールだった。 眼前に並ぶ五人はこの街の経済と法を牛耳る評議会議員、つまり保守的な権力者たちの象徴だ。


「クジョウサトシ殿。そして同行の二人。……提出された書類は読ませてもらったよ」


左から二番目に座る、筋肉質な初老の男――評議員のボルマンと名乗った男が、静かな目で俺を見下ろした。 その傍らには、デカルト商会からの「根回し」を予感させる、退屈そうな表情の役人たちも控えている。


「だが、懸念点がある。君が提出した事業計画書にある『新しい酒精の精製』……。これが事実なら、既存の酒造ギルド、薬種商ギルドひいては街の税収バランスを乱す恐れがある。我々は、街の秩序を乱す『不安定な要素』に市民権を与えるわけにはいかんのだ」


エレナが隣で苦い顔をしている。 これは最初から「不合格」を決めてかかっている、出来レースの圧迫面接だ。


だが、俺にとっては慣れ親しんだ光景だった。 無理難題を突きつけるクライアント、あるいは難癖をつけることが仕事だと思っているクソ上司。 しかし彼らの論理は常に同じだ。


「ボルマン様。訂正をさせてください」


俺は一歩前に出た。 カイルが反射的に身構えるが、俺は片手でそれを制し、落ち着いた声で続けた。


「私は『秩序を乱す』ために来たのではありません。……市場を、パイを大きくするためにここにいるのです」


議員たちの瞳の奥に、「欲望」の光が灯るのを俺は見逃さなかった。 彼らは「街の秩序」などという大層なものを守りたいのではない。 自分たちの懐に流れ込む、安定的で独占的な利権を求めているのだ。


ならば、その利権を塗り替える新しい「蜜」の味を、彼らの鼻先にぶら下げてやればいい。


「……どういうことかね?」


俺はカバンから、一本の小瓶を取り出し五人の目の前に置いた。 それは昨日、実験的に精製したばかりの、水のように澄んだ「酒精」だった。


「既存の酒精は雑味が多く、飲用以外には適しません。しかし、私の技術で精製したこの酒精は、薬草の成分を純粋に抽出し、香水の香りを何倍にも倍に引き立てる。……これは既存の酒造、薬種商ギルドと競合するものではなく、彼らが今までリーチできなかった『高付加価値市場』を切り開くものなのです」


「そしてその新市場に最も早く参加できるのは現時点で私たちが酒精を販売することを知っているあなたたち五人です」


俺はボルマンの目を真っ直ぐに見据えた。


「私が市民権を得れば、新たに開かれたこの市場から生み出される税金がそのまま都市の財政にプラスされます。さらに、我々が雇用する従業員には相場を超える収入を保証します。これは少なくない経済効果を生むはずです」


サトシは淡々と、しかし確かな重量感を持って数字を並べた。反対のための反対を繰り返す議員に対し、彼は「市民権の付与」という個人的な依頼を、いつの間にか「都市の繁栄」という大義名分へとすり替えてみせた。


「……ボルマン様、評議会議員としてのあなたの義務はありもしない脅威におびえ新しい財源を切り捨てることではなく、新たな市場を認め、それを成長させることにあるのではないですか?」


評議員たちが顔を見合わせ相談している。 彼らにとって、サトシの言葉は明らかな事実であり、かつ魅力的な「新市場への優先的な参入権」でもあった。


そう、こういった手合いの論理は全体や所属団体の損益ではない。 きわめて個人的な利益のために動いているだけなのだ。


「……ふん。口の減らない余所者だ。だが、新市場の開拓……か。あのグスタフ殿の保証もある以上、却下するには相応の理由が必要、か」


ボルマンが不機嫌そうに、だが力強く木槌(ガベル)を打ち鳴らした。


「いいだろう。サトシ、エレナ、カイル。お前たち三名の自由都市市民権を承認する。……励めよ、新市民。街に利益をもたらす限り、法は君たちの味方だ」



ついに評議会から三名分の「市民権」が承認された。 サトシは、この瞬間のためにすでに賃貸契約時に購入資金の払い込みを終えていた物件の購入手続きをその日のうちに完了させた。


「……サトシ様、この毛織物のベッド、本当に私たちが使っても?」


二階の居住区へ荷物を運び込みながら、エレナが問う。


「当然だ。質の良い睡眠は仕事のパフォーマンスに直結する」


俺は、かつてブラック企業で「四日間連続の徹夜」を強いられた時のことを思い出していた。 あの時は、意識が霞んでキーボードの文字すら読めず、商談中に立ったまま気絶しかけた。 あんな効率の悪い働き方は、二度と御免だ。


