第9話 剣を抜いた方が負け
「……本当に行くのですか、私たちも」
エレナは戸惑いを隠さずに振り返って聞いてくる。
「決まっているだろう。俺たち全員が市民権を獲得することに意味があるんだ」
俺は二人を連れ、中央広場のすぐそばにある、重厚な石造りの市庁舎へと向かった。 そこはこの街の「政治」と「行政」そして「司法」を司る重要拠点であった。
巨大なオーク製の扉を押し開き、高い吹き抜けの受付カウンターへ歩き出す。
「市民権の申請にきた。……三名分揃っている。確認してほしい」
俺は、グスタフから受け取った推薦状とその息がかかった商業ギルドの推薦状、そして事前に書いておいた申請書をカウンターに置いた。
俺より年下であろう男の受付の役人が、申請書を確認しながら俺たちを値踏みするように見つめる。
「……クジョウサトシ殿、ですね。保証人はハインマン商会のグスタフ様。書類に不備はありませんが、そちらの同行者二人は……なるほど、奴隷ですか。市民権を取得すると奴隷から解放ということになりますがよろしいのですね?」
「承知している。献納金は一人金貨五十枚、計百五十枚。……全額、今ここで『即金』で支払う。規則上なんの問題もないはずだ」
金貨百五十枚。 一般市民の年収数年分を、奴隷などのためにためらわず擲つ「余所者」。 その資本力に周囲の目がこちらを向く。
「確かに金貨百五十枚、確認させていただきました。これで、三名分の申請を受理させていただきます。これから数週間の審査と面談の後、評議会の承認が下りれば市民権が発行されることになります。ただし、その間に問題を起こせば申請は却下、献納金は没収となりますのでご承知おきを」
市庁舎を出て、眩しい太陽の下に戻った時、エレナは膝を折るようにしてその場にへたり込んだ。
「サトシ様……。あんな大金を、私たちのために」
「これは投資だ。それに……これは『債務契約』でもある。市民権を取ったから今から自由です、というわけにはいかんぞ。少なくとも完済までお前たちは俺の専属従業員だ。それに申請期間中、俺たちは不動産の購入も、公的な商売も一切禁止されている。この間に問題を起こせば、献納金も、お前たちの市民権もすべてパーだ。……しばらくは『大人しく』物件の下見と、開業の準備に専念するぞ」
「はい! サトシ様の投資には配当をもって答えさせていただきます」
エレナがそういうと、続いてカイルが深く、深く頭を下げた。
「……あんたに命を預けて正解だったようだ。この恩は、剣で返させてもらう」
「ふん、期待しているぞ」
三人の影が、石畳に長く伸びる。 それは、「余所者」と「所有物」だったものが「市民」へと歩み始めた第一歩だった。
◇
市民権申請から数日後。 候補物件の下見を終えた帰り道、カイルがサトシの肩をつかみ立ち止まった。
「なにかあったか?」
「ああ、少し前からつけられてる。複数だ」
そういってカイルはサトシを後ろにかばう体制をとった。 尾行に気づかれたからか予定通りなのか、夕闇の路地で茶色のマントの男たちが立ち塞がった。
「おい新顔。グスタフの爺さんに気に入られたそうだが、よそ者がこの街の土地を買おうなんて、百年早いんだよ」
先頭の男が長剣を抜き、サトシの喉元に突きつける。 カイルが瞬時に腰の長剣に手をかけるが、サトシは無造作にその肩を掴んで制した。
「カイル、抜くなと言ったはずだ。……いいか、今ここでやり合えば『暴力事件』だ。市民権の審査は即座に却下。俺たちは都市追放か地下牢行きだ。相手は剣を向けていても、まだ言葉が通じそうな『交渉相手』だ。命を懸けるほどのことでもない」
サトシの表情はピクリとも動かない。 15年のブラック企業生活、理不尽な顧客はいくらでもいた。 利害関係で動いているであろう目の前の男など、恐れるほどのこともない。
「……何の真似だ? 命が惜しくねえのか」
「デカルト商会からの顔見せ、だろう? それと、『牽制』かな」
「グスタフの推薦で市民権を得る。それは、この街におけるハインマン商会の利権が拡大することと同義だ。デカルト商会としては俺に派手に動いてほしくないんだろうさ。……だがな、俺の時間は高いんだ。そろそろ『お引き取り』願おうか」
サトシはポケットからスタンガンを取り出した。
「そんな小さい箱で何をしようってん……」
男がサトシに手を伸ばした瞬間。
――バリバリバリッ!!!
「あ、ががががっ!!!」
青白い火花が男を硬直させ、地面へと崩れ落ちた。
「魔法か!? 詠唱もなしにこれほどの……!」
「さっさと仲間を連れて消えろ。衛兵を呼ばれて困るのは、路地裏で公然と剣を抜いているお前たちの方だ」
サトシはもう一度空中でスタンガンで火花を放つと、男たちは倒れた男を引きずって逃げ出した。
翌日、サトシは先日の妨害を受けて、より強硬な手段に出られる前に商業区の外れにある「工房付きの三階建て店舗」の賃貸契約を締結していた。
これは市民権を持たないものが物件を利用するための常とう手段だった。 加えて、市民権の申請中であるサトシは申請が受理されると同時にこの物件を購入できる契約を結んでいたのだ。 審査期間の数週間という時間を無駄にしないための抜け道であった。
ここで一度【異世界 資金の内訳】を整理する。
前話終了時の残高:金貨1671枚
今回の支出:
市民権献納金(3人分):▲金貨150枚
店舗賃借及び購入費前払い分(工房・居住スペース込):▲金貨400枚
現在の残金:金貨1,121枚(約2,880万ルピ)
「サトシ様、工房付きの物件を選ばれるとは、ここで何かお作りになるつもりですか?」
2、3階の居住区へ荷物を運び込みながら、エレナが問う。 サトシは現代から持ち込んだ「理化学用濾過紙」と「精密蒸留用フラスコ」を並べた。
「高純度の酒精だ。この世界の蒸留酒は雑味が多くて薬用にも香水用にも向かない。だが、俺が持ち込んだこの『濾過紙』と『蒸留用フラスコ』があれば、不純物を抜き去った、水のように澄んだ酒精が作れる」
サトシはエレナを見た。
「……酒精を極限まで磨き上げるというのですか。それが成れば、薬種商たちの利権すらひっくり返りますわ」
サトシは新しい拠点の窓から、街を見下ろした。
「行くぞ、これから俺たちの『技術』でこの街の市場を書き換えるんだ」
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