「カイル、お前にも同じベッドを用意した。斥候兵として硬い地面で寝ていた時とは勝手が違うだろうが、体を休めるのも仕事のうちだ」


「……ああ。戦場じゃ、地面にマントを敷いて寝るのが関の山だった。こんな柔らかい場所で寝られるなら是非もない」


生活に必要な備品が揃っていく。 二人の顔は明るく、新しい生活への期待がサトシへの強い信頼へと形を変え始めている。


一階の工房では現代の機材と異世界の設備を組み合わせた蒸留所の設営が始まった。


「いいか、二人とも。ここからは蒸留装置で使用するもの以外一切の『火気厳禁』だ。扱う酒精は極めて燃えやすい。俺のシガリロも、ここから先は禁止とする」


俺は工房の入り口で習慣となっていたシガリロを携帯灰皿へねじ込んだ。


「ルールを破れば、この商館が焼失し莫大な賠償金を背負うことになる。誰一人例外なくルールを守らせる。もちろん俺も例外ではない」


かつて取引先の企業で、目先の利益のために削ってはならない経費を削減し、安全基準に違反した工場が爆発事故を起こし、消滅した実例を俺は知っている。 リスク管理に妥協は一切しない。失うときは一瞬なのだ。


エレナにはその社交経験から香水に造詣が深い。そのため香水の原料となる香料の選別を任せていた。 俺達にはその選別基準がわからず、そのすべてはエレナに任せるほかなかった。


もう一つの原料となる酒精の精製は順調だったが、問題は「香り」だ。


「……ダメです。酒精の純度が高すぎて、現地の香料では『雑味』が際立ってしまいます」


エレナが、選別した花やハーブの山を前に立ち尽くした。 現地の酒精は不純物が多く、生産される香水もその不純物を前提として着香されている。 うちの酒精は不純物がないゆえに素材の香りがダイレクトに反映されるのだ。 エレナは連日、鼻が利かなくなるまで香りと向き合い続けた。


それは想像を絶する困難な作業だったが、彼女の審美眼だけが頼りだった。



香水の生産にめどはついていないが、高濃度の酒精はそれ自体が医薬品の溶剤として大きな需要が存在している。 事業の拡大を見据え量産体制に入るため、俺はギルドを通じて五名の若者を雇用した。


だが、忘れてはならない最大の懸念点があった。 それが解決できるまで工房は本格稼働させることができない。 そう、情報の漏洩対策こそが最重要課題であった。


工程のブロック化や重要工程のみを身内で回すなどの対策を検討してみたが、どれも決定打とならない。 製法が盗まれれば振出しに戻ってしまう。 確かに現代の高性能な濾紙や蒸留用のフラスコは技術的なアドバンテージではあるが、追いつかれない、などということはないのだ。


サトシたちは最終的にはこの世界の道具だけで酒精を精製することを目標としているため、なおさらだ。 三日三晩頭を悩ませたサトシであったが、しかし解決策は意外なところからもたらされた。


「サトシ様、工程をどれほど細分化しても、人の口に戸は立てられません。いずれデカルト商会のような手合いに、精製の鍵を握る者が引き抜かれます」


確かにと、眉をひそめる俺にエレナが静かに近づき、耳元で囁いた。


「サトシ様、この世界の有力者がどうやって秘密を守らせているか、ご存知ですか? ……教会で『契約魔法』を交わすのです」


「契約魔法……?」


「はい。神の祭壇で魂に誓約を刻みます。手数料は一人金貨十枚と高額ゆえに、通常は大きな商取引などで使われるものです。裏切りを考えた瞬間に術式が発動し、喉が焼けるような苦痛と共に言葉を奪われます。絶対に破れない、魂の拘束です」


「だが、教会が裏切って契約を解除する可能性はないのか?」


この手の話で一番問題になるのは仲介者が本当に中立であるのかどうかだ。


「確かに、教会は契約の解除を行うことができます。しかしそれは騙されて契約したことを証明できる場合に限られ、王都の大聖堂でのみ可能で、手続きに半年もの時間がかかると聞いたことがあります」


エレナは淡々と付け加えた。教会の掲げる「慈悲」という建前の裏側にある、彼らが守ろうとしている既得権益。それを熟知している者の響きだった。


「それに彼らにとって契約魔法は飯の種の一つです。むやみに顧客を裏切って契約魔法への信用を落とすことはしないでしょう」


確かにエレナの説明は筋が通っている。契約魔法は現時点で最良の手段かもしれない。 俺は即決した。


「五人分、……手数料で金貨五十枚か。だが、裏切りに怯えて俺たちが現場に張り付き、心身を摩耗させるコストに比べれば安いものだ」


彼は意を決したように頷き、条件を提示する。


「わかった、給与は相場の一・五倍出す。その代わり、魔術契約を受けてもらう。俺たちの持つ『工程の秘匿』を破れば、術式によって相応の報いを受けさせる。……これで俺たちは、精製作業は従業員に任せ、経営と品質管理(チェック)に専念できる」


高額な手数料を払ってでも「安心」を買う。 これこそが、サトシ流の「楽をするための投資」だった。


五名の若者たちは相場の一・五倍という破格の給与と、魔術契約という名の「絶対に破れない守秘義務」を負い、商会の歯車として回り始めた。


【異世界 資金の内訳(第10話終了時)】


前話残高:金貨1,121枚


支出:


生活用品・家具一式:▲金貨50枚


原材料(安酒・香料):▲金貨70枚


魔術契約手数料(5人分一括):▲金貨50枚


雇用費・当面の運営費:▲金貨100枚


現在の残金:金貨851枚(約2,042万ルピ)

最後までお読みいただきありがとうございます。


